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お母さん、私、恋したよ!  作者: 藤堂慎人
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治療開始 20

 次の日から新しい薬の投与になった。これまでよりも強い薬と聞いているので、副作用も強いだろう。でも、そんなことをしてもどうなるのかな、という思いがしている。どうせ死ぬんだから、という気持ちがあるからだ。

 そういう気持ちも関係しているのだろうが、今朝は朝食から食欲がなかった。昨日の夕食も食べていないし、これで2食続けて食べないことになる。副作用もあるだろうが、強い薬は今日からだ。これまでも副作用はあったが、それでも少しは食べることができた。だから、今の状態は明らかに精神的なことが関係している。これは素人でも分かる。配膳係の人は少しでもお腹に入れた方が良い、と言ってくれるがそれでも無理だった。

 何かあったとしても一晩経てば落ち着くと思っていた同室の人たちの心配がさらに募った。工藤がこの日も話しかけた。

「さくらちゃん。私たち何かの縁があって同室になったわけだし、病人の先輩だ。医者や健康な人には分からない病人の気持ちは共有できると思う。他の人には言えないことでも私たちには話してよ。吐き出すことで心が軽くなるかもしれないから・・・」

「・・・ありがとう。でもこれは私自身のことだから・・・」

 私はそう言うとまた横になり、毛布を頭からかぶった。今は誰とも話したくない、という心境なのだ。

 そういう時の私の友達はスマホだった。

 特別に見たいものがあるわけではないものの、何かを見るという行為自体が私の気を紛らわしてくれる。

 ただ、明るいストーリーのドラマのようなものは見たくない。自然に癌をテーマにした話を検索してしまう。

 最初は告知されてから平均余命のようなテーマで検索していたが、読んでいるとだんだん気持ちが暗くなってくる。だからまた別の話を見つける。そんなことで時間を潰しているが、中には癌から生還したとか、限られた命を精一杯生きている、あるいは生きた、といった話も目に留まるようになった。

 だからといってすぐに自分の気持ちが晴れるわけでないが、そういうこともあるのか、といった気持ちが湧いてくるのも事実だ。しかし、すぐにあくまでもネット上の話で、自分のことではないんだ、という現実に戻ってしまう。完全に内的な問題に移ってしまうのだ。

 その上で本当のことを話してくれなかった周りの人たちに何とも言えない複雑な気持ちが宿っていた。同時にそこに潜む思いについて考えることもある。私の気持ちを考え、これ以上のショックを与えないようにしていたのであろうことは冷静に考えれば想像がつく。しかし、自分の将来、命に直結するかもしれないことだから、本当のことをはっきり言ってほしかった、という思いが強い。

「そんなに私、頼りなく見えるのかな? これでもウェルナー症候群のことを聞いても感情を表に出さず、周りに必要以上の心配をかけないようにしてきたつもり。・・・でも・・・。癌という病気は辛いな。できればこんな病気にはなりたくなかった。命を削り取られた感じがする。そんな思いをさせないようにということを考えてくれたのかな? でも、病気と闘うのは私だよ。周りの人たちじゃない・・・」

 私は毛布の中でうっすらと涙を流しながら小さな声で自分自身に話しかけていた。誰かから返事があるわけではない。話し相手は自分なのだ。

 確かに周りの人たちは優しい。お父さん、お母さん、そして坂本君。私が信じている人はみんな私のことを気遣ってくれる。それは分かる。だから苦しい。できれば元気になって楽しいことを話したい。みんなと一緒にいろんなところに行きたい。青春を謳歌したい。

 普通にできるはずのことでできない自分。でも考えてみれば、具合が悪くて普通の生活が送れない同室の人もいるのも事実だ。今の私の状態、直接的には私のことだが、周りの人も戦っているのだ。自分の運命とどう向き合うかだが、逃れることはできない。正面からしっかり対峙し、道を切り開かなくてはならない。

 その思いがいつまで継続できるか分からない。薬が強くなったり、放射線療法が始まったら、今以上に治療が苦しくなり、気持ちの方が持たないかもしれない。いくら強がりを言っても現実が目の前に突き付けられたら、ということを心の片隅に残しながら、少しでもいつもの自分を取り戻そうと考えた。


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