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お母さん、私、恋したよ!  作者: 藤堂慎人
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治療開始 19

「それで高野さん、今後の治療方針なんだけど、胸部の画像を見る限り、薬物療法と放射線で何とかなりそうだ。先ほどお父さんがおっしゃられたように、なるべく身体に傷跡を残したくないのでその方針で行きたいと思います。薬を変えますし、副作用が今までよりも強くなるかもしれないけど、様子を見ながら治療を進めたいと考えています」

「・・・はい、いいですよ、それで・・・」

 この返事には魂が入ってなかった。これまでのやり取りで、気持ちがすっかり萎えていたのだ。周りの人たちはその様子に驚いていたが、多分一番ショックだったのは当事者である私だ。この言葉の裏には、どうでも良い、という思いも含まれていた。

 癌と聞いて平静でいられる人は少ないだろう。ましては高校1年という年齢だ。普通なら輝く未来を夢見ている年頃だ。それがいきなりゴールを目にしたような気分になったわけだから、怒りの後に虚無感が来ても無理はない。

 告知を目的に診察室に集まった4人と共に、無言のまま病室に戻った。その時の雰囲気は先ほどと違い、異様なほど暗い。同室の人たちも一様に驚いていたが、誰一人としてその理由を尋ねる人はいない。みんなは黙ったまま、私たちを迎え入れた。両親たちはその雰囲気に申し訳なさそうに苦笑いをしながら、深々と頭を下げていた。

 母はいつものように私の世話をしたが、そんなに時間がかかることではない。ベッドを整えたり飲み物をサイドテーブルに置いたりするくらいだ。いつもならそこから明るい話になるのだが、この日はそんな気持ちにはなれなかった。

 それは坂本がいても同じであり、同室の人たちはこれまでと全く違う様子に声をかけることもできなかった。

 診察室で時間を要したこともあり、この日は一通りいつものことが終わったところで3人は退室することにした。夕食の時間が近くなったこともあるが、3人は同室の人たちに一礼して部屋を出ていった。

 私は部屋に戻った時にすぐに横になり、毛布を頭からかぶり、誰とも顔を合せなかった。みんなが帰る時に声をかけても無言のままだった。

 まもなくして夕食が運ばれてきた。担当の人が私のところにも配膳したが、もともとあまり食欲がなかったところに、診察室での話が重なり、まったく食事に手を付けなかった。

「あら、さくらちゃん。今日、食べたくないの? 少しでも口に入れたほうがいいわよ」

 係の人は優しく声をかけるが、横になった状態のまま、元気なく首を横に振るだけだった。その様子は同室の人も見ており、診察室に行く前の様子と全く異なることに全員、心配した。

「さくらちゃん、どうしたの?」

 よく私と話をしている工藤がその様子を見かねて話しかけた。

「・・・ごめんね、心配かけちゃって・・・。いろいろあってね・・・」

 私はそこまでしか言えなかった。声も弱々しく、その様子でますますみんなを心配させることになったが、事情が分からない以上、うかつなこと言えないとみんな黙ってしまった。その空気は私にも分かったが、今までのように気を遣う余裕が私にはなかった。

≪日記≫

『私、誰も信じられない。

 誰も私に本当のことを話してくれない。

 みんな知っていたことを私にだけ黙っていた。

 必要以上に私を傷付けないようにということは分からないでもないけど、今日のことはとてもショックだった。

 実は癌だったということもそうだけど、みんなが私に本当のことを言わなかったことが許せない。

 こんなことだったら、このまま何もせずに死んでもいい。

 先生は余命宣告をするような状態ではない、と言ったけれど、今はその言葉も信じられない。本当は末期なのかもしれない、そんなことも頭を過る。

 ならばこのまま副作用を我慢しながら、周りにも気を遣いながら生きていても仕方がないんじゃないのかな。

 その方が両親の負担にもならずに済むし、坂本君も受験勉強に集中できる。

 診察室で言ってくれた坂本君の言葉、元気な時に聞いたならばとても嬉しかったと思うけど、あんな状況で聞いてもちっとも嬉しくない。

 今はこの日記に本当の気持ちを書くことだけが救いになる。

 早く楽になりたい。』


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