表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
お母さん、私、恋したよ!  作者: 藤堂慎人
69/92

治療開始 21

 午後になった。いつものように母と坂本が見舞いに来た。

 午前中にいろいろ考えたが、まだきちんと整理されたわけではない。癌という普通に聞けば絶望してしまう病名を告げられ、冷静でいる方が難しい。だが、私だけで戦っているのではない、と思うようにしていくことで、病気を克服し、これまでのような生活に戻りたい、と思うようにした。

 だが、みんなの顔を見ると、何も教えてくれなかった、ということが頭を過る。声をかけられても、つい顔を背けてしまう。

「さくらちゃん、気分はどう? 昨日はごめんなさいね、あなたを傷付けちゃったね」

 母が言った。病室に入ってきた時には普通に毛布の外に顔を出していたが、見舞いに来た2人を見ると、毛布をかぶり、背を向けてしまった。返事もしない。

 そんなこと、とても失礼なことだと理解している。本当の私であれば、絶対にしないことだ。だが、今の私は普通ではない。だからこういう態度もとってしまうのだ。それが分かっているだけに辛い。

「高野さん、昨日はごめんなさい。僕は医者ではないし、病気のことを知ったのもつい最近だ。何を言っても言い訳になることは理解している。でも、君の支えになりたいと思う気持ちは本当だ。迷惑かもしれないけど、僕は時間が許す限りここに来る。何も話さなくてもいい。僕がそうしたいからそうさせてもらう。それが君をより追い詰めるようなことになるのであれば別だけど、そうでないなら会って話をしたい」

 坂本の言葉に私の身体が少し反応した。毛布の上からその様子が知られたかどうかは分からないが、少なくとも自分自身の心に響いたのだ。

 しかし、それでも私の気持ちはこれまでのような感じでみんなと接することを許さなかった。もう一人の自分は反対のことを言っているのだが、それを否定する自分の方が勝っているのだ。

 母と坂本は同室の人に悪い空気にさせていることを申し訳なさそうにしている。昨日の午後から私の態度が豹変したため、ただでさえ明るい雰囲気になりにくい病室の空気を重くしているのだから、その関係者としたら申し訳ないという気持ちになるだろう。私も元気な時ならば同じように思うだろう、ということは容易に想像できた。

 そういうことを考えた時、少し自分について客観的に向き合える余裕ができたのかな、ということを思ってみたが、それを表に出すまでには至らない。

 母はこの時、病室の人の分も含め、カップに入ったカットスイカを持ってきていた。この時期、スイカは有難い。これまで見舞いに来た際に、さりげなく好みを聞いていたので、その情報が役に立ったのだ。

 そしてスイカは私の好物でもあった。もしかするとこの日の空気を想定して、少しでも心が和むように考えて持ってきたのかもしれないが、実はこの作戦、功を奏した。

 私はスイカの話を聞いて毛布から顔を出し、上体を起こした。でも、笑顔はない。

 その様子、神話に例えるなら、天岩戸から天照大神が顔を出した様子に似ていたかもしれない。そういうことは神様に対して大変失礼な話だが、母たちの気持ちからしたらそれに近かったかもしれない。

 カップを手に取り、爪楊枝にカットされたスイカを刺し、一つずつ食べた。暑いところを持ってきて、そのあと冷蔵庫に入れていたわけではないので、既にぬるい感じになってはいたが、甘いスイカだった。

 その味は私のとげとげしい心の部分を少し減じさせた。ほんの少しだけ、口元が緩んだ感じがした。

「あれ? 高野さん、今、ちょっと微笑んだよね」

 坂本が言った。私はその言葉で坂本の方を見た。そして小さく頷いた。

「お母さん、今、さくらさんが笑いましたよ」

 私はその言葉に少し驚いた。これまで苗字でしか呼んでくれなかった坂本が名前で呼んでくれたのだ。母はあまりにも自然な感じだったので気付かなかったようだが、私の心にはしっかり響いた。夢の中ではともかく、リアルな場面でも名前で呼んでくれたことがたまらなく嬉しかったのだ。

 この日、それ以上のことなく、そういうことがあってもほとんど会話にはならなかったが、雰囲気は改善された。その様子を見て、2人は病室を後にした。

≪日記≫

『私の心が晴れたわけではないが、周りへの配慮も理屈では分かってきたような感じがした。

 でも、その考えが心を満たしているわけではない。いろいろ考えた上で私には黙っていたのだろうが、その点についてはまだ納得できていない。

 しかし、そんな考えは私ではないことも分かっている。

 だから、少しでも本当の自分になりたいと思っているが、今日、坂本君が私を名前で呼んでくれたことは嬉しかった。

 夢の中ではそういうこともあったが、リアルな場面でそう言われると全く違う。

 私、坂本君のこと、信じていいのかな?

 でも、今の私だったら駄目だよね。1学期の時みたいに、周りから何かを言われても明るく振舞い、明るくすること、それが本当に私だし、これまでの話から坂本君もその点が・・・。

 私、明日から変わる。今までの私になる。だから坂本君、私をじっと見てて』


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ