治療開始 15
「そこまでの気持ちでいるならお願いがあるんだけど、私は高野さんを何とか救いたい。でも病名をきちんと告げ、治療方針も伝えなければならない。そして本格的な治療が始まれば、今よりも副作用で苦しむことになるだろう。現在は嘔吐感とか食欲がない程度のようだけど、脱毛ということも出てくる。若い女性にとっては耐え難いことだろう。そういう時の支えになってもらえないか、ということなんだ」
「分かりました。僕で良ければ」
坂本は力強く即答した。
「主治医が佐々木先生ということが分かりましたので、僕も本気でサポートできます。高野さんとはできれば大学も一緒に通いたいし・・・。医学部志望かどうかは分かりませんが、例え違う学部でも同じ大学であれば大学生活も一緒です。そこでは高校入学の時のような悲しい思いはさせません。高野さん、頭が良いので、きっと今の遅れを取り戻し、合格できると思います」
坂本は両親や主治医の顔をきちんと観ながら言った。
「では、高野さんに病名の告知をする時には同席してくれるね」
「もちろんです。何時お話しされますか? もし2日から3日くらいの猶予があれば、もう少し高野さんと親しくなり、少しでもショックを和らげるようにしたいのですが・・・」
「分かりました。では、3日後に、ということで良いですか? それまではこれまでの投薬を続けます」
「坂本君、さくらのこと、よろしくお願いします。母親だから分かるんですが、多分さくらはあなたのこと、気に入っています。あなたが見舞いに来てくれた時の表情や、帰った後の会話がとても楽しそうですもの。きっと告知の時、あなたがいてくれたらショックも和らぐと思う。気が重いかもしれませんが、私たちではどうしようもできないことですから・・・」
「お母さん、そんな風に考えないでください。僕は僕の気持ちでやることです」
その言葉を聞き、父は両手で坂本の手を握った。言葉こそ交わさなかったが、感謝の気持ちで溢れていた。
告知についての話が一段落したところで、坂本は帰った。
「敦君で良かった。これが他の人だったら話が複雑になるし、引き受けてくれなかったかもしれない。彼は良い医者になりますよ。お父さんもそうだけど・・・。今回のこと、私から先輩に話をしておきます。たぶん、いろいろアドバイスを受けるんじゃないかな。偶然とはいえ、良い巡り会わせでした」
「先生、ありがとうございました。私たち、病室に行って、それから帰ります。お時間を取っていただきすみませんでした」
両親はそう言って診察室を後にした。
再び病室に戻った両親。その様子は先ほどとどこか違う。そのことで私は尋ねた。
「どうしたの? さっきより表情が明るい。最初、作り笑顔のような感じだったけど、今は自然に明るい」
「そうか? 実はちょっと坂本君と話していたんだ。初めて会っただろう。どんな子か知りたかったんだ。大事な娘に近づく男は、父親としてきちんと見極めなければならない」
一見怖そうな顔で言ったが、目は優しい。言葉と目は真逆だった。
「そんな・・・。坂本君は良い人よ。失礼だわ」
私は言葉に反応して言ったが、目を見て父の本心ではないことをすぐに感じた。父の言葉については、同室の人が言った。
「さくらちゃん、男親なんてそんなものだよ。娘の彼氏に対しては厳しくなる。特に初めて会ったならなおさらだ。だから許してあげな」
「分かっている。目が違うって言ってたもん。私、人の心を見抜く目は持っているつもり。だからお父さん本心は、信用したっていうことでしょう」
「その通り。さくらは鋭いなあ。時間的に短かったけど、真剣に話してくれた。信用できる。さくらもああいう男性に惚れなさい。そしたらお父さんも安心だ」
「ほら、お父さんからもお許しが出たよ。最大の難関を坂本君は突破した」
工藤が言った。他の人も首を縦に振り、同意している。部屋の中が一気に明るくなった。この時、私は薬の副作用に不快感は一切感じていなかった。
≪日記≫
『今日はとっても嬉しい。お父さんが坂本君のこと、認めてくれた。
同室の人たちも一緒に喜んでくれた。
私、坂本君のこと、本気で好きになっても良いのかな。
夢の中の私だったら普通の高校生だけど、現実を考えると申し訳ない。
今後、私も彼もどういう人に出会うか分からないけれど、今、私は坂本君が好き。
片思いでも良い。だから、見舞いに来てくれる時間を大切にしたい。
夢の時間でも良い。夢の中で健康な私と一緒にいてくれる坂本君でも良い。
同じ時間の共有、それが今の私にとって至福の時間なのだ。
私には両親、坂本君、それからミーちゃんがいる。みんな、私のことをきちんと見てくれている。最高に幸せだ』




