治療開始 7
母が病室に戻る少し前、坂本が見舞いにやってきた。私は母と話したように、できるだけ元気に振舞い、坂本に心配をかけないように注意した。
しかし、食べていないせいか、全体的に元気がないのでは、ということは坂本も感じていた。弟の様子を見ていた経験から、人の健康状態を感じる力があるらしい。
「高野さん、この前より元気がないように見えるけど、大丈夫?」
「うん、私は大丈夫。今年の夏、暑いでしょう。病院の中はエアコンが効いているけど、それでも暑さにやられたのかもね。心配してくれてありがとう」
「そうか、でも僕、さくらさんが早く退院して、また教室で一緒に勉強したいと思っている。高野さんは頭も良いし、一緒に勉強できればお互いプラスになる。できれば同じ大学に行ければとも思っている。そのためにも元気になって早く退院してもらいたいな」
「さくらちゃん、今の彼氏の言葉、良いね。横で聞いていても元気が出るよ。坂本君って言ったっけ、さくらちゃんを大切にしてね。同室だから分かるけど、とっても良い娘さんだよ。私が若くて男性だったら結婚したいくらいだよ」
工藤が言った。それに対して他の人からブーイングが出たり、「あんたが言うことじゃない」といった言葉が出てきた。
部屋の中が一気に明るくなった。その時、母が戻ってきた。
「あら、坂本君。いつもお見舞い、ありがとう。忙しいでしょうに、申し訳ありません」
「いいえ、そんなことはありません。僕、高野さんのことが気になるんです。だから迷惑かもしれないと思いながらもお邪魔させていただいています」
「坂本君、迷惑なんて思ってないよ。逆にとても嬉しい。元気をもらっている。私の方こそ迷惑をかけでいるようでごめんなさい。私も早く元気になるから、さっきの話、本当にしようね」
坂本の言葉をとても嬉しく感じた私は、一気にそれまでの憂鬱さを吹き飛ばした。私は坂本の目をしっかり見つめたが、同じようにしっかり見つめてくれた。時間にしては短いものだったかもしれないが、私にとってはとても長い、充実の時だった。自然に笑みをも浮かんでくる。
「あら、さくらちゃん、とっても良い顔。私が来た時と全然違うじゃない。ちょっと悔しいな」
母は本気なのか冗談なのか分からない表情で言った。でも、根底には私に早く元気になってほしいということがあるから、目の前に2人がいることで大きなパワーをもらったような気がした。
「さくらちゃん、談話室に行ってお話ししたら? ここでは私もいるから話しにくいでしょう」
私たちに気を遣ってか、母が言った。確かにここではいつも顔を合わせる人がいるので、何だか照れ臭い感じがする。談話室であれば人がいても気兼ねする度合いは低くなる。ということで私たちは移動した。
「やっぱり母が言う通り、ここの方が話しやすいね」
「そうだね。それでこれからのことを考えたんだけど・・・」
坂本から言われた「これからのこと」という言葉に私はドキッとした。私の心を見透かされているのかな、と思ったのだ。でも同時に、坂本君が私に優しいのは同情からだと自分に言い聞かせ、この言葉に対する突っ込みはしなかった。
「もう夏休みも残り少ないでしょう? 今、治療のための薬を投与しているなら、退院が2学期に間に合わないかもしれない、と考えたんだ。こういう言い方してゴメン。早く元気になって退院したいと頑張っている高野さんに言う言葉じゃないかもしれないけど、聡明できちんと物事を考えられると思ったので言っちゃったんだけど、もしそうなったら今まで以上、サポートさせてほしいんだ。勘違いしないでほしいんだけど、同情からじゃない。そうしたいからなんだ。具体的には授業のノートを届ける。コピーしてからになるので1日遅れになるけど、学校に戻った時に後れを感じないようにしたい。一緒に勉強するって約束、嘘じゃないから」
私は坂本の提案に目頭が熱くなった。そして、そのままうつむいて黙ってしまった。そんな私の肩に坂本は手を置いた。その手はとても温かく、私の心を溶かすようだった。
「・・・ありがとう・・・」
涙声で返事した。その言葉で坂本は両腕で私を包んでくれた。周囲の目もあっただろうに、私には至福の時間になった。
実はこの時、母は2人が心配だったので、遠くから様子を見ていたのだ。
「さくら、良かったね」
思わずそんな言葉が母の口から出た。母の両目からは頬を伝う涙が流れていた。
≪日記≫
『最近、体調が今一つだった。点滴のことが心配だったので看護師さんに尋ねた。
聞いたことをスマホで調べて納得した。
それまではこれまでなかった症状が怖かったが、安心した。
でも、そんなことを忘れさせてくれる嬉しいことがあった。坂本君の言葉だ。私にはそれが告白のように聞こえた。
もう、舞い上がっちゃう。
これまでの不安が一気に吹き飛んだ。
今日はこのまま、夢の中でデートだ。ちゃんと坂本君、現れてくれるかな?
夢の中だけでも良いので、私の青春、輝け!』




