治療開始 3
午後、私の母がやってきた。病室の雰囲気は朝のままだ。
母親は病室内の雰囲気が明るいことに気付いた。
「みなさん、何か良いことがあったんですか? 今日、部屋の中が明るい感じがします」
「お母さん、分かります? 実は午前中、さくらちゃんの恋バナで盛り上がったんですよ。私たちみたいに入院が長いと、そういった明るい話は嬉しくて、顔にも出るようですね」
工藤の言葉に私も母も思わず笑顔になった。
「さくらちゃん、恋バナって? 私も聞きたいな」
「えぇ? 恥ずかしいよ」
「でも、皆さんにはお話ししたんでしょう? お母さんが知らないなんておかしいわ。私も元気になりそうだから聞かせてよ」
「さくらちゃん、話してあげたら? そういう良い話は何度聞いても気持ち良いから、私もまた聞きたいな」
他の患者さんからもリクエストがあった。
「仕方ないな。じゃあ、お母さんにも話すね。でも笑わないでね」
「笑うもんですか。そういう話、私のさくらくらいの頃のことを思い出しそう」
「じゃあ、お母さんの恋バナも聞きたいな。一緒に話してください」
工藤が話に割り込んできた。
「えっ? それ、ちょっと方向性が違っていませんか?」
「そんなことはありませんよ。母娘の恋バナなんてめったに聞けませんし、明るい話で笑顔になれば健康にも良いというじゃないですか。ぜひ、お願いします」
「私も話すんだから、お母さんも話して。そうすると公平でしょう」
「そうだ、さくらちゃん、良いことを言う」
野次ではないけれど、他の人からも同意するような言葉が出た。そのことで母も観念したようで話すことにした。ただ、話のきっかけは私から作った。
「皆さんに話したことなんだけど、時々見舞いに来てくれている坂本君のことなんだ。昨日の夢に坂本君が出てきたの。ノートを持ってきてくれるというところから、私、坂本君に恋したのかな、と思っちゃったんだ。夢の中では私も年頃の女の子で、元気なんだ。高校生活をみんなと同じように楽しんで、自然に坂本君との距離が近くなっている感じだった。そう話をしたら、皆さんが坂本君もまんざらじゃないと思うと言ってくれて、それで嬉しくなっちゃたんだ。私も話したんだから、お母さんも話して」
私は真顔で母の目を見た。
「仕方ないわね。さくらにとって初恋のようだから、私もその話をするね。やっぱり高校生の時だった。私の学校も共学だったので、男の子と知り合うことは自然だった。同じクラスの子でね、坂本君のようなクラス委員ということではなく、どちらかというと大人しい人だった。目立たない分、逆に気になっていた。あまりしゃべらなかったけれど、ちょっとしたことで優しくてね。天木君って言うんだけど、下校の時、道の端に捨てられていた子猫を見つけたの。私が足を止めて声をかけ、撫でたりしているところに天木君がやってきて、その子猫を同じように優しく撫でていたの。私がこの子猫、どうしようと思っていると、天木君が家に連れて行くと言ったの。ちょっと家で何か動物を飼いたいという話が出ているということだった。本当かどうか分からなかったけど、その話を聞いて私はホッとした。彼はそのまま優しく両手で子猫を持ち上げ、大切な壊れ物のような感じで帰った。次の日、その後のことを聞いたけれど、動物を飼うと言っても捨て猫ということで反対されたと言うの。でも天木君、また捨てるということはできない、ということで親と相当喧嘩したそうなの。結局、親が根負けして家族になったそうなの。ウチのミーちゃんと同じパターンね。私その話に感動して、一気に天木君のことが気になるようになった。それで勉強を一緒にしたり、お弁当のおかずを分け合ったりした。でも、受験があるでしょう。学年が上がってくると、勉強のことですれ違いになった。違う大学に行くことになったけれど、それでそのまま別れちゃった。きちんとお付き合いしていたって感じじゃなかったので、別れたという言い方も変だけどね。でも、自分の中では初恋だったと今でも思っている。何かさくらちゃんと同じ感じね。母娘だから似ちゃうのかな?」
「その話、初めて聞いた。お父さんと似ているところあるの? 天木さんっていう人」
「全く違う。お父さんにはお父さんの良いところがあって・・・」
「へえ、そうなんだ。退院したら、お父さんと一緒にその話、聞きたいな。ここで話すと約束して」
「えっ、困るな。照れくさいじゃない。本人の前ではそういう話はしにくいわよ」
「でも、聞きたいな。私、治療、頑張るから、そのご褒美ということでお願い」
「・・・うーん、分かった」
照れたような顔で母は約束した。
「皆さんが証人です。私、早く退院してお母さんとお父さんの恋バナ、聞きます。そしたら皆さんにもお話しします」
「それは楽しみだ。もしかすると私たちも退院しているかもしれないけれど、そしたら家に遊びにお出でよ。そこで聞かせて。同室になったのも何かのご縁だがら、さくらちゃんとお母さんの恋バナ、楽しみにしておきます。これで私も元気になるパワーをもらったね」
≪日記≫
『今日は思わぬ展開になった。私のちょっとした思いが病室の他の方にも伝わり、恋バナで盛り上がった。
病気のことなどすっかり忘れた1日だった。
退院してからの楽しみもできたし、先生の言うことを聞いて、1日も早く元気になるぞ。ミーちゃんも待っててね』




