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Phoenix Syndrome  作者: 大島くずは(原作)/仁司方(改変)
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ポイニクス・シンドローム


( All)(Effective)(Global)(Influence)(Security)社の会長、フランツ・ジェイド=レンドール氏がエル・アンゼリーナの最大都市テレシナで急逝したと伝えられ、各界に動揺が広がっています。レンドール氏は数多くの複合企業体コングロマリットの大株主としても知られており――』


 ニュースキャスターの声を聞きながら、カナエは自室の後かたづけをしていた。研究室の撤収はもうすんでいて、旧大陸にある以前の拠点に戻る準備はほとんど完了している。この街での仕事はおしまいだ。


 フランツの()()によってオカ研が用ずみになり、財閥からスポンサー料が出なくなったから帰る、というのではない。新総裁さゆりは、学術・文化振興のための支援拠出金をこれまでの一〇倍以上にすると表明している。

 カナエのチームも、最低でもいままでと同様の資金を受給しつづけられることが確定していた。不老不死にまつわるテーマだけに縛られる必要はなくなったため、使い慣れている旧居で、中断を余儀なくされていた分野も含め、今後も研究を継続しようというわけだった。


 一連の事件であらたにカナエが知ることになったのは、カガミの能力者が不死鳥を宿主の身体から解き放つことはありえるが、それによって資格なく不死者となった者が灼き滅ぼされる結果になったりはしない、という点であった。


 テレシナでの活動を終えるにあたり、カナエが残した中間報告書には、以下のようなメモ書きが添付されている。


    ****


 カガミの男が持つ早期転生アーリーリバースの能力は、必ずしも不死鳥を生き延びさせるためのものではなかったのかもしれません。

 不死鳥が寄生することで不死身となった人間が、文字どおりに不滅の怪物となったとき、その肉体から不死鳥を追放し、可死の存在に戻すための手段であったと考えることもできます。仮に今回、フランツ総裁が自らの計画を完成させていれば、クレス=カガミはフランツに対して早期転生の能力を使い、彼を阻止したはずですから。


 カガミの能力者は不死鳥に従いその補佐をするために存在するのではなく、寄生体である不死鳥に対抗する手段として、人類種が生み出した抗体のようなものであった可能性も考えられるでしょう。そうだとしたら、早期転生の能力は最初のうちは、単純に不死鳥を寄生している肉体から追い出す術であり、不死鳥のほうがあとから再対抗のため、追放されたときは一斉発火の期限を引き延ばすようにしたと想像する余地もあります。


 ……とはいえ、歳はとらないけれど殺せば死んでしまう不死鳥の宿主は閉鎖的な社会集団の中では目立ちすぎますし、殺すことができなくても寿命が通常の宿主は、幽閉しておけば比較的簡単にその内部の不死鳥を滅ぼすことができる。もしカガミの系譜が最初は不死鳥の側の存在ではなかったのだとしたら、どうして不死鳥が生き残ってきたのか、カガミの者が不死鳥を守る立場に転向したのはなぜか、説明が必要になってきます。


 まだまだ、調べてみるべきことはたくさん残っていますね。


    ****


 アムウェル=ロゼット率いるB研は、カナエのオカ研のように旧拠点へ戻るという選択はせず、テレシナにとどまることにしていた。


 最先端研究の流行地のひとつであり各種医療品の最大消費地でもあるUSR(ステイツ)とタイムゾーンが近いのは輪光王国と較べて不利になる要素ではなかったし、なにより、ケイがさゆりの侍女をつづけることを選んだからである。


 レイカを通じてことの顛末を聞いたアムウェルは、それに対する処置の提案をあっさりと承知し、フランツを老人の姿に再転生させた。

 フランツは財閥が所有する島のひとつで、穏やかな老後をすごすことになるだろう。なに不自由なく、ただし監視つきで。


 研究内容を盗み出されていたことに関して、アムウェルは存外さばさばとしたものだった。そのままの口調で、


「しかしまあ、人格の読み取りと書き込みだなんて、なかなか大胆なことをやってる研究セクションもあったのね。……ところでこれって、本当に人格移植ができてるのかしら」


 などといったのだが。

 そんなアムウェルへ、


「マスターは前総裁の依頼を、どうやって達成するつもりでいたんですか?」


 と訊ねたのはケイだった。ほとんどひとごとのようなアムウェルの口調は、まるで人格移植については考えていなかった、若返りを目的とするフランツの意に沿う気もなかった、というようにも聞こえたからだ。

 しかし、ケイにはマスターが財閥から研究費を供与してもらうため、成算のない提案をして詐欺まがいに安請け合いをしたとは思えない。


「そうね、わたし自身をケイと同じ肉体にするものとして説明すると、アムウェル=ロゼットの肉体をカプセルに詰めて、徐々に分解していく。そしてケイ・モデルの生体自動人形バイオロボットに、すこしずつ再生成し、置き換えていく。ようするに、新陳代謝を早送りして、かつ自分自身をベースにはしているけれど別モノの肉体に作り変えてしまうってこと。まずあたらしい容器ボディを用意して、そこに記憶や人格( な か み )を移す、って発想ではなかった」


 アムウェルの説明はケイにとってわかりやすく、かつ理にかなっているように思われた。二年といわれたり五年や七年といわれたりするが、人間の全身の細胞は交代しつづけていて、そのうちすっかり入れ替わってしまうのは事実であり、脳神経細胞もただ減っていく一方ではなく、ある程度は再生する。しかし単純にそのサイクルを調整して一括で更新するようにしても、生き物は若返るわけではない。


 究極的には純粋な若返りも可能になるのだろうが、B研がいま達成している技術でやるならば、アムウェルの考えていた方法が唯一のものだろう。やはり、フランツは勇み足であったのだ。


 もっとも、どこかよその研究チームが開発したという人格移行技術は、さゆりがフランツ本人だと認める程度の精度はあった。ひょっとしたらやはりフランツは読み取りの過程で死んでしまっていて、コピーの意識を書き込まれた傀儡が目を醒ましただけなのかもしれないが。

 とはいえ、個我の継続性を確認する方法というのは、端的には自分自身が実験台になってみるしかなく、仮にそれで昼寝の前後と同じ感覚しかなかったとしても、本当に上手くいったことの客観的証明にはならないのだ。

 すくなくとも、ケイは試してみたいとは思わない。


 ……ふと、アムウェルが表情をあらためてこちらを見ていることにケイは気づいた。


「マスター、なにか?」

「わたしからも訊きたいことがあるわ、ケイ。不死鳥について。あなたはなにを見聞きして、そして、あなた自身には一体なにが起こったのか」


 その問いに、ケイはうなずいて語りはじめた。彼女自身の確認も兼ねて。


 ――簡にして要を得たケイの報告だったが、それでも話は長かった。途中でお茶休憩を入れながら、アムウェルは極力余計な口を挟むことなく聞き終える。


 三杯めのマテラテのカップを手に、アムウェルはひとつうなずいた。


「……なるほど、不死鳥ってのはそういう存在だったのね。そしてケイ、あなたはそれに感染かかった」

「そういうこと、みたいです」

「精密検査をさせてもらうわね」


 研究者としての目になってそういったアムウェルへ、ケイは訊ねる。


「あたしを調べて、不死鳥のメカニズムを解明することで永遠の生命を技術的に実現するおつもりですか?」

「違うわよ。わたしはわたしのやりかたを模索する。そのために、不死鳥はどうやって永遠の生命を成り立たせているのかを調べるの。つまり、パテント回避。不死鳥に特許料を支払うつもりはないわ」


 あっさりとかぶりを振りながらのアムウェルの言葉に、ケイは笑う。まったく、この人らしい、と。


「マスター、不死鳥のメカニズムが解明できたら、ひとつ、お願いがあります」

「なにかしら?」

「不死鳥を停める、ポイニクス・シンドロームの治療法を開発していただけませんか?」

「ケイ……」


 アムウェルは愛娘の顔を見返したが、ケイの表情に憂鬱さの陰はなかった。


「いずれ自分が生に倦み、死を望むようになるのか、それはわかりません。ただ、仮に永遠の生命をあたし自身が選択するとしても、不死鳥の力ではなく、マスター独自の技術でそうありたい」

「ふふふ、励みになるわ」


    ****


 クレス=カガミは、今度は本当にテレシナから立ち去った。どこへ向かうともいい残していかなかったが、そのうちまた会うことがあるのではないかとさゆりは思っている。


 レイカを先頭に、F財閥の整理がはじまっていた。

 系列の全企業は、そのまま事業を継続する。ただし、総裁を頂点としていた支配体系は解体されることになる。持ち株の解消によってとてつもない額のキャッシュ(帳簿上現金)が生じることになるが、さゆりはその売却益を学術・文化振興の支援強化にあてると決めていた。

 既存の財団を拡充し、あらたな財団を立ちあげて、持てる者としての義務を果たす。すでに月および近隣惑星開発計画への支援を求める声がかかっていた。シュルツに審査をさせ、見込みがあるようなら金銭に糸目はつけないつもりだ。


 ユージーンはレイカたちの補佐としてよく働いていた。能力的には全盛期のフランツそのままであり、危険性を指摘する向きもあったが、さゆりは祖父の()()へ過酷な措置を下したくはなかった。ウェンディを殺したのは事実だが、しかし、フランツの道具でしかなかったユージーンへ罪を問うのは、本当に正しいだろうか?

 そんなことをしなければならない日がこなければよいと思っている。


 ラッツは『警備部』ことAEGIS社の代表取締役社長に就任した。椅子を一二個ほど飛び越えての超絶大抜擢人事だが、本人は現場を恋しがっているものの、仕事はなんの問題もなくこなしている。

 さゆりが総裁っぽく振る舞ったのはこの一件だけだ。あとは出すぎず、レイカら最上級幹部から奏上されてくる案件に最終的な裁可を与えている。いまのところ拒否しなければならないような問題があがってきたことはない。チェック体制はきちんと機能しているようだ。仕事に馴れたら、途中で不採用の烙印を捺されてしまったアイデアの中に拾いあげるべきものがないか再検討をしてみたい。


 新総裁となってからも、さゆりはケイと一緒にテレシナ大付属高校へ通っている。来学年からは大学生だ。自宅はまだ旧総督邸だが、交通手段は警備部の車列での送迎から、路線バスと地下鉄に変更した。大学生になったら、ケイと一緒に市内のアパートへ引っ越そうとひそかに計画している。


 通学が公共交通機関になって、さゆりとケイが一番楽しみにしているのが、帰り道にくだんのそばスタンドへ立ち寄ることだった。学校で授業を受けているあいだはレイカたちに任せているので、放課後にそばをたぐってから、溜まった仕事をどう片づけるかケイと話すのだ。


「おや、いらっしゃい。毎度どうも」

「こんばんは、今日はコロッケそばをいただきます」

「あたしは鴨南そばね」

「あいよ、コロッケそばと鴨南のおそばを一丁ずつ。お嬢ちゃんたち、最近よくきてくれるね。オバちゃん楽しみが増えてうれしいよ」


 お膳に器を並べながら、オバちゃんは本当に嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。

 オバちゃんたちのようにテレシナに住む、三〇〇万以上の人々の生活が自分の肩にかかっているのだと、さゆりは己の務めの重さにくるめきに近いものを感じる。そして、財閥を整理・縮小するということは、責任の規模の縮小も同時に意味している。

 はたしてそれは、身にすぎた権勢を手放すという謙虚さの表われと見られるのか、逃げだと見なされるのか。まだ当分のあいだ、さゆり自身の中でも決着がつきそうにないことだった。


「街中は危ないから女の子だけでほっつき歩くなってうるさかったんだけど、このところはずいぶん落ち着いたから、やっと過保護すぎることいわれなくなってきたんだって」

「ああ、どうりで、あの兄ちゃんがいっしょじゃないのはそういうワケだったのかい」

「娘が出かけるたびにボディガードつけてたら、お金がいくらあっても足りないもんね」


 ……ぼんやりしているうちにケイがてきとうに話を埋めてくれていたと察して、さゆりはオバちゃんへ曖昧に微笑んだ。

 まだ、正体に気づかれてはいない。どこかの中の上のお嬢さん、程度に思われている。ずっと隠していたくはないのだが、オバちゃんにも迷惑がかかるかもしれないし、判断は難しかった。


「財閥のさゆりちゃんはがんばってるねえ。ご両親につづいてお祖父さままで亡くなって大変だろうに。オバちゃんすっかりファンになっちゃったから、そっくりさんがきてくれるだけで鼻が高いよ。……ところであんた、ほんとにさゆりちゃんに瓜ふたつだけど、間違って誘拐されそうになったりしないかね? ちょっと心配だよ」


 オバちゃんがそんなことをいってきたので、さゆりはにこやかにかぶりを振った。


「だいじょうぶです。誘拐犯だってそんなに間抜けじゃないですから」

「誘拐犯はこないけど、モデルになりませんかだとか、そんな胡散くさいやつなら時々寄ってくるんだよね。しつこくってもう、やんなっちゃう」


 ケイも話を合わせたが、実際、違う意味での下心があるらしい輩が接近してくることもあるものの、狼藉者が襲ってきたことは一切ではない。さいわいというべきか、明確にさゆりを狙った反財閥主義者の犯行だったことはないようだが。

 ケイが変身するまでもなく全部対処しているし、侍女に護身術を教わったさゆり自身、もうそのへんのゴロツキはまったく脅威にならないけれども、テレシナの完全な正常化には、いましばらく時間がかかりそうだ。


「こんなかわいい娘がふたりで歩いてるのに、声をかけるなっていうのもある意味無体な話さ。――はい、コロッケそばスペシャルセットと鴨南そばスペシャルセット。スペシャルはオバちゃんが勝手にやったことだから気にしないでおくれよ」


 エビ天が乗ったコロッケそばと、あきらかに鴨肉が増量されている鴨南蛮が出てきた。どちらにも、小鉢がふたつ追加されている。遠慮なくお膳を受け取り、さゆりとケイは礼をいう。


『ありがとうございます。いただきます』


 そばの温かさに、心も温かくなる。明日生命尽きるとしても、あるいは数百年先の未来のことだとしても、心が冷めてしまえばその時点で死んだも同然だ。

 さゆりもケイも、いまは年相応の少女らしい、温かで淀みのない心で満たされていた。


           ――了

最後までおつきあいいただきありがとうございました。

リメイク元『不死鳥の住む家』の作者大島は仁の姉であり、文章を書く面白さを教えてくれた師でもあります。

私はロジックや整合性はまあまあ気にするのですが、あまりキャラクターの魅力を追求する能力がありませんで、大島女史(今はすっかり足を洗った二児の母です)が現役255%乙女だったころの「ヲトメの夢全部盛り」な主演三名始めとする、個性あるキャストたちを貸してもらってこの話を書かせてもらいました。

原典では人格を有する神であり割に気分屋だった「不死鳥」を無恣意無思考の異次元存在として解釈し直した、というのが仁による主な改変点となります。第一部しかストーリーは消化していないのですが、もともと登場キャラが多くはない話なので、第二部以降のキャラも再配置で使い切ってしまった(それでも足りなかったので数人は追加投入しました)ため、私の一存で続きを書くことはないでしょう。魅力あるキャラを借りて書くための企画だったのに、続きのために凡キャラ入れたんじゃ本末転倒ですしね。

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