↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Phoenix Syndrome  作者: 大島くずは(原作)/仁司方(改変)
45/46

決戦


 左手の甲に翠《みどり》の輝線でカガミの紋章を浮かびあがらせながら、クレスはフランツへ最後の警告を与えた。


「いくらあんたが最新科学で強化されているといっても、身体を全部機械にしているのでない限りこいつの力に耐えることはできない。たとえ全身機械化していても、人間サイズであれば完全に破壊できるはずだがな。まあ、調べに手落ちのないあんたのことだ、機械の身体に不死鳥が宿ることはないとわかってるんだろう。――不死鳥には二度と手を出さないと誓うなら、俺はあんたの前にもう現われることはない。この星全部がF財閥印に染まる日がくるなら、話はべつかもしれねえが」

「たしかに不死鳥に頼らずとも、いずれ不老不死は実現するだろう。だが、協力してもらえないのなら、きみのような力の持ち主を放っておくわけにはいかないのだよ。わが友となるか、管理下におかれるか、どちらかでなければならない」


 フランツにもはや傲岸さを隠すつもりはなかった。自らを脅かす可能性がある者が独立して存在することは赦さないというのだ。クレスは舌打ちする。


「ノルデンク大公より性質が悪いなてめえは。あのクソガキは、自分の生命とちっぽけなお城さえ無事なら、外の世界に手を出したりはしてねえってのに」

「それは大公の力がその程度だからだよ。世界を征する力を手にすれば、彼も自分のちいさな領邦に引きこもってはいないだろう。私もあの国のことは多少調べている。財閥にとって数すくない未開拓地だからね。……大公の暴虐に苦しめられている彼の国の人々を、機会はあったにもかかわらず、なぜきみは救おうとしなかった? 力を持つ者としての責任を果たさないのなら、私が代わりにノルデンクを解放してこようじゃないか」

「俺は正義のヒーローじゃねえ、勇者さまなんざクソ食らえだ。……ったく、若返ったからって脳みそまで中学生になってどうすんだ。老人の肉体に戻って頭を冷やしたほうがいいぞフランツ」


 怒りよりあきればかりが先に立って、クレスはため息をついた。が、一瞬とかからずほどけかけた緊張を引き締める。中二病じみた妄言で油断を誘うのも、フランツの策だったのか。


 フランツが振った袖口から滑り出てきたのは、超小型の短機関銃《マシンピストル》だった。把手《グリップ》はデリンジャーほどしかなく、ストックもついていない。ブルパップ式で、弾倉は機関部の後につけられて袖の奥に隠れていた。フランツが銃口を向けたのは、意識のないケイと、彼女を介抱しているさゆりだった。


 握力だけで反動を制御し、フランツはフルオートで短機関銃を発砲した。どうやら無薬莢《ケースレス》弾を使っているらしく、うしろ半分が袖の中に隠れているにもかかわらず弾詰り(ジャム)を起こすこともなく弾丸を吐き出しつづける。

 クレスはテニスのスライスサーブを受けるかのごとく左腕を伸ばし、カガミの力を起動してさゆりとケイを守ったが、フランツは短機関銃を射ち放ちながら急歩で間合を詰めていた。


 ほとんど手品の域である短機関銃の装弾数はごくすくなく、クレスは左手の防御がおよんでいない胴体に横薙ぎの掃射を食らうことはまぬがれていた。だが、肉迫してきたフランツは右手で短機関銃を捨てながら左腕を毒蛇のごとく閃かせ、クレスの左手首を摑んだ。

 瞬間、フランツがはめている指輪の防壁と、カガミの力が衝突して直視できない光が生じる。


 フランツはクレスの左手をひねり、クレス自身の顔面を殴るような勢いで頭部のほうへと押しつけた。クレスはとっさにカガミの力を絞り、自らの左手で身を灼かれる事態を回避した。

 長時間の接触には耐えられなかっただろうフランツの指輪でも拮抗できる程度の出力になったらしく、だいぶん弱まった光が空気を焦がして周辺がオゾン臭に満たされる。


 その間も、両者の右腕、両足は激しい攻防を展開していた。フランツはクレスの左腕を極めてねじ伏せようとしており、クレスはフランツの胴か頭に左手を押しあて、カガミの力をたたき込もうとする。

 満足な打撃を放てる間合ではない組みつきでの戦いは、ひねりあげようとする動きに対し逆方向へ腕と身をよじっての、見ようによってはダンスをしているかのような立ちまわりであった。


 この状況で口をきく余裕があるのは、フランツのほうだった。


「カガミくん、きみは人間としてならば最強の部類だろう。あらゆる格闘技で、きみは四階級上のチャンピオンでも打ち負かすことができる。武器を把ってなら、どんな種類のものであれ、一対一では人類のだれであろうともきみには勝てまい。古今究極の戦士でも、よくて相討ちだろうな。――だが惜しいかな、私は人間ではない。きみにいかに人間として望みうる限り最高の肉体があり、これまでの永き時間によって培った修練があろうとも、人間である以上私には勝てない。……この、人の域を超えている、カガミの力なくしてはね!」

「――ッ!」


 フランツはついにクレスの左腕をねじりあげ、うしろ手に極めた。右腕も扼し、ひざを地につかせる。


「……想像以上の手強さだったよ。私も今後、鍛錬は怠らないようにしよう。――きみは先ほど、私に最後通告をしてくれたね。私もこの状況で、わが部下となるならば赦すと、きみに最後のチャンスを与えるのがフェアなのだろうが……しかし、これほどの強敵に再戦の機会を残すのは危険だというのが、きみに較べればさしたる長さでないとはいえ、それなりの歳月を生きてきた私の結論だ。悪く思わないでくれたまえ」


 クレスの背にひざを乗せて体重をかけ、うつ伏しに押し倒しながらフランツは饒舌に語った。勝利に酔ったその口上は、しかし余裕を持ちすぎた。


 ほぼ完全な沈黙が戻っていた大講堂の空気を切り裂いたのは、一発の銃声だった。フランツの口の端が、引きつる。


「さ、さゆ――」


 声をかき消し、リズミカルに発砲音が連続する。弾倉に残っている、六発ぶん。


 もちろん肉体を強化されているフランツは護身用の小型拳銃で射たれた程度で死にはしない。

 フランツの注意と腕力がゆるんだ一瞬をついて、クレスは右手を振りほどき、それでもってフランツの奥襟を摑んで背中越しに投げを打った。

 腕を極められている状態から強引にもぎ離せば、肘が曲がらない方向へ折れてしまう。クレスはカポエイラとブレイクダンスの妙技が入り交じった体捌きで、うつ伏しの姿勢から右腕の勢いと後背筋だけで身を跳ねあげ、宙空で半倒立しながら反時計まわりに一転していた。

 ねじりあげられていた左腕をほどきつつ、フランツを床へたたきつける。さらに右の爪先で、フランツの肘の外側を蹴りつけた。いくら強化してあろうと、ツボを突けば痺れが走る。


 左腕も自由となり、さすがに無理をしたので外れかかっていた関節を音をたてて戻し、クレスは肩をまわした。なおも起きあがりかかるフランツのみぞおちへ、左ではなく右の拳をぶち込む。


「ぅぬゔぉっ……」


 胃液を吐いて、とうとうフランツはおとなしくなった。胸が上下に動いているので、生きているのはあきらかだ。ひょっとすると気絶もしていないかもしれない。


 さゆりが射ち尽くした自分の銃の代わりに、ケイが持っていた回転式(リヴォルバー)を構えているのに気づいて、クレスは苦笑した。


「もう終わった。そいつは見た目こそかわいらしいがマグナム弾が入ってる。そっちを先に射ってたら、下手したらフランツじーさん死んでたぞ」


 さゆりは銃を手にしたままクレスのほうへと歩いてきて、倒れたフランツを見おろした。そして、つぶやくようにいう。


「この男はフランツ・ジェイド=レンドールではないわ。すべてが自分の思いどおりになることにさえ満足できなくなった、哀れな人。……わたしの祖父は、死んだの」

「かもな。俺にも、この脳みそ中学生が世界最大の企業群を一代で築いた当世最高の商人と同一人物とは思えねえ。総裁フランツは若返り実験の失敗で死んでて、こいつは適当にでっちあげられた、どこぞの馬の骨なんじゃねえのか」

「そういう意味ではないわ。たしかにわたしはこの人から祖父と同じものを感じた。ただ……なにかたいせつなものがなくなっていた、あるいは、よくないなにかがつけ加えられていた、そんなように思えるの」


 まだ一〇代半ばの少女だというのに、さゆりにはどこか寡婦のような幽愁があった。その横顔を寸秒眺めていたが、クレスは話題と声の調子を変えて話しかける。


「実務的なことはグレイス秘書たちに任せるにしても、今日からあんたが総裁だ、さゆりさま。この恐竜財閥(ベヘモス)をどうするかはさておき、頭がいなけりゃなにもはじまらないからな」

「わたしが……そうね、やらなければならないのでしょうね。たとえ気が進まなくとも」


 もの憂げなさゆりに向け、背後から飛んできたのはケイの声だった。


「人間は、自分が存在している世界に対して責任を負う必要はない――うちのマスターの座右の銘です。昔のマッドサイエンティストが残した、無責任な言葉ですけどね。さゆりお嬢さまはべつに世界を滅ぼす悪魔の力を手にしたわけではありません。ただ、たまたま世界一大きな企業の経営者の一族に生まれて、家業を担っていた上の世代がちょっと早くいなくなっただけです。さゆりさまなら、うまくやれますよ」

「ケイ、もうだいじょうぶなの?」


 気遣うさゆりに、ケイはにこりと笑ってみせる。


「つぎはもうあの薬も効きません。もともとあれは、あたしが変身をコントロールできなかったころに採血検査なんかを受けるとき使っていた間に合わせの薬ですから。検査が終わったらすぐに分解薬を合わせて投与されていたんです。あたしの体内で代謝された薬物は、二度め以降はどんどん効きめが弱くなる。前回は六時間も寝ちゃいましたけど、いまは三分もせずに目が醒めましたからね」


 そういいながらケイはさゆりのもとへと歩み寄って、倒れているフランツを一瞥した。


「データを盗んでよその研究班にやらせるなんて姑息な真似をしないで我慢してれば、うちのマスターが完璧な若返り技術を開発してくれてたのに。これまで何十年も待っておいて、どうしてあと半年かそこらの辛抱ができなかったのかな」

「フランツじーさんがせっかちでよかったぜ。パーフェクトフランツが爆誕してたら、俺は本当に負かされてたかもしれねえ」


 クレスは苦笑したが、ケイは真顔で首を振る。


「うちのマスターが仕事をしてれば、若い身体に戻ったからって舞いあがったり、無駄にはしゃいだりしなかったわよ。ま、うちのマスターを信じずにデータだけ盗ませた時点では、まだ老人の身体だったはずだし、若返ったからボロが出たってわけでもないか。この結果は必然。たとえあのままクレスに勝ててても、血を採る前にあたしの目が醒めてたもの、じーさんの負けは最初っから決まってた」

「さっきはさゆりが射つってわかってたから寝てたんだ、下手に起きたら誤射されるかもしれねえし。タイマンのままでもちゃんと勝ててたぜ」


 どうやらフランツとの対決の最後のほうは見ていたらしいケイへ、さゆりが援護してくれなかったら絶体絶命のピンチだったわけじゃない、とクレスは抗弁した。


「べつにカッコつけなくてもいい」


 といって、ケイはぷいと横を向く。くすりと笑い、さゆりは意識はあると見抜いてフランツへ話しかけた。


「さんざんにいわれていますよ、お祖父さま。ケイのいうとおり、ドクター・ロゼットにお願いして本来の姿に戻るのであれば、余生にご不便がない程度には手配をいたしますけれど、どうなさいますか」


 たおやかでありながら覇気のにじみ出るその言葉に、やはり血は争えない、帝冠はあらたな女主人に戴かれたと、ケイもクレスも確信した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。