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WILD BLOOD  作者: 西禄屋斗
第12話 ようこそ、悪の科学同好会へ 【 全 12 回 】
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わ、ワニって、あんなに速く陸上で動けるんだ……

「何をぼさっとしてるのよ!? 来るわよ!」


「──っ!」


 不意にかおるからの叱咤が飛び、アキトは慌てたように身構えた。肉体に残っているダメージを気にしているうちに、ゴエモンが猛然と襲いかかって来たのだ。気づいたときには、すでにゴエモンの鋭く尖った歯が眼前に迫っていた。


 アキトは慌てて身を引き、ゴエモンの攻撃から辛うじて逃れた。あと一瞬遅れていれば、頭からかじられていただろう。そうなれば、いくらアキトであろうともスイカのように丸呑みされていたかもしれない。


 しかし、ゴエモンは攻め手を緩めなかった。アキトの動きが鈍い、と判断したのだろう、武器となる歯と尻尾を用いて間断なく攻め込む。それらの攻撃から逃げ回るのにアキトは忙殺された。


「何をチンタラやってんのよ、兄貴!」


 ゴエモンの飼い主である美夜みやは、兄のアキトが情けなくも逃げることしか出来ない姿に幻滅した。吸血鬼ヴァンパイア であるなら、ゴエモンほどのワニを取り押さえることなど造作もないはずだと思えたからだ。


 だが、今のゴエモンはただのアリゲーターにあらず。世界征服を目論む《悪魔大使》によってサイボーグ手術を施された怪人《ワニ》だ。パワーもスピードも格段に向上アップしている。さしものアキトも苦戦を免れなかった。それに──


「あいつ、まさか……!」


 防戦一方になったアキトを見ているうちに、薫は異変に気がついた。アキトの目が正常ではないことを。


 アキトが攻撃に転じられないのは、ゴエモンの強烈な一撃を受けたショックで、一時的に視力が弱っているせいだった。まったく見えないということはないが、周囲がぼやけ、余程の至近距離にでもならない限り、何がなんなのか判然としない。


 今のアキトは、ひたすら勘を頼りに、ゴエモンの攻撃を掻い潜るしかなかった。


「左からよ!」


 突然、薫からの指示が鋭く飛んだ。気配だけで相手からの攻撃を読もうとしていたアキトはハッとし、薫の言葉を信じて右へ身体を流す。


 次の刹那、アキトは左頬の近くで空気が切り裂かれる音を耳にした。空を薙いだゴエモンの尻尾だ。薫の声がなければ、まともに喰らっていただろう。


 なおも薫は、ゴエモンの動きをアキトに伝えた。


「すぐに足下! 噛みついてくるわ! 下がって! ──後ろに壁! 右に!」


「うるせえ! 分かってんだよ!」


 アキトは忌々しげに、指示を出してくる薫に言い返した。もちろん、それは照れ隠しだ。今のアキトにとって、薫の声による誘導は何よりも有り難い。


「跳んだわ! 屈んで! ──正面よ! そうそう! ──左へ! ──そのままバック!」


 さすがは都大会三位の成績を収めた女子剣道部の猛者。薫の出す指示は素早く、しかも的確だった。多分、薫自身がゴエモンと闘っているようなつもりになっているのだろう。アキトは薫の言う通りに動きさえすれば良かった。


 こうしてゴエモンの攻撃を躱し続けているうちに、アキトの視界が段々と回復してきた。元通り、ハッキリと見えようになる。正面、二メートルの距離にゴエモンだ。


「そりゃあ!」


 こうなれば()めたもの。アキトは反撃に転じた。真っ向から噛みつこうとしたゴエモンの頭を払い除けるように強烈なキックを浴びせる。尻尾のお返しだ。


 バキッ!


 二メートルもの体長がもんどり打って転がった。ゴエモンは初めて、白い腹を上にさらす。


 すかさず跳ぶアキト。全体重を右のエルボードロップに乗せた。


 どすん!


「ジャアアアアアッ!」


 起死回生の一撃が決まった。アキトの右肘がゴエモンの腹部に深くめり込む。ゴエモンは目玉が飛び出んばかりに苦しみ、四肢と尻尾を引きつらせた。


「やったぁ! ──あっ」


 つい我がことのように喜んだ薫であったが、すぐ隣で今にも泣きそうになっている美夜を見て、慌てて口を押さえる。ゴエモンが美夜のペットであったことを忘れていた。それが痛めつけられるのを見て、どんなに辛いか。


 だが、アキトの活躍によって、今まで暴れ回っていたゴエモンをようやく止めることが出来たのだ。二階の廊下は被害甚大だが、負傷者が出なかったのは不幸中の幸いだろう。


 ゴエモンはしばらく悶絶していたが、アキトが立ち上がった隙に逃げ出そうとした。


「待て! 逃がしゃしねえぞ!」


 逃亡を阻止するため、アキトはゴエモンの背にまたがった。馬乗りの状態から、両手をゴエモンの顎下へと回し、そのまま自分の身体を後ろに倒す。いわゆるプロレス技でいう “ラクダ固め(キャメルクラッチ)” だ。ゴエモンの背がえげつない角度で反り返った。


「兄貴! もうやめてよ!」


 美夜が苦しそうなゴエモンを見て懇願した。目には涙を一杯に溜めている。


 しかし、アキトは聞く耳を持とうとはしなかった。


 ――自分に歯向かった相手は徹底的に叩き潰す。


 たとえ妹の可愛がっているペットであろうとも、それがアキトの持つ信条だ。


「どうだ!? 降参ギブアップか!?」


 なおも苛烈にアキトは攻め立てた。ゴエモンの前肢がバンバンと床を叩く。てっきり降参ギブアップの合図かと思いきや、ゴエモンはアキトを乗せたまま、ジリジリと前進するではないか。この期に及んで、まだ逃げるつもりのようだ。


「このぉ! 往生際の悪いヤツめ──ぐえっ!?」


 さらに限界まで身体を反らせようとしたとき、背後からゴエモンの尻尾が大蛇のように伸び、アキトの首へ巻きついた。もっとも、あまりにも尻尾が太いため、首というよりは頭部全体をすっぽり包み込んだと言った方が正しいかも知れない。


 これにより、形勢は再び分からなくなった。


「ご……ごどやどお……!」


 ゴエモンの尻尾は万力のようにアキトの頭を締めつけた。アキトは息も出来ず、頭蓋骨が割れそうな痛みにひたすら耐える。と同時に、負けじとゴエモンの背骨を折るべく、さらに力を込めた。


 こうなったら、どちらが先に降参ギブアップするか。最早、勝負は我慢比べの様相を呈してきた。両者の対決に、誰も近づくことが出来ない。ただ手に汗を握り、固唾を呑んで見守るしかなかった。


「ぐぬぬぬぬぬぅぅぅぅぅっ……!」


 アキトは最後の力を振り絞った。すでに意識が遠のき始めている。早めに決着を着けなくてはならない。


 そのとき、ゴエモンの眼から、またしてもビームが発射された。ゴエモンの頭がアキトによって真上に向けられていたため、ビームは廊下の天井を破壊する。爆発が起こり、資材である石膏ボードが破片となって降り注いだ。


「わあああああっ!」


「きゃあああああっ!」


 たちまち白い煙がもうもうと立ち込め、辺りは逃げ惑う生徒たちの阿鼻叫喚が響き渡った。






 すっかりアキトたちから引き離されてしまったつかさは、這々(ほうほう)ていで、ようやく校舎の昇降口へと辿り着いた。窓ガラスが割れている二階を見上げると、酸欠気味の頭がクラクラする。


「ハァハァ……もう少し、身体を鍛えなきゃダメかな……?」


 自分の体力のなさにへこみながらも、つかさはよろよろと校舎へ入ろうとした。


 ところが、その瞬間、頭上から小さな爆発のような音が聞こえ、つかさをギクリとさせた。


 反射的に、もう一度、校舎を見上げると、先程と同じところから粉塵が舞い上がっていた。現場はかなりの混乱が起きているのだろう。様々な悲鳴が重なり合って聞こえる。


「な、何……?」


 どうして爆発が起きたのか見当もつかず、つかさはとりあえず現場に駆けつけようとした。あそこにはアキトはもちろん、薫や美夜、大神おおがみもいるはずである。みんなの身が心配になった。


 中へ入り、階段を上がろうとしたつかさだったが、突如、目の前を巨大な黒い物体が横切り、ギョッとした。


「うわぁ!」


 それは爆発に紛れて二階から逃走して来たゴエモンだった。だが、何よりつかさを驚かせたのは、そのスピードだ。


 ゴエモンはまるで台所に出没したゴキブリのようなすばしっこさで、アッという間につかさの視界から消えてしまう。目で追おうとしたときは、すでに何処へ逃げたのか見失っていた。


「わ、ワニって、あんなに速く陸上で動けるんだ……」


 ゴエモンがサイボーグであることを知らないつかさは、半ば感心しながら、茫然と立ち尽くすしかなかった。


 それから程なくして、大勢の生徒が二階から避難して来た。その場に突っ立っていたら押し潰されそうな身の危険を感じ、つかさは慌てて壁際に避ける。生徒たちは一目散に校舎から外へ逃げて行ってしまった。


 何が何やら分からないまま、つかさはひとまず呼吸を整え、大勢の生徒が通過して行った階段を登った。


 二階に到着すると、廊下には、まるで白い霧のように煙が立ちこめていた。つかさはそれを手で掻き分けるようにして進む。


「アキトー! 薫ーぅ! 美夜ちゃーん!」


 三人の名を呼ぶと、割と近くからケホッケホッという咳き込む声が聞こえた。


「美夜ちゃん?」


「つかさお兄ちゃん!?」


 まず煙の中から抱きつくように現れたのは美夜だった。半ベソで、つかさに泣きつく。


 つかさはそんな美夜のおダンゴ頭を撫でてやりながら、優しく声をかけた。


「大丈夫? ケガはない? アキトや薫は?」


「つかさなの? ちょっと手伝って!」


 美夜が答える前に、これまた近くから薫の声が聞こえた。


「薫? 何処にいるの? 真っ白で、何も見えないんだけど」


「こっちよ! 早く!」


 声だけを頼りに、つかさはさらに粉塵の舞う中を進んだ。


 廊下の窓ガラスが破壊されていたお蔭で、白い煙は次第に換気され、薄まりつつあった。それにともなって、無惨にもボロボロになった辺りの様子が判然とし始める。その中にうずくまっている薫を見つけた。


「薫!? 大丈夫なの!?」


 つかさは薫がケガでもしたのかと思ったが、そうではなかった。崩れ落ちた天井の瓦礫を一人で取り除いていたのだ。


「この下にあいつが」


「えっ、アキトが!?」


 つかさは薫を手伝った。やがて、黒と黄色が縞模様のようになっているアキトの頭が瓦礫の合間から発見される。


「アキト! アキトぉ!」


 つかさは意識のないアキトの頬をぺしぺしと叩いた。ううーん、とアキトの顔がしかめられ、反応を示す。さすがは 吸血鬼ヴァンパイア が持つ不死の肉体、特に外傷らしきものは見当たらず、どうやら無事らしいと安堵することが出来た。


「よかった」


 薫もホッと息をついた。その表情をまじまじとつかさが覗き込む。いつもアキトのことを忌み嫌っている薫が本気で心配していたことに目を見張ったのだ。


 つかさに見つめられていることに気づき、薫は頬を赤らめた。


「こ、こんなヤツでも、死んだら寝覚めが悪いじゃない? 化けて出て来られても困るし」


「ふーん。そうだね」


 つかさは意味ありげに笑って答えると、それ以上は何も言わず、埋もれたアキトの身体を掘り出してやった。

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