規格外の相棒
薄暗い地下室の天井を眺めながら、リヒトはゆっくりと体を起こした。 ギルド本部での特例昇級試験から数時間後。彼は『ステラ・ノヴァ』の拠点である雑居ビルのソファで仮眠を取っていた。
B級探索者ボルグの戦槌によって完全に粉砕されたはずの胸郭は、跡形もなく修復されている。だが、死の淵を覗き込んだ精神的な疲労と、異常なステータス変動の反動で、泥のような眠りに落ちていたのだ。
「ステータス」
掠れた声で呟くと、半透明のプレートが眼前に展開される。
【名前】リヒト
【ランク】C級
【所持CP】0 / 5000
【筋力】65(+27)
【耐久】72(+30)
【敏捷】55(+31)
【魔力】10(+0)
【感覚】25(+7)
【固有スキル】絶対適応、超回復
試験中の暴力的な数値は落ち着いていた。だが、それでもミノタウロス戦の時よりもさらに二回り以上、基礎スペックが底上げされている。
人類の限界点と呼ばれるC級(50〜80)の領域。F級として燻っていた数日前とは、文字通り次元が違う肉体を手に入れていた。
「起きたかしら、C級探索者リヒト君」
マグカップを片手に、白衣姿のクロエが執務デスクから振り返った。彼女の目元にはうっすらとクマが浮かんでいるが、その表情は酷く上機嫌だった。
「お疲れ様。ギルドの幹部連中、君のデタラメな治癒力と跳ね上がった出力を見て、全員アゴが外れそうな顔をしてたわよ。C級への昇格手続きも、文句なしで通ったわ」
「……ありがとうございます。でも、あれはボルグさんの力を借りたようなものです。俺自身の本来の実力じゃありません」
「借り物だろうが何だろうが、君の肉体に定着した以上は君の力よ。卑下する必要はないわ」
クロエは歩み寄り、ドンッ、と重々しい音を立てて、黒い長方形のケースをテーブルの上に置いた。
「それよりも問題は、君の出力を受け止めきれる武器がないことよ」
「あ……」
リヒトは試験場で粉々に砕け散った黒鉄の大剣を思い出した。100を超えた筋力のフルスイングに、市販の訓練用武器では一撃すら耐えられなかったのだ。
「中層以降の魔物は、外殻の硬さも再生力も下層とは比較にならない。素手の殴り合いじゃ限界があるわ。かといって、君の馬鹿力に耐えられるオーダーメイドの武器を外注する資金なんて、今のうちにはないしね」
「じゃあ、当分は使い捨ての武器を大量に持ち込むしか……」
「非効率極まりないわ。だから、私の『失敗作』を君に預けることにしたの」
クロエがケースのロックを解除し、蓋を開ける。 冷たい冷気と共に姿を現したのは、全長ニメートル近い、無骨で巨大な漆黒の戦槌だった。
柄の部分には複雑な魔力回路が赤黒く明滅しており、ただそこにあるだけで周囲の空気が重くなったように錯覚する。
「深層から極稀に産出される『黒星鉱』を圧縮して作った、試作型魔導機槌【アバランチ】。……信じられないほどの密度と強度を誇るけど、あまりにも重すぎて、A級の筋力特化型探索者ですらまともに振り回せなかった代物よ。しかも、魔力伝導率が悪すぎて、属性付与も弾いてしまう。単なる超質量の鈍器にしかならない、完全な失敗作」
クロエは自嘲気味に笑ったが、その瞳は期待に輝いていた。
「でも、今の君なら。あるいはこれから先、さらにステータスが成長していく君になら、最高の相棒になるかもしれない」
リヒトは息を呑み、ケースの中の【アバランチ】へと手を伸ばした。 太い柄を両手で握り、腰を落として一気に持ち上げる。
「——ッ!」
重い。 C級の領域に達した今の【筋力65】をもってしても、ずしりと全身の筋肉が軋むほどの圧倒的な重量感。だが、持ち上がらないわけではない。 リヒトは重心を調整しながら、狭い地下室の中で軽く戦槌を構え直した。
「……すごい。これなら、俺がどれだけ本気で殴っても、絶対に壊れない確信があります」
「でしょう?打撃面に内蔵された機構が、衝撃を逃がさずに100%対象へ伝達する構造になっているわ。魔法なんて小細工は要らない。純粋な物理の質量兵器よ」
相棒と呼ぶにふさわしい武具を手に入れ、リヒトの口元に自然と笑みがこぼれた。
これさえあれば、もっと深くへ潜れる。あのSS級の戦乙女が息をする、死と隣り合わせの領域へ。
「さて、準備が整ったところで、次の目標を設定するわよ」
クロエはタブレットを操作し、空間にダンジョンのホログラムマップを投影した。
「C級に昇格したことで、君は第20階層までの単独進入権限を得た。明日からは、中層の入り口である第11階層から一気にダイブするわ。目標は第20階層の階層主の討伐」
「第20階層……。あの日、俺を殺しかけたミノタウロスが本来いるはずの場所ですね」
「ええ。今の君なら、死の淵に立たずとも正面から殴り殺せるはずよ。中層で荒稼ぎして、うちのクランの負債を一気に完済するわ。それと同時に、君の実力をギルドに完全に認めさせるの」
クロエの言葉に、リヒトは漆黒の戦槌を力強く握り直した。 F級の落ちこぼれから始まった成り上がりの道。理不尽な死の代償として手に入れた力と、規格外の相棒を携え、リヒトは真の恐怖が口を開けて待つダンジョン中層領域へと挑む。




