首都奪還(6)
王都を脅かした最大の脅威、『雷霆の黒竜王』は、アリアの極光とリヒトの超質量の前に粉砕された。 氷の彫像と化し、数万の破片となって空に舞い散る竜王の残骸。 誰もが、これで最悪の事態は脱したと安堵しかけた、その時だった。
『——素晴らしい。見事な連携だ、死なない坊やと戦乙女』
粉々に砕け散ったはずの黒竜王の魔石の破片。 それが宙に不自然に浮き上がり、空に開いた十数個のゲートと赤い魔力の線を結び、王都の空全体を覆い尽くすほどの超巨大な『魔法陣』を描き始めたのだ。
「ギデオンの声……!? みんな、構えて!」
アリアが鋭く叫び、リヒトも即座にアバランチを握り直す。 魔法陣の中心から響く、狂気を孕んだ第三大陸のSS級探索者の声。
『言ったはずだよ。私の蒔いた破滅の種は、すでに地上にあると。……さあ、第二幕といこうか』
その宣言と共に、上空の巨大魔法陣が一斉に赤黒い閃光を放った。
直後、空が「割れた」。 ゲートから現れたのは、巨大なボスモンスターではない。 『深淵の骸竜』、『魔殻の黒腕猿』、『女帝蜘蛛』——これまで第30階層以下でしか確認されていなかった深層のA級モンスターたちが、まるで「滝」のように、何千、何万という絶望的な物量となって広場へ降り注いできたのだ。
「な、なんだこの数は……ッ!」
大盾を構えていたヴァルガスが、絶望に顔を引き攣らせる。 一体一体がA級パーティでようやく対処できるレベルの化け物。それが、空を黒く埋め尽くすほどの群れとなって王都を蹂躙し始めた。
「下がらないで!ここで食い止める!」
アリアが細剣を振るい、広範囲の猛吹雪を展開して先陣を凍らせる。 リヒトもまた、クロエから託された特製の黒い手袋の性能を引き出し、【筋力155】のフルスイングで次々と魔物の群れをミンチに変えていく。アイラの『死神の領域』が最大出力で放たれ、エララたち魔弓部隊が必死の援護射撃を行う。
だが——圧倒的に、数が多すぎた。
「ガハッ……!」 「エララ!」
無限に湧き出す魔物の波に、ついに精鋭部隊の陣形が崩れ始める。 魔力枯渇を起こしたエララが吹き飛ばされ、ヴァルガスの魔鋼の盾にも無数の亀裂が走る。
アイラも鼻から血を流し、自身のキャパシティを超えたデバフの維持に意識が飛びかけていた。
「くそっ、キリがない……!」
リヒトがアバランチで十数体をまとめて粉砕するが、その隙間を縫ってさらに数十体が襲いかかってくる。
連戦に次ぐ連戦。いかに【絶対適応】でスタミナを補っていようと、限界を超えた肉体は悲鳴を上げ始めていた。アリアの顔にも、隠しきれない疲労の色が濃く浮かんでいる。
戦乙女と狂戦士を中心とした決死の防衛線が、徐々に、しかし確実に魔物の「物量」によって押し潰されようとしていた。
その、絶体絶命の戦場において。 さらに最悪の「絶望」が、優雅に空から舞い降りた。
「——やあ。一生懸命に足掻く虫の姿は、いつ見ても美しいね」
空中の魔物の群れを踏み台にするようにして現れた、漆黒のスーツを着流した細身の男。 『千の鎖』のギデオン。 他大陸のSS級探索者である彼が、なんと安全な隠れ家から直接この死地に姿を現したのだ。
「ギデオン……ッ!!」
「アリアさん、ダメだ! 一人で突っ込まないで!」
アリアが怒りに任せて神速の刺突を放つが、ギデオンは薄く笑ったまま指先を軽く振るった。
——ギィンッ! ギデオンの足元から射出された黒い鎖が、アリアの細剣を容易く弾き飛ばす。さらに無数の鎖が蛇のように波打ち、アリアを庇おうと前に出たヴァルガスたち精鋭部隊を、次々と串刺しにして地面に縫い付けた。
「ガアァァァッ!?」
「ヴァルガス!」
圧倒的な、次元の違う暴力。 ギデオンは、群がる魔物たちを自身の盾(肉壁)として操りながら、一切の無駄なく鎖を展開していく。
「さて、不死身の坊や。君の再生能力は厄介だからね、まずは動けなくさせてもらおう」
死角から放たれた極太の鎖が、魔物の群れを突き抜けてリヒトの四肢に絡みついた。
「しまっ……!」
「リヒトッ!」
アイラが悲鳴を上げる。 第35階層の悪夢の再来。鎖がギリギリと締め上げられ、クロエの手袋ごとリヒトの腕の骨が嫌な音を立てて軋む。 【超回復】が発動するが、それを上回る速度でギデオンの鎖がリヒトの全身を拘束し、地面へと強引に叩き伏せた。
「ガ、ハッ……!」
「君は後でじっくり解剖してあげるよ。……先に、第一大陸の希望を折るとしようか」
ギデオンの冷酷な視線が、孤立したアリアへと向けられる。 魔力の底が見えかけているアリアに対し、ギデオンは無傷。しかも周囲には数万の魔物の群れ。
「第一大陸のSS級も、随分と安っぽくなったものだ。ここで死にたまえ、戦乙女」
ギデオンの背後から、大蛇のような巨大な数千の鎖が束ねられ、巨大な漆黒の槍となってアリアへと狙いを定めた。
「アリアさん……逃げて……ッ!」
拘束されたリヒトが血を吐きながら叫ぶが、アリアは逃げなかった。 彼女の背後には、倒れた仲間たちと、アイラがいる。彼女が退けば、全員が死ぬ。
「……私はこんなところで、膝をつくわけにはいかないの……!」
アリアは残された全魔力を振り絞り、細剣に極光を纏わせて、ギデオンの放った漆黒の槍を真っ向から迎え撃った。
——ドガァァァァァァァァンッ!!!!
圧倒的な魔力の衝突。 だが、結果は残酷だった。 疲労困憊のアリアの氷盾が砕け散り、極光が漆黒に飲み込まれる。
「あ……」
アリアの細剣が中ほどからへし折れ、彼女の華奢な体が、ボロ布のように後方へと吹き飛ばされた。
「アリアさんッ!!」
地面を転がり、血を吐いて倒れ伏す最強の戦乙女。 彼女の敗北は、王都の完全なる陥落を意味していた。
「チェックメイトだ」
ギデオンが冷酷に笑い、トドメを刺そうと折れた剣の先で倒れるアリアの心臓へと、無数の鎖を放つ。 リヒトは拘束を引きちぎろうと全身の筋肉を断裂させながら絶叫し、アイラは絶望に目を閉じた。
誰もが、死を確信した。 炎上する王都。押し寄せる魔物の群れ。他大陸のSS級の無慈悲な刃。 すべての希望が潰えたかに見えた、絶体絶命のその瞬間。
——ズゴォォォォォォォォンッ!!!!!!
突如として、上空の分厚い赤黒い雲が、まるで『天から落ちてきた見えない巨大な剣』によって、真っ二つに両断された。
「……なんだと?」
ギデオンが初めて余裕の表情を崩し、空を見上げる。
アリアの心臓を貫くはずだった無数の黒い鎖が、天から降り注いだ『一本の巨大な灰色の刃』によって、いとも容易く、空間ごと消し飛ばされていた。
降り注ぐ光の柱の中。 絶望に支配された戦場に、周囲を圧倒的する『王の覇気』が静かに舞い降りる。
「——ずいぶんと、俺の庭を派手に荒らしてくれたじゃねえか、三流が」
その声が響いた瞬間、広場を埋め尽くしていた数万の深層魔物たちが、恐怖に震え上がり、一斉に地面に平伏した。 リヒトが、アリアが、そしてアイラが、目を見開いてその姿を仰ぎ見る。
遠征に出払っていたはずの第一大陸の探索者たちの姿があった。




