首都奪還(3)
「行きなさいリヒト!ここは私が抑える!」
ギルド本部の前庭を吹き飛ばし、空を覆い尽くした『雷霆の黒竜王』の咆哮を切り裂くように、アリア・ヴァイスの凛とした声が響き渡った。
「マスターを必ず生きて連れ帰りなさい!それがあなたの特務よ!」
「……はいっ!アリアさんも、絶対に無事で!」
炎上する広場の中央。リヒトはアリアと力強く視線を交わすと、漆黒の戦槌【アバランチ】を片手にアイラの小さな体を抱え上げ、赤い発煙筒が上がった方向へと弾かれたように駆け出した。
黒竜王が、逃げ去る小虫を消し飛ばそうと、顎門の奥で紫電の極大ブレスを収束させる。
だが、その鼻先を、極低温の魔力を纏った銀色の閃光が容赦なく斬り裂いた。
「ギ、ガァァァァッ!?」
「よそ見をしている暇なんて、与えない」
空中に舞い上がったアリアの細剣から、氷の魔力が猛吹雪となって放射され、黒竜王の視界を完全に白く染め上げる。
「ヴァルガス!エララ!私たちはこの広場を死守し、空の穴から降り注ぐ敵の増援をここで食い止めるわよ!」
「ハッ!大盾の重騎士ヴァルガス、死なない程度に壁となります!」
アリアの号令に、S級の巨漢ヴァルガスが前に進み出て、巨大な魔鋼の盾を地面に突き立てた。
直後、黒竜王の放った紫電のブレスが広場を焼き払うが、ヴァルガスが展開した『城壁の加護』がその絶大な破壊エネルギーをギリギリで弾き返す。
「アリア様、上空から黒腕猿の群れが降下してきます!」
「一匹たりとも通すな!撃ち落としなさい!」
後方から、A級魔弓士エララを筆頭とする精鋭たちの魔力矢が、空を埋め尽くす弾幕となって放たれる。
その援護射撃の只中を、アリアは風の魔法『烈風』をその身に纏い、重力を無視したような神速で駆け上がった。
氷による絶対的な凍結、風による超加速、そして剣撃のインパクトの瞬間にのみ織り交ぜられる、爆炎による破壊力。
相反するはずの多属性の魔法を、極限の剣技の中で矛盾なく統制する理外の御業。
それこそが、彼女が第一大陸最強の魔法剣士——【極光の剣姫】と称される所以だった。
「——『極光絶華』ッ!!」
アリアの細剣が、虹色に輝く魔力の軌跡を描き出す。
黒竜王の硬質な鱗が、凍結によって脆くされ、風の刃によって切り裂かれ、内部に送り込まれた爆炎によって内側から爆散する。
「ガ、ゴォォォォォォォォッ!!!」
王都の中心で、銀髪の戦乙女と巨大な黒竜王の、映画のワンシーンのように壮絶な死闘が幕を開けた。
時を同じくして。王都の東側、一般市民が多く住む中央商業区。
「いやぁぁぁっ!誰か、誰か助けて!」
逃げ遅れた数十人の市民たちが、大通りの路地裏に追い詰められていた。
彼らを取り囲んでいるのは、深い瘴気を纏った三体の『深淵の骸竜』。鋭い牙から涎を垂らし、今まさに無力な市民たちを蹂躙しようと首をもたげた、その刹那。
——ピチュンッ。
極めて静かな、水滴が落ちるような音。
直後、三体の骸竜の首が、何の前触れもなくズルリと滑り落ちた。
ドス黒い血が噴き出す前に、眼鏡を中指で押し上げながら、S級探索者エリーゼが静かに路地裏へと降り立った。
「遅くなりました。中央商業区の生存者の皆様ですね」
「あ、あなたは……『戦乙女の剣』の、副団長様!」
市民たちがへたり込みながら安堵の涙を流す中、エリーゼは周囲の建物の屋上で蠢く無数の魔物の気配を察知し、冷徹に細剣を構えた。
「アリア様は、本クランの総力を挙げて王都を奪還すると宣言されました。私は副団長として、一人でも多くの民をS級シェルターへと導く義務がある」
エリーゼの姿がブレた。
次の瞬間、建物の屋上から市民に飛び掛かろうとしていた十数体の魔物が、不可視の刺突によって空中で細切れにされ、光の粒子となって消滅する。
「さあ、案内します。私の背中から、決して離れないように」
一切の無駄を省いた、完璧な殺戮の舞踏。 冷静沈着なるS級の監査官は、たった一人で軍隊に匹敵する防衛線を敷きながら、王都の生存者たちを希望へと繋ぐ道筋を切り拓いていた。
そして、王都の裏通り——スラム街へと続く迷宮のような入り組んだ路地。
「ギャウゥゥゥッ!!」
「リヒト、右から猟犬の群れが来るよっ!」
リヒトの背中にしがみついたアイラが叫ぶと同時に、漆黒の戦力【アバランチ】が真横に薙ぎ払われた。
凄まじい風圧と超質量が、襲い来る『深淵の猟犬』の群れを建物ごと粉砕し、強引に直進ルートを切り拓く。
「マスター……無事でいてくれ……っ!」
リヒトは奥歯を噛み締め、A級領域を突破した【敏捷148】の脚力で、炎上する瓦礫の山を飛び越えていく。
アイラの『死神の領域』が周囲の魔物のステータスを削り落としているとはいえ、湧き出す敵の数はあまりにも多すぎた。
だが、リヒトに歩みを止めるという選択肢はない。 どれほどスタミナを消費しようと、息が上がろうと、【絶対適応】によってその負荷すらも糧にして、彼の肉体は最適化され続けている。
「見えた……!ステラ・ノヴァの拠点だ!」
崩落したビルの向こう側。見慣れた古びた看板が、半分焼け焦げて地面に落ちているのが見えた。 だが、リヒトとアイラの顔は、直後に絶望に引き攣ることになる。
地下拠点へと続く分厚い鋼鉄の扉。 そこに群がっていたのは、下級の魔物などではなかった。
「……嘘だろ。なんで、あんなのが地上にいるんだよ」
巨大な六本の腕を持ち、上半身が女性で下半身が悍ましい蜘蛛の形をした、深層の最悪のネームドモンスター——『女帝蜘蛛』。 A級パーティでも全滅の危険があるその巨大な化け物が、地下に立て籠もる獲物を引きずり出そうと、六本の腕で鋼鉄の扉をメリメリと引き剥がしている真っ最中だったのだ。
『——チィィィィィィッ!!』
背後からの気配に気づいた女帝蜘蛛が、忌々しげに振り向き、その巨大な腕の薙ぎ払いをリヒトに向けて放つ。 アイラのデバフを受けてなお、建物を両断するほどの圧倒的な暴力。
「アイラ、しっかり掴まってて!」
「うんっ!」
リヒトは回避しなかった。 極限まで脱力した肉体から、アリアの教えの通り、インパクトの瞬間にのみ【筋力155】のすべてを爆発させる。
——ドッゴォォォォォォォォンッ!!!!!
アバランチと女帝蜘蛛の剛腕が正面から激突し、スラム街一帯の窓ガラスが衝撃波で一斉に吹き飛んだ。 力と力の、純粋なぶつかり合い。 だが、悲鳴を上げたのは、女帝蜘蛛の腕の方だった。
「どけって、言ってんだろーーッ!!」
リヒトの瞳に、赤黒い狂戦士の光が宿る。 弾き飛ばされた女帝蜘蛛の体勢が崩れた隙を突き、リヒトは足元の石畳を砕いて跳躍し、空中で体を捻りながら、渾身の力でアバランチをその脳天へと振り下ろした。
隕石のような一撃が直撃し、女帝蜘蛛の巨体が地面にめり込んで絶命する。
「ハァ……ッ、ハァ……!」
息をつく暇もなく、リヒトはアバランチを放り捨てて、半壊した地下拠点への鋼鉄の扉へと駆け寄った。 女帝蜘蛛の攻撃によって、扉はひしゃげ、自力では開けられないほどに歪んでしまっている。
「マスター!マスター、生きてる!?俺です、リヒトです!」
リヒトが素手で鋼鉄の扉をこじ開けようと、血が滲むほどの力を込める。 アイラも泣きながら、必死に扉の隙間に手を掛けて引っ張った。
「マスターっ!お願い、返事してっ!!」
ギギ……、バコンッ!! リヒトの異常な筋力によって、ついに鋼鉄の扉が吹き飛び、真っ暗な地下拠点への入り口が開かれた。
土煙が舞う中、リヒトとアイラは転がり込むようにして、拠点の奥へと飛び込んだ。




