ギルド本部
第一大陸探索者ギルド本部、最上階。 そこは、この大陸のダンジョン利権と何万もの探索者たちの命運を握る、権力の頂点だった。
静音設計の豪奢なエレベーターが最上階に到着し、重厚なマホガニーの扉が開く。
円卓が置かれた広大な会議室には、ギルドの重役たちがズラリと顔を揃えていた。中央に座るのは、白髭を蓄え、鋭い鷹のような目をしたギルド総長、バルバロス。
「……よく来たな、特例昇級者リヒト。そして、『ステラ・ノヴァ』のマスター殿」
バルバロスの重々しい声が響く。だが、その視線はリヒトたちではなく、当然のように彼らの半歩前を歩く銀髪の少女——アリア・ヴァイスへと向けられていた。
「『戦乙女の剣』のアリア殿まで同席するとは聞いておらんが」
「私のクランの重要な同盟相手よ。不都合でもあって?」
アリアは冷徹な銀色の瞳で重役たちを一瞥し、一切の遠慮なくリヒトの隣の席へと腰を下ろした。SS級探索者が放つ、隠しきれない絶対者の覇気。それだけで、円卓を囲む数人の重役たちが冷や汗を流して視線を逸らす。
「……ふん。まあよい」
バルバロスは咳払いをして、手元の分厚い資料を広げた。
「単刀直入に言おう。昨日、第33階層にて発生したイレギュラー——『暴虐の黒竜』の変異種および、深層魔物のスタンピード未遂。これを、ポーターとして同行していたB級探索者のリヒトが、単独の物理打撃のみで鎮圧したという報告が上がっている。……これは事実か?」
「はい。俺がやりました」
リヒトはふんわりとした、いつもの人の良さそうな笑顔で即答した。 緊張感の欠片もないその態度に、一人の重役がバンッ!と机を叩いて立ち上がる。
「ふざけるな!B級のステータスで変異種を単独討伐するなど、物理的に不可能だ!貴様、さては違法な古代魔道具か、禁忌の薬物を使用したな!? ギルドの規約違反として直ちに拘束し、その肉体を解剖——」
その重役の言葉は、最後まで続かなかった。
ピシッ……。 会議室の空気が、文字通り「凍りついた」のだ。 アリアから放たれた極低温の殺気が、暴言を吐いた重役の首筋に氷の刃となって突きつけられていた。
「……私の恩人であり、ただ一人、私の隣に立つと誓った男によくもそんな発言ができるわね」
絶対零度の声。 重役は顔面を蒼白にし、ガチガチと歯の根を鳴らして腰を抜かした。
「ま、待てアリア殿!我々も彼を疑っているわけではない!」
バルバロスが慌てて両手を挙げて制止する。アリアがふいと視線を外すと、会議室の温度がようやく正常に戻った。 クロエは後ろで「うちの稼ぎ頭、とんでもないボディーガードを手に入れたわね」と愉快そうに肩を震わせている。
「コホン。……リヒトよ。ギルドとしては、お前のその規格外の力と戦果を正式に認める。あの深層の変異種討伐とスタンピードの阻止は、A級への昇格条件に値する偉業だ」
「えっ、本当ですか?」
「ああ。だが、お前はB級に上がったばかり。ここでいきなりA級へと特進させれば、他の探索者たちへの示しがつかん。政治的な反発も必至だ」
バルバロスは鷹の目を細め、リヒトを値踏みするように見つめた。
「よって、特別任務を与える。これを完遂した暁には、昨日の討伐報酬と合わせて、A級昇格に必要な貢献ポイント(CP)を一括で付与し、深層の自由探索権限も承認しよう」
「特別任務、ですか」
リヒトの瞳から、ふんわりとした空気が消え、静かな闘志が宿る。
「現在、第35階層の『嘆きの谷』にて、魔力溜まりが異常膨張している。放置すれば、数日以内に地上へと直結する大穴が開き、未曾有のスタンピードが居住区を襲うだろう。……お前の任務は、その魔力溜まりの核となっている『深淵の門番』を討伐し、危機を未然に防ぐことだ」
「……正気ですか、総長」
アリアが鋭い声で口を挟んだ。
「第35階層の門番といえば、軍隊規模のモンスタを統率する個体。それを、たった一つのB級パーティに押し付けるなど、事実上の死刑宣告——」
「やります」
アリアの抗議を遮るように、リヒトの迷いのない声が会議室に響いた。 重役たちが息を呑む中、リヒトはバルバロスを真っ直ぐに見据え、不敵に笑いかけた。
「俺と、うちの最高のサポーター(アイラ)がいれば、十分です。その任務、ステラ・ノヴァがお引き受けします」
一切の気負いも、恐怖もない。純粋に、次の強敵と戦えることを喜んでいるような狂戦士の顔。 バルバロスは小さく息を吐き、「……交渉成立だ。期待しているぞ、規格外」と告げた。
——ギルド本部からの帰り道。
「リヒトはどうしてあんな無茶な任務を即答で受けたの?」
アリアが少しだけ心配そうな、珍しく感情の揺れる声で問い詰めた。 リヒトは背伸びをして、春の陽射しを浴びながらニコッと笑う。
「だって、アリアさんに稽古をつけてもらう約束、したじゃないですか。本物の怪物と打ち合えるなら、第35階層の魔物なんて、いい準備運動にしかならないと思って」
「……っ」
その無自覚で真っ直ぐすぎる信頼に、アリアはまたしても胸の奥がトクンと跳ねるのを感じ、慌ててそっぽを向いた。
「……そ、そう。なら、明日の朝から私のクランの訓練場に来て。容赦はしないから」
「はい! よろしくお願いします!」
二人の様子を後ろから見ていたクロエは、「青春ねぇ」と呆れたように笑いながら、タブレットでリヒトの現在のステータスを確認した。昨日の黒竜討伐の仮報酬が、先行して加算されている。
【名前】リヒト
【ランク】B級
【レベル】27
【所持CP】累計 34,250 / 50,000 CP(A級昇格試験まであと 15,750 CP)
【筋力】108(+3)
【耐久】105(+3)
【敏捷】101(+3)
【感覚】52(+2)
「あと一息でA級(戦術級兵器)の領域。……さあ、世界をひっくり返す準備を始めましょうか」
深層の脅威すら通過点。 リヒトとアイラ、そして最強の戦乙女という破格の師匠を得た狂戦士の歩みは、もはや誰にも止めることはできなかった。




