↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
成り上がりたい理由が初恋ではだめですか?〜全クランの入団試験に落ちた少年が死地で覚醒して最強の探索者へと成り上がる  作者: kiro


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
17/37

深層


第31階層に足を踏み入れた瞬間、空気が物理的な重さを持ってのしかかってきた。 これが「深層」。 中層までの迷宮とは根本的に生態系が違う。岩肌はどす黒く変色し、空間には呼吸するだけで肺が焼けるような魔力の瘴気が立ち込めている。


「オラ、雑用! 遅れるなよ!」

「はいっ、すぐ行きます!」


A級探索者たちの罵声にリヒトはニコニコと愛想よく返事をしながら、自身の背丈の倍はある特大の荷物を背負って軽快に歩いていた。


その様子を、先頭を歩く『戦乙女』アリアは、冷徹な指揮官の仮面の下で不思議そうに観察していた。


(……おかしい。深層の瘴気の中では、A級の探索者ですら魔力防御を展開しなければ数十分で意識が混濁するはず。なのに、あの少年は……全く息を切らしていない)


それどころか、時折現れる『瘴気の沼』や『隠し落とし穴』といった深層特有の罠を、まるで散歩でもするかのような自然な足取りで、すべて“偶然”を装って回避しているのだ。


「ギャァァァァッ!!」


突如、岩陰から三体の『魔殻の黒腕猿』が飛び出してきた。A級パーティが三人がかりでようやく仕留めるレベルの凶暴な魔物だ。 だが、A級探索者たちが武器を構えるよりも早く、銀色の閃光が空間を走った。


——ヒュンッ。


風切り音すら置き去りにした剣閃。 アリアが腰の細剣を鞘から少し抜き、そして納めただけ。


それだけで、空中に躍り出ていた三体の猿は、まるでガラス細工のように細切れに両断され、光の粒子となって消滅した。


(……すごい。やっぱり、アリアさんは次元が違う)


最後尾で荷物を担ぎながら、リヒトの瞳はキラキラと輝いていた。 一切の無駄がなく、美しい。B級の領域に達したリヒトの【感覚50】でも、彼女の剣の軌道はうっすらとしか捉えられなかった。


ステータスが300を超えると言われるS級以上の怪物。その圧倒的な実力差を目の当たりにしても、リヒトの心は決して折れず、むしろ「いつかあの隣に立つ」という思いをさらに強く燃やしていた。


「……油断しないでください。異変の震源地は、もうすぐ先です」


アリアの凛とした声に、浮き足立っていた探索者たちが気を引き締める。 部隊は第31階層、32階層をスムーズに突破し、ついに目的の鉱石採取ポイントである第33階層の巨大空洞へと到達した。


だが、空洞の中央に足を踏み入れた瞬間。 空気が、ピシッ、と不快な音を立ててひび割れた。


「なんだ……!? 空間が、歪んでるぞ!」


探索者の一人が叫ぶ。 空洞の中央、何もない空間に巨大な亀裂が走り、そこからドス黒い魔力が滝のように溢れ出した。 ギルドが観測していた「ダンジョンの異変」。その正体が、今まさに産声を上げようとしていた。


『——ガァァァァァァァァァッッ!!!!!』


亀裂を内側から引き裂いて現れたのは、巨大な黒竜だった。ただしただの竜ではない。全身の鱗が赤黒く変色し、無数の眼球が不気味に蠢く、規格外の変異種(ネームドモンスター)。


「嘘だろ……『暴虐の黒竜(タイラント・ドラゴン)』の変異種だと!?」 「こんな深層の浅い階層に出る化け物じゃねえぞ!!」


A級探索者たちが恐怖に顔を引き攣らせ、後ずさる。 アリアは瞬時に最前線へと飛び出し、細剣を構えた。彼女の冷気を帯びた魔力が爆発的に膨れ上がり、空間を凍てつかせる。


「部隊はただちに後退!ここは私が——」


アリアが竜に斬りかかろうと踏み込んだ、その瞬間。 黒竜の無数の眼球が一斉に赤く発光した。


「——ッ!」


アリアの足が、ピタリと止まる。 『精神支配(マインドブレイク)』。変異種だけが持つ、凶悪な精神攻撃。SS級のアリアでさえ、その規格外の魔力に一瞬だけ脳を揺らされ、完璧だった構えにわずかな「隙」が生まれた。


その一瞬を、黒竜は見逃さなかった。巨体に似合わぬ神速でアリアの横に回り込み、鋼鉄すら容易く粉砕する極太の尻尾が、彼女の華奢な胴体に向かって無慈悲に振り抜かれる。


「アリア様ッ!!」


探索者たちの絶望の悲鳴が空洞に響き渡った。 間に合わない。誰もが、美しき戦乙女の肉体が無惨に弾け飛ぶ未来を想像し、目を閉じた。


——ドッゴォォォォォォォォンッ!!!!!


空洞全体を揺るがす、爆発のような轟音。 凄まじい衝撃波が巻き起こり、土煙が視界を覆い尽くす。


「……え?」


だが、アリアの身に痛みは走らなかった。 ゆっくりと目を開けた彼女の視界に映ったのは、信じられない光景だった。


黒竜の必殺の一撃。 それを、たった一人で——いや、片手で受け止めている背中があったのだ。


特大のリュックサックはすでに放り捨てられていた。 温厚で頼りなかった青年が、リュックの奥底から引き抜いた漆黒の戦槌【アバランチ】を盾のように構え、黒竜の尻尾と真っ向から衝突していた。


「な、なんだお前は……!?」

「ただのポーターが、どうして……!」


A級探索者たちが呆然と呟く中、リヒトは【筋力105】の異常な脚力で地面に深く爪先を食い込ませ、黒竜の圧倒的な運動エネルギーを完全に殺しきっていた。 足元の岩盤がクレーターのように粉砕されている。


「……ふぅ。あっぶないなぁ」


リヒトは黒竜の尻尾を弾き返すと、漆黒の戦槌を肩に担ぎ直し、アリアに向かって振り返った。 その顔には、先ほどまでの「頼りない少年」の面影は一切ない。 極限の死線を潜り抜けてきた者だけが持つ、氷のように冷たく、そして圧倒的な安心感を伴う強者の眼差し。


「怪我は、ありませんか?」


数年前、瓦礫の下で自分に手を差し伸べてくれた戦乙女。 あの時思い描いた「隣に立つ」という狂気めいた誓いが、今、最も劇的な形で果たされようとしていた。


黒竜が怒り狂い、再び咆哮を上げる中、リヒトは戦槌の柄を固く握り直した。


「……さて。ちょっとだけ戦いに参加させてもらいますね」


未知なる深層の脅威を前に、規格外の「ポーター」が今、静かに牙を剥く。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。