第90話 《外界存在》
空の裂け目が脈動していた。
黒いノイズ。
世界に存在してはいけない色。
それが空から滲み出るたび、現実が壊れていく。
王都上空。
避難民たちはただ震えていた。
兵士たちも。
神官たちも。
誰も理解できない。
何が起きているのか。
そして。
“それ”は現れた。
最初。
誰も形を認識できなかった。
黒い。
いや、透明。
違う。
立体なのに平面。
存在しているのに、輪郭が定まらない。
見た瞬間、脳が理解を拒絶する。
ザザッ――
視界にノイズ。
兵士の一人が叫ぶ。
「なんだ、あれ……!」
次の瞬間。
彼は崩れ落ちた。
「い、いや……いやいやいやいや――」
目を押さえる。
だが遅い。
瞳孔が壊れる。
口から意味不明な数式を吐き始めた。
「√――七――無限――内側が外――」
発狂。
ただ見ただけ。
それだけで。
別の兵士は、自分の腕を見て絶叫した。
腕の長さが毎秒変わっている。
骨格が成立していない。
存在定義が崩れていた。
「やめろ……!」
「見るな!!」
だが。
見てしまう。
人間の脳は“認識”してしまう。
そして壊れる。
外界生命体。
それは“生物”という概念すら曖昧だった。
見るたび形が変わる。
巨大な獣に見えた瞬間。
次には無数の眼球。
さらに次は、数学図形の集合体。
空間そのものが歪む。
直線が曲がる。
角度が狂う。
存在が“数学的に破綻”していた。
ルナが震えながら記録を取っている。
ルナ
「三次元じゃない……」
「位相構造がズレてる……!」
「いや、そもそも空間定義が――」
言葉の途中で止まる。
理解しすぎれば危険。
もう分かっている。
セリスが叫んだ。
セリス
「ルナ! 見続けちゃダメ!」
その時。
神々が一斉に権能を発動する。
アストラ。
クロノス。
ミラ。
白銀の神威が空を覆った。
アストラ
『対象解析開始』
『存在定義照合』
『世界法則適用――』
次の瞬間。
全部止まった。
《ERROR》
《定義失敗》
《観測不可能》
《解析不能》
神々ですら理解できない。
運命も。
時間も。
因果も。
通用しない。
アストラの顔から血の気が引く。
「……そんな」
「存在形式が、この世界と一致していない……」
外界存在。
それは。
世界の外側から来たもの。
この世界のルールで測れない。
だから。
神々ですら触れられない。
その瞬間。
外界存在が動いた。
いや。
“認識位置が変わった”。
空間を無視して。
突然、王都上空へ現れる。
兵士たちが絶望する。
だが。
その時だった。
カインが前へ出る。
カイン
普通に。
何事もないように。
そして。
空を見上げた。
「……あー」
「確かに気持ち悪いな、これ」
周囲が凍る。
正気。
普通に見えている。
発狂もしない。
輪郭崩壊もない。
しかも。
カインの周囲だけ、空間が安定している。
ノイズが侵食できない。
ゼノが呆れたように笑う。
ゼノ
「お前、もう基準にならねぇな」
その時だった。
外界存在が止まる。
無数に変化していた輪郭。
それが。
初めて“カイン”へ向いた。
空気が凍る。
神々が戦慄する。
外界存在。
認識不能生命体。
それが。
明確な意思を持って。
カインを見ていた。




