第8話 《決闘》
アルディア中央闘技場。
数万人規模の観客席は、熱気と興奮に包まれていた。
「《戦姫》だ!」
「アイリス様ぁぁ!!」
「ぶっ潰せぇぇ!!」
歓声が渦巻く。
対するカインへの声は半々だった。
「化け物らしいぞ……」
「でも山消したんだろ?」
「いや絶対盛ってるって」
恐怖。
期待。
野次。
あらゆる感情が入り混じっている。
闘技場中央。
カインは居心地悪そうに立っていた。
借り物の剣。
簡素な服。
完全に場違いだった。
その正面へ、アイリスが歩み出る。
白銀の鎧。
腰の聖剣。
隙のない姿。
彼女が剣を抜いた瞬間、観客席の空気が変わった。
シュン――。
澄んだ銀光。
それだけで、一流冒険者たちが息を呑む。
「……本気だ」
誰かが呟いた。
アイリスはカインを見据える。
「最後に確認する」
低い声。
「降参するなら今だ」
カインは少し困った顔をした。
「……できれば帰りたいです」
観客席から笑いが起きる。
だがアイリスは笑わない。
彼女は理解していた。
この少年は、本気でそう言っている。
だからこそ不気味だ。
「始めるぞ」
審判が叫ぶ。
「――決闘開始!!」
瞬間。
アイリスが消えた。
「――ッ!?」
観客がどよめく。
速すぎる。
地面が爆ぜる。
次の瞬間にはカインの背後。
超高速抜刀。
銀閃。
普通なら見えた時点で終わっている。
だが。
カインは半歩ずれていた。
斬撃が空を裂く。
「……え?」
観客席がざわつく。
アイリスは止まらない。
二撃。
三撃。
四撃。
暴風のような連撃。
斬光が闘技場を埋め尽くす。
石畳が砕ける。
衝撃だけで観客席最前列が悲鳴を上げた。
「すげぇ……!」
「これが戦姫……!」
誰もが熱狂する。
王国最強。
その実力。
だが。
当たらない。
カインはただ避けていた。
紙一重で。
本当にギリギリで。
本人も必死だった。
「ちょ、ちょっと待っ――!?」
「危なっ!?」
「死ぬって!?」
情けない声を上げながら避け続ける。
しかし。
全部。
避ける。
アイリスの目が細まる。
(……読まれている?)
違う。
そうじゃない。
剣筋を読んでいるわけではない。
もっと根本的な違和感。
彼女は直感する。
“当たる未来そのもの”が存在していない。
どれだけ速度を上げても。
どれだけ角度を変えても。
結果だけが成立しない。
そんな馬鹿な現象があるはずない。
アイリスは一度距離を取った。
観客席がどよめく。
「押してるのに……!」
「なんで当たらねぇ!?」
王女席。
セリスは静かに試合を見つめていた。
その瞳だけが、他と違う。
冷静だった。
(回避しているのではない)
彼女は理解し始めていた。
“現実側”が辻褄を合わせている。
カインが死なないように。
闘技場中央。
アイリスが深く息を吐く。
そして剣を構えた。
空気が変わる。
騎士団がざわつく。
「まさか……」
「奥義を使う気か!?」
アイリスの周囲へ、白銀の魔力が収束する。
地面が軋む。
空間そのものが震え始めた。
アイリスは静かに告げる。
「防げるなら、防いでみろ」
次の瞬間。
剣が振り下ろされた。
――《空裂斬》。
王国剣術最終奥義。
斬撃を空間ごと飛ばす超高位技。
目に見えない断裂が、一直線にカインへ走る。
観客席が凍りつく。
避けられない。
空間ごと斬る技だ。
だが。
カインは。
「……?」
迫る斬撃を見て。
反射的に。
指を伸ばした。
ピタッ。
空間断裂が止まる。
完全に。
まるで掴まれているみたいに。
数秒。
世界が静止した。
誰も理解できない。
アイリスの瞳が、初めて明確に揺れた。
「……は?」
王国最強奥義。
それを。
指二本で止めた。
しかもカイン本人は困惑している。
「え、これ何ですか?」
会場が静まり返る。
誰も声を出せない。
セリスだけが、静かに息を呑んだ。
(あり得ない)
理論が崩壊している。
カインは止まった斬撃を見て、少し焦った。
「えっと……返せばいいのかな」
軽く剣を振る。
その瞬間。
――ズァン。
遠くで何かが切れる音がした。
数秒後。
観客席後方。
遥か彼方の山脈。
その頂上部分が、ゆっくり滑り落ちた。
ズゴゴゴゴ……!!
山が裂ける。
土煙が空へ舞い上がる。
闘技場が完全沈黙に包まれた。
カインは青ざめる。
「……あ」
アイリスは動けなかった。
ただ。
目の前の少年を見つめる。
理解した。
これは強いとか弱いとか。
そういう次元ではない。
“災害”だ。




