第7話 《最強騎士の挑発》
アルディアの街は、一夜で変わっていた。
酒場。
市場。
宿屋。
どこへ行っても話題は一つ。
黒髪の少年。
「聞いたか? 山を消したらしいぞ」
「いや、魔法じゃねぇ。“空間そのもの”を斬ったとか……」
「神の使いだ」
「違う、魔王だろ」
「神殿が止まったんだぞ? 神罰に決まってる!」
噂は膨れ上がる。
尾ひれが付き。
形を変え。
もはや原型すら残っていない。
街角では子供たちが「山斬りごっこ」をしていた。
一方で、家に閉じこもる者もいる。
得体の知れない力は、人を熱狂もさせるが、同時に恐怖も植え付ける。
その中心人物――カインは。
「……何でこうなるんだろ」
ギルド裏庭の木箱に座り、ぼんやり空を見ていた。
本人だけが温度差についていけていない。
フィアが苦笑する。
「そりゃあ、あんなことしたらね……」
「した覚えないんだけど」
「そこが怖いの」
そう言ってスープを差し出す。
カインは受け取り、小さく礼を言った。
その時。
ギルド正面から騒めきが聞こえた。
騎士団だ。
道を開ける人々の間を、白銀の甲冑が進む。
先頭には、アイリス・ヴァルハルト。
彼女は真っ直ぐカインの前まで来ると、立ち止まった。
周囲が静まり返る。
アイリスは一切の前置きなく言った。
「カイン・ヴェルクロフト」
「……はい」
「力を見せろ」
空気が凍った。
フィアが目を見開く。
カインはきょとんとする。
「え?」
「決闘だ」
周囲がざわめいた。
《戦姫》アイリス。
王国最強騎士。
その彼女が、直接挑戦を申し込んでいる。
冒険者たちが息を呑む。
カインは困惑した顔をした。
「いや、俺、戦えませんよ」
「黒狼フェンリルを消した男が何を言う」
「偶然です」
「街中の魔獣も偶然か?」
「……たぶん?」
アイリスはしばらく無言でカインを見つめた。
そして静かに言う。
「私はお前を危険と判断している」
その場の空気が重くなる。
アイリスの声は冷静だった。
感情論ではない。
純粋な判断。
「もしお前が暴走した場合、この街では止められない」
誰も反論できなかった。
山を消した。
神殿を停止させた。
それが事実だ。
「国家レベルの脅威なら、国家が把握する必要がある」
アイリスは一歩近づく。
「だから確認する」
「お前が何者なのかを」
カインは視線を落とした。
自分でも分からない。
何なのか。
なぜこうなるのか。
だからこそ、余計に怖かった。
「……嫌です」
小さく言う。
周囲がざわついた。
まさか断るとは思っていなかったのだ。
アイリスは眉一つ動かさない。
「理由を聞こう」
「人を傷つけたくない」
その言葉は、本心だった。
自分の力はおかしい。
何をしたらどうなるのか分からない。
そんな状態で戦いたくなどなかった。
アイリスは少しだけ目を細めた。
その返答は予想外だった。
力を持つ者ほど、誇示したがる。
だがこの少年にはそれがない。
むしろ恐れている。
だからこそ危険だ、とも言える。
アイリスは静かに告げる。
「なら条件を変える」
「……?」
「この街を守りたいなら、私と戦え」
カインが顔を上げる。
「今、お前を恐れている者は多い」
アイリスは周囲を見渡した。
確かに、人々の視線には恐怖が混じっている。
「だが私が認めれば、少なくとも無意味な排除は止まる」
ざわめき。
それは事実だった。
アイリスの影響力は絶大だ。
彼女が安全と判断すれば、街も騎士団も簡単には動けない。
カインは少し黙った。
そしてフィアを見る。
彼女は不安そうな顔をしていた。
街の人々も。
怖がっている。
その原因が自分なら。
「……分かりました」
小さく答える。
「やります」
空気が揺れた。
アイリスは静かに頷く。
「明日正午。中央闘技場」
それだけ言って踵を返す。
騎士団が後に続いた。
ざわめきが一気に広がる。
「決闘だ……!」
「戦姫と!?」
「どっちが勝つんだ……!」
興奮と恐怖が混じる。
カインは頭を抱えた。
「なんでこうなるんだ……」
フィアが苦笑した。
翌日。
中央闘技場。
石造りの巨大円形闘技場は、異常な熱気に包まれていた。
観客席は満員。
冒険者。
貴族。
騎士。
神官。
街中の人間が集まっている。
その最上段。
特別観覧席へ、一台の豪奢な馬車が到着した。
純白のドレス。
黄金の髪。
静かな気品を纏う少女が姿を現す。
周囲がざわめいた。
「お、王族……!」
「まさか……」
少女は観覧席へ腰掛ける。
澄んだ青い瞳が、静かに闘技場を見下ろした。
王国第二王女。
セリス・ルミエル。
彼女は微笑みもなく、ただ呟く。
「……始まりますか」
その視線の先には。
闘技場へ歩き出す、黒髪の少年がいた。




