第66話 《運命干渉》
世界は止まったままだった。
王都。
空。
崩れた街。
砕けた大地。
全部静止。
その中心。
運命神アストラとカインだけが向き合っている。
静寂。
アストラはカインを見つめていた。
理解不能。
認識不能。
観測不能。
神として存在する彼女にとって、それは初めての経験だった。
『あなたは……何ですか』
小さな声。
神らしからぬ問い。
カインは困った顔をする。
「いや、俺も知りたいんだけど……」
本当に知らない。
その曖昧さが、逆に異常だった。
アストラの瞳がわずかに細くなる。
『危険』
『定義不能存在』
『修正優先度を上昇』
背後の運命線が発光した。
無数。
世界中へ伸びる光の糸。
人類。
国家。
歴史。
未来。
すべて繋がっている。
アストラはその管理者。
運命神。
彼女は静かに右手を上げた。
『未来固定を実行』
その瞬間。
世界が変質する。
カインの周囲へ光の糸が現れる。
未来。
通常なら無数に分岐する可能性。
それを一つへ固定する。
絶対未来。
神による強制決定。
例えば。
「ここで死ぬ」
と決められたら。
どんな手段でも回避不能。
運命そのものが確定する。
神の権能。
アストラは淡々と告げる。
『観測外存在KAIN』
『未来を固定します』
運命線がカインへ殺到。
空間そのものが軋む。
だが。
次の瞬間。
――ブツン。
糸が切れた。
アストラの目が開く。
『……?』
一本だけではない。
全部。
運命線が。
カインへ接続できない。
弾かれている。
いや。
存在座標が見つからない。
アストラが初めて表情を崩す。
『接続不可……?』
あり得ない。
運命は世界全体へ張り巡らされている。
例外など存在しない。
だが。
カインだけ。
未来が存在しない。
正確には。
確定できない。
アストラは再度権能を発動。
『因果固定』
『未来演算』
『存在収束』
高速演算。
世界規模処理。
神域側演算支援。
それでも。
全部失敗。
ERROR。
ERROR。
ERROR。
アストラの背後の光輪が乱れる。
カインは逆に心配していた。
「あの、大丈夫?」
神へ向ける台詞じゃない。
だが。
アストラは答えられなかった。
彼女は見てしまった。
未来演算結果。
本来。
人間の未来は線として視える。
生と死。
成功と失敗。
全部。
だが。
カインだけ。
何もない。
空白。
未知。
演算領域外。
まるで。
世界の外側から来た異物。
アストラが一歩下がる。
初めて。
神が後退した。
『……なぜ』
声が揺れる。
『なぜ未来が存在しないのですか』
カインは静かに答える。
「だから、わからないって」
困ったように笑う。
その瞬間。
アストラは理解した。
この存在は。
危険だ。
強いからじゃない。
破壊力じゃない。
世界法則が通用しない。
運命すら届かない。
それが。
神にとって最大の異常。
アストラの周囲で運命線が暴走する。
世界全域へノイズ。
各地の神殿が崩壊。
預言者たちが倒れる。
未来視能力者が絶叫。
世界そのものが混乱していた。
運命神が。
未来を読めない。
あり得ない事態。
そして。
アストラは静かに呟く。
完全に困惑した声で。
『理解できない……』




