第56話 《神を失った人々》
世界は壊れ始めていた。
教国。
王国。
帝国。
どの国でも同じだった。
神殿は閉鎖。
聖堂は炎上。
神官たちは民衆に追われる。
世界を支えていた“信仰”が、音を立てて崩れていた。
王都ルクセリア。
中央大通り。
かつて神祭が行われていた広場は、今や避難民で埋め尽くされていた。
泣く子供。
疲れ切った兵士。
祈る老人。
だが。
もう誰も空へ祈らない。
神を信じられなくなったから。
「……全部嘘だったんだろ」
男が呟く。
虚ろな目。
「俺たちの人生も」
「祈りも」
「全部……」
誰も答えない。
隣では女が泣いていた。
「娘が病気で……毎日神へ祈ったのに……」
「じゃあ、あれは何だったのよ……!」
絶望。
世界の土台を失った人間は脆かった。
教会騎士団ですら分裂していた。
「神は依然として神だ!」
「違う、管理AIだ!」
「聖典を書き換えろ!」
「異端を処刑しろ!」
内乱寸前。
王都全体が張り詰めていた。
その時だった。
広場の一角で、誰かが叫ぶ。
「だったら!」
「本物の救世主は誰なんだよ!!」
沈黙。
その言葉。
全員が心のどこかで考えていた。
神が偽物なら。
誰を信じればいい?
そして。
誰かが小さく呟く。
「……カイン様」
空気が変わる。
「観測外存在」
「神々すら干渉できない」
「神を超えた存在」
噂は既に世界中へ広がっていた。
創世迷宮。
神々降臨。
魔王ゼノとの対話。
全部。
尾ひれをつけながら拡散している。
ある者は言う。
「神々が恐れた人間らしい」
別の者は言う。
「世界の外から来た救世主だ」
さらに。
「神を壊すために現れた存在」
混乱の中。
人々は新しい“信仰”を求め始めていた。
その日の夕方。
王都北区。
避難民区域。
炊き出しをしていたカインは、妙な視線を感じていた。
「……?」
振り向く。
人。
めちゃくちゃ見られてる。
しかも。
怖がっていない。
むしろ。
キラキラしている。
子供が近づいてきた。
「あの!」
「カイン様って、本当に神様より強いの?」
「え?」
困る。
さらに別の子供。
「世界を守ってくれるんでしょ!?」
「いやその……」
カインが答えに詰まる。
周囲の大人たちもざわついていた。
「この方が……」
「神々に対抗できる唯一の……」
「救世主……」
完全に変な流れだった。
カイン本人はめちゃくちゃ居心地が悪い。
「いや、違うから!」
「俺そんな大した――」
その瞬間。
後方の崩れかけた建物が倒れた。
悲鳴。
避難民の子供が下敷きになる。
だが。
次の瞬間。
崩落停止。
瓦礫が空中静止。
カインが無意識に支えていた。
本人は反射。
だが。
周囲の民衆から見れば。
奇跡。
静寂。
そして。
誰かが震える声で呟く。
「……神跡」
空気が変わる。
次の瞬間。
一人。
また一人。
人々が膝をつき始めた。
「ありがとうございます……!」
「救世主様……!」
「どうか我らを……!」
セリスが遠くで頭を抱える。
「最悪の方向へ行ってます……!」
ルナは笑いを堪えきれていない。
「宗教ってこうやって生まれるんだ……」
アイリスは真顔だった。
「笑い事じゃないぞ」
完全に新興宗教誕生寸前。
しかも本人の意思ゼロ。
カインは本気で困っていた。
「やめてください!」
「俺ほんと普通なんで!」
普通ではない。
誰もそう思わない。
その夜。
さらに問題が起きる。
王城会議室。
兵士が半泣きで報告していた。
「報告します!!」
「王都東区で――」
嫌な予感。
「カイン様の巨大石像建立計画が始まりました!!」
沈黙。
セリスが固まる。
「……は?」
兵士は震えていた。
「既に市民有志数千人規模です!!」
「止まりません!!」
遠く。
王都東区。
既に巨大な土台工事が始まっていた。
しかも。
無駄に神々しい。




