第4話 《化け物》
アルディアの街は、半ば機能停止していた。
城壁の上では兵士たちが青ざめた顔で森の方向を見つめている。
誰も言葉を発せない。
遥か彼方。
山が消えていた。
正確には、“斬れて”いた。
巨大な断面を晒した山脈から、土煙が今も立ち上っている。
まるで神話の災厄だ。
「……なんだよ、あれ」
若い兵士が呟く。
隣の男は答えられなかった。
冒険者ギルド内部も混乱の極みにあった。
「黒狼フェンリル反応……消失!」
「周辺魔力値、観測不能!」
「地形変動確認!!」
怒号が飛び交う。
書類が散乱し、受付嬢たちは走り回っていた。
フィアも震える手で報告書を書いている。
だが、ペン先がうまく動かない。
頭が理解を拒否していた。
災害級魔獣。
Aランク指定。
本来なら王都の精鋭部隊が出動する相手。
それが。
一撃で消えた。
ギルド長が唸る。
「誰がやった……?」
誰も答えられない。
いや。
本当は全員、見ていた。
だが認めたくなかった。
荷物持ちだった少年が。
測定不能と笑われた少年が。
山ごと魔獣を消し飛ばしたなど。
理解できるわけがない。
ギルド奥の医務室。
カインは椅子に座らされていた。
周囲には神官や冒険者が集まっている。
まるで危険物を見る目だった。
「……あの」
カインがおずおずと口を開く。
「黒狼って、死んだんですか?」
空気が凍る。
神官の一人が引きつった声を出した。
「き、君がやったのだろう!?」
「いや、でも……」
カインは困ったように視線を落とした。
「なんか、怖くて……振ったら……」
そこまで言って、自分でも意味不明だと思った。
山が消えるなんて普通じゃない。
だが、本当に分からないのだ。
なぜあんなことになったのか。
「偶然……?」
ぽつりと漏らした言葉に、周囲がざわつく。
偶然で山は消えない。
誰もがそう思っていた。
一方。
ギルド別室では、ガルドたちが沈黙していた。
誰一人、まともに口を開けない。
やがてパーティメンバーの一人が乾いた笑みを浮かべた。
「いや……あり得ねぇだろ……」
返事はない。
ガルドは俯いたまま拳を握っていた。
脳裏に浮かぶのは、神殿での光景。
《測定不能》。
無能。
欠陥品。
そう判断して切った。
だが現実はどうだ。
自分たちが総掛かりでも勝てない災害級魔獣を、カインは一撃で消した。
しかも、本人は理解すらしていない。
ガルドの背中を冷たい汗が流れる。
もし。
もしあの時、カインが敵意を向けていたら。
自分たちは――。
「……っ」
ミリアが小さく震えた。
彼女は窓の外を見ていた。
遠く。
医務室へ連れて行かれるカインの姿が見える。
その横顔はいつも通りだった。
怒ってもいない。
威張ってもいない。
なのに。
怖かった。
今まで隣にいた少年が、急に知らない何かへ変わってしまったようで。
同時に、胸の奥を強烈な後悔が刺した。
自分はあの背中を見捨てた。
誰より近くにいたはずなのに。
何も知らなかった。
「ミリア……」
ガルドが声をかける。
だが彼女は小さく首を振った。
「……私、最低だ」
その頃。
遥か西方。
魔導帝国ゼルヴァ。
天空塔。
無数の魔法陣が浮かぶ研究室で、一人の男が手を止めた。
長い銀髪。
鋭い眼光。
帝国最高魔導師、クロード・ゼルヴァ。
彼は空間投影された観測式を見つめていた。
そこには異常数値が並んでいる。
「……なんだ、これは」
観測用魔導機関が警告音を鳴らす。
《超高密度魔力波動検出》
《座標:レグナス辺境》
《原因不明》
クロードの目が細まる。
数式が合わない。
計算できない。
理論上存在しない出力。
「馬鹿な……神代兵器か?」
しかし違う。
波形が生物的すぎる。
まるで“個人”が放った魔力。
クロードは口元を歪めた。
久しぶりに知的好奇心が刺激されていた。
「面白い」
一方、アルディアでは。
ギルド地下の測定室にカインが連れてこられていた。
神殿の水晶とは別系統。
冒険者用の簡易測定器が並んでいる。
神官が緊張した顔で言う。
「もう一度だけ測る」
カインは黙って頷いた。
測定器に手を置く。
一秒。
沈黙。
次の瞬間。
――バチン!!
測定器が爆発した。
「なっ!?」
別の装置へ切り替える。
触れる。
――バヂィッ!!
黒煙。
三台目。
四台目。
五台目。
全部、壊れた。
部屋が静まり返る。
焦げ臭い空気の中。
最後に残った小型測定盤へ、神官が震える手を伸ばす。
「こ、これなら……」
カインが触れた瞬間。
盤面に赤い文字が浮かぶ。
《ERROR》
直後。
全部の装置が同時に火を噴いた。
轟音。
火花。
停電。
暗闇。
誰かが震える声で呟く。
「……化け物だ」




