第29話 《理論外》
王立魔導学園・中央講堂。
本来ここは、国家級研究発表や貴族向け講義に使われる場所だった。
だが今日。
空気は異様だった。
講堂満席。
教師。
宮廷魔術師。
研究者。
上級生。
さらには王城関係者まで来ている。
理由は一つ。
ルナ・フィールディアによる緊急研究発表。
議題。
《カイン・ヴェルクロフト現象について》。
当の本人は最後列で縮こまっていた。
「帰りたい……」
もう最近の口癖である。
セリスが小声で返す。
「無理です」
即死。
アイリスは腕組みしたまま壇上を見ていた。
「……嫌な予感しかしない」
その横でルナは絶好調だった。
壇上中央。
大量の資料。
魔導投影式。
黒板。
目が完全に研究者のそれ。
「はい注目ー!!」
開幕からテンションがおかしい。
講堂が静まり返る。
ルナは満面の笑みで宣言した。
「結論から言います!」
「カインは魔法使ってません!!」
静寂。
全員止まる。
カイン本人すら固まる。
「え?」
教師陣ざわめき。
「どういう意味だ?」
「いや待て、魔力反応は――」
ルナは黒板へ術式を書く。
複雑な魔法陣。
高等理論式。
そして言う。
「まず普通の魔法ね!」
指を鳴らす。
炎魔法発動。
小さな火球が浮かぶ。
「通常魔法っていうのは!」
「世界法則を理解して!」
「術式で“一時的に干渉”してるだけ!」
講堂へ数式投影。
元素変換。
魔力循環。
因果補助。
魔法理論の基本だ。
教師たちは頷く。
当然の話。
魔法とは世界法則利用技術。
世界そのものを書き換えるわけじゃない。
“許された範囲で借りている”だけ。
ルナは続ける。
「つまり普通の魔法使いは!」
「世界に対して!」
『すみません、ちょっと火出していいですか?』
ってお願いしてる感じ!」
分かりやすい。
講堂の一部が苦笑した。
だが。
次の瞬間。
ルナの笑みが深くなる。
「でもカインは違う」
空気が変わる。
黒板へ新しい式を書く。
しかし。
途中から式が破綻していた。
理論が繋がらない。
教師たちが眉をひそめる。
「何だこの式は……?」
ルナが興奮気味に言う。
「昨日やっと分かった!」
「カインの現象ってね!」
「干渉じゃないの!」
彼女は勢いよく振り向いた。
「“上書き”なんだよ!!」
静寂。
誰も理解できない。
ルナはカインを指差す。
「普通の魔法使いは!」
『火を出させてください!』って世界へ申請する!」
「でもカインは違う!」
「世界に対して!」
『火はこう動け』
って直接命令してる!!」
空気が凍った。
教師陣が動きを止める。
ルナは止まらない。
「だから!」
「術式が壊れる!」
「測定器が死ぬ!」
「結界が崩壊する!」
「他人の魔法が成立しない!」
全部繋がる。
講堂中が静まり返っていた。
カイン本人だけ置いていかれている。
「……えっと」
「つまり?」
ルナが満面の笑みで答える。
「君、世界法則の優先権奪ってる」
怖すぎる。
教師の一人が立ち上がる。
「馬鹿な!」
「そんなこと可能なはずがない!」
「法則干渉は神代文明ですら――」
ルナが即座に返す。
「だから理論外なんだって!」
彼女はさらに投影を切り替えた。
模擬戦映像。
ベルク戦。
解析表示付き。
「ここ見て!」
映像停止。
ベルクの身体強化術式。
カイン接近前。
正常。
接近後。
――術式構造消滅。
教師たちの顔色が変わる。
「……強制解除?」
「違う」
ルナは笑みを消した。
「“世界側が不要判定してる”」
空気が凍る。
つまり。
カイン周囲では。
世界法則そのものが、彼基準へ塗り替わる。
だから。
普通魔法が成立しない。
それはもはや。
魔法ではない。
教師の一人が呟く。
「神代理論を超えている……」
別の教師が青ざめる。
「いや、これは……」
「理論そのものが崩壊するぞ……」
実際そうだった。
今まで積み上げてきた魔法学。
属性理論。
術式学。
魔力工学。
全部の前提が覆る。
努力。
才能。
血統。
それらの上に成立していた学問が。
根本から否定される。
なぜなら。
カインは。
理解していないのに成立している。
教師たちが沈黙する。
天才たちほど顔色が悪い。
積み上げたものが無意味になる恐怖。
その時。
ルナが最後の一言を落とした。
「つまり結論!」
彼女は楽しそうに笑った。
「カインは“魔法使い”じゃない!」
「世界側のバグ!!」
講堂沈黙。
カインだけ本気で傷ついていた。
「バグって言われた……」
セリスが慰めるように肩を叩く。
「否定できないのが辛いですね」
辛かった。
壇上では教師陣が完全停止している。
誰も反論できない。
理論で否定しようにも。
現実が全部証明してしまっている。
そして最後列。
レオン・アルヴェルトは真顔だった。
冷や汗すら流れている。
合理主義者だからこそ理解できる。
目の前の存在は。
“努力で届く強者”ではない。
前提そのものが違う。
教師の一人が震える声で呟いた。
「……なんだこれは」




