第23話 《英雄》
王都襲撃事件から三日。
ルクセリアは、未だ熱狂の中にあった。
「見たか!?」
「空が割れたんだぞ!」
「古代種を一撃だ!!」
「あれは神話だ!」
王都中、どこへ行ってもその話題だった。
酒場。
市場。
広場。
貴族街。
全員が同じ名前を口にしている。
カイン・ヴェルクロフト。
辺境の荷物持ち。
“観測不能の英雄”。
評価は完全に逆転していた。
以前は。
化け物。
災害。
怪物。
だが今は違う。
英雄。
守護者。
神使。
むしろ神格化が始まっている。
広場には即席の絵画まで並んでいた。
なぜか実物より盛られている。
「俺こんな顔でしたっけ……?」
カイン本人は困惑していた。
王城中庭。
いつものベンチ。
いつものパン。
最近ここしか落ち着かない。
ルナが新聞を読みながら笑う。
「見て見て!」
「《白夜の救世主》だって!」
「誰です?」
「カイン」
「俺ぇ?」
本人だけ理解していない。
セリスは疲れた顔だった。
「民衆感情の制御が難しくなっています……」
恐怖から一転。
今度は崇拝へ傾き始めている。
極端だった。
アイリスは静かに言う。
「恐怖よりはマシだ」
「そうですが……」
セリスの表情は晴れない。
神格化は別の危険を生む。
期待。
依存。
政治利用。
それを彼女は理解していた。
だが。
少なくとも今だけは。
王都の人々は救われた。
子供たちが街で木剣を振り回している。
「俺カインやるー!」
「じゃあ俺ドラゴン!」
完全に遊びになっていた。
カインはいたたまれなくなる。
「やめてほしい……」
その時。
王城門側が少し騒がしくなった。
騎士の声。
馬車。
来訪者らしい。
セリスが視線を向ける。
「……辺境から?」
やがて。
中庭へ、一人の少女が入ってきた。
栗色の髪。
見慣れた顔。
ミリアだった。
カインが目を見開く。
「ミリア……?」
ミリアもカインを見つける。
だが。
以前のようにすぐ駆け寄れない。
距離があった。
目に見えない壁みたいに。
「……久しぶり」
小さな声。
カインは少し戸惑いながら立ち上がる。
「どうして王都に?」
「その……ギルド経由で」
ミリアは視線を逸らした。
「王都の依頼、増えてるから」
半分嘘だった。
本当は。
会いたかった。
でも、それを言える空気じゃない。
辺境で追放された荷物持ち。
それが今では。
王国中の英雄。
遠すぎる。
ミリアは苦しそうに笑った。
「すごいね、カイン」
その言葉に。
カインは困った顔をした。
「全然すごくないよ」
「嘘」
ミリアは少し強く言った。
「王都みんな、カインの話してる」
「英雄だって」
「私……」
言葉が詰まる。
辺境で笑われていた彼。
守れなかった。
信じきれなかった。
なのに今、世界は彼を求めている。
後悔が胸を締め付ける。
カインはそんな彼女を見て、小さく笑った。
昔と変わらない笑い方。
「ミリアは元気だった?」
その一言が。
逆に辛かった。
責めない。
恨まない。
だから余計に苦しい。
ミリアは視線を落とす。
「……うん」
沈黙。
周囲も空気を読んで黙っていた。
ルナですら珍しく静か。
その時。
遠くで鐘が鳴る。
王都中央大聖堂。
正午の鐘。
空を見上げたカインがぽつりと呟く。
「なんか、変な感じだな」
「辺境にいた頃と、全然違う」
ミリアは答えられなかった。
変わってしまった。
世界も。
立場も。
距離も。
でも。
カインだけは、あまり変わっていない。
だからこそ。
その差が、余計に切なかった。




