第2話 《居場所のない街》
夕暮れの街を、カインは一人で歩いていた。
神殿広場の喧騒はもう遠い。
だが、人々の視線だけはどこへ行っても追いかけてくる。
「あれだろ? 測定不能の」
「欠陥品らしいぜ」
「神殿の水晶壊したとか……」
ひそひそ声。
嘲笑。
好奇の目。
カインは聞こえないふりをして歩き続けた。
腹が減っていた。
朝から何も食べていない。
宿を探そうと、小さな旅館の扉を開く。
「すみません、一泊――」
店主の中年男は、カインの顔を見るなり眉をしかめた。
「ああ、お前か」
「……?」
「悪いな。うちは問題起こしそうな奴は泊めねぇんだ」
扉を閉められる。
ガタン、と冷たい音が響いた。
カインはしばらく立ち尽くしたあと、静かに踵を返した。
二軒目。
三軒目。
結果は同じだった。
「測定不能? 帰ってくれ」
「縁起が悪い」
「他を当たれ」
世界は驚くほど早く情報が回る。
そして驚くほど簡単に人を切り捨てる。
石畳を歩いていると、前方から酔った冒険者たちがやってきた。
一人がカインを見るなり吹き出した。
「おっ、いたいた。“無職以下”」
「なあ、どんな気分だ?」
「刻印すらもらえないってよ!」
げらげらと笑う。
カインは横を通り過ぎようとした。
その肩を、男の一人が乱暴につかむ。
「無視してんじゃねぇぞ」
酒臭い息が近い。
「お前みたいな欠陥品が冒険者気取りしてたとか笑えるよなぁ?」
周囲もくすくす笑っていた。
カインは少し目を伏せる。
「……ごめん」
「は?」
「通して」
拍子抜けしたように男が眉をひそめた。
そのままカインは肩を外し、歩き去る。
冒険者は舌打ちしたが、それ以上は絡まなかった。
妙に気圧されたのだ。
細身の少年のはずなのに、一瞬だけ得体の知れない圧を感じた。
だが、カイン自身は気づいていない。
日が落ち始める。
路地裏を歩いていると、小さな石が背中に当たった。
コツッ。
振り返る。
子供が三人、こちらを見ていた。
「呪われてるんだろー!」
「化け物ー!」
また石が飛ぶ。
小さい。
痛くはない。
だが、妙に胸の奥へ刺さった。
カインは何も言わず、その場を離れた。
広場の噴水前で立ち止まる。
夕焼けが水面に揺れていた。
「……どうしよ」
思わず漏れた声は、自分でも驚くほど弱かった。
行く場所がない。
金もほとんどない。
パーティも失った。
自分には何もない。
その時だった。
「……カイン君?」
柔らかな声が聞こえた。
振り返ると、淡い金髪の女性が立っていた。
冒険者ギルドの受付嬢。
フィア・ルミナだ。
「フィアさん」
「やっぱり。大丈夫?」
カインは少し困ったように笑う。
「まあ……それなりに」
フィアは露骨に眉を下げた。
神殿での騒動は当然知っている。
だが彼女の目に、嘲笑や嫌悪はなかった。
純粋な心配だけがある。
「……ご飯、食べた?」
「まだ」
「でしょうね」
フィアは小さくため息をつく。
「ちょっと来て」
ギルドの裏口へ案内される。
職員用の休憩室。
フィアは保存用のスープとパンを持ってきた。
「ほら」
「……いいの?」
「余り物だから気にしない」
そう言って笑う。
久しぶりに向けられた普通の笑顔だった。
カインは小さく頭を下げた。
「ありがとう」
スープを口に入れる。
温かかった。
その熱が、少しだけ張り詰めていたものを溶かした。
フィアは椅子に座りながら言う。
「ねえ、これからどうするの?」
「まだ決めてない」
「……なら、雑用依頼受ける?」
カインが顔を上げる。
フィアは依頼書を差し出した。
【薬草採取】
【倉庫運搬】
【解体補助】
初心者用の低報酬依頼だ。
「今はこれくらいしか回せないけど……」
「十分だよ」
カインは素直に受け取った。
フィアは少し安心したように笑う。
「無理しないでね」
翌日。
カインは朝から倉庫依頼を受けていた。
大量の木箱を荷車へ積み込む作業。
普通なら大人三人がかりだ。
だが。
「お、おい兄ちゃん……」
倉庫の親父が目を丸くしていた。
カインは巨大な木箱を片手で持ち上げ、そのまま荷車へ積んでいる。
しかも軽そうに。
「ん?」
「いや、それ重くねぇのか?」
「……?」
カインはきょとんとした。
持ち上げた木箱を見下ろす。
特に重いとは感じない。
「普通くらいじゃない?」
「普通……?」
親父は顔を引きつらせた。
その箱、中に鉄塊が詰まっている。
冒険者でも腰を痛める重量だ。
だがカインは首を傾げるだけだった。
自分の異常に、まるで気づいていない。
依頼を終えた帰り道。
夕方の森沿いを歩いていたカインは、ふと足を止めた。
風が止まる。
鳥の声が消える。
空気が重い。
胸の奥がざわついた。
「……何だ?」
森の奥。
暗い木々の向こうから。
ぞっとするほど巨大な“何か”の気配が溢れ出していた。




