第1話 《測定不能》
王都レグナスから半日ほど離れた地方都市、アルディア。
春の陽射しが石畳を照らすその日、街は異様な熱気に包まれていた。
中央神殿前の広場には、十五歳を迎えた若者たちが列をなし、その周囲を家族や冒険者たちが囲んでいる。
誰もが緊張し、期待し、祈っていた。
今日という日は、この世界での“価値”が決まる日だからだ。
神殿の奥に据えられた巨大な白銀の水晶――《刻印水晶》。
それに触れることで、人は己に刻まれた才能を知る。
剣士。魔術師。騎士。回復師。
優れた職業を授かれば、人生は約束される。
逆に、弱い職なら一生下層だ。
広場では歓声が何度も上がっていた。
「おおっ! 《上級剣士》だ!」
「すげぇ、Bランク適性!」
「回復師だぞ! 教会に入れる!」
若者たちは泣き、笑い、抱き合う。
神官たちも満足げに頷いていた。
そんな熱狂から少し離れた場所で、一人の少年がぼんやり列を眺めていた。
黒髪。
痩せた体。
どこか眠たげな目。
少年――カイン・ヴェルクロフトは、自分の肩に食い込む大量の荷物を持ち直した。
その瞬間、後ろから笑い声が飛ぶ。
「おいカイン、まだ荷物持ちやってんのか?」
「ははっ、測定前から職業決まってんじゃねーか」
「《雑用係》とかじゃね?」
冒険者風の男たちが下卑た笑みを向けてくる。
カインは軽く目を伏せただけで、何も言い返さなかった。
慣れていた。
隣では、筋骨隆々の青年が眉をひそめる。
「やめろ」
低い声で制したのは、ガルド・バッシュ。
カインが所属する冒険者パーティ《銀狼の牙》のリーダーだ。
男たちは「悪ぃ悪ぃ」と笑って去っていく。
ガルドは大きく息を吐いた。
「……気にするな」
「別に」
短く返すカイン。
その横で、栗色の髪を揺らした少女が不安そうに顔を覗き込む。
「大丈夫? カイン」
ミリア・フェイン。
幼い頃から一緒に育った幼なじみだった。
「うん」
カインは小さく頷く。
だが、空気は重かった。
ガルドも。
ミリアも。
他のパーティメンバー二人も。
誰もが今日を境に何かが変わると理解している。
冒険者にとって、刻印は絶対だ。
もしカインの適性が低ければ――。
「次、カイン・ヴェルクロフト」
神官の声が響く。
周囲の視線が集まった。
カインは静かに前へ出る。
巨大な水晶が、青白く輝いていた。
神官が事務的に告げる。
「刻印水晶へ手を」
カインは右手を伸ばした。
触れた瞬間。
――ピシッ。
小さな音が鳴る。
次の瞬間、水晶全体が激しく点滅した。
「……は?」
神官が顔を上げる。
光が赤、青、黒と異常に明滅する。
広場がざわめいた。
通常なら、ここで職業名と数値が表示される。
だが。
何も出ない。
代わりに――
『ERROR』
水晶表面に、見たことのない文字列が浮かび上がった。
「なっ……」
神官の顔色が変わる。
警告音が鳴り響く。
ビィィィィィッ!!
次の瞬間。
バチィン!!
水晶から火花が散った。
神官が悲鳴を上げて後退する。
観衆も一斉にどよめいた。
「壊れた!?」
「おい何だあれ!」
「初めて見たぞ……!」
神殿騎士たちが慌てて前へ出る。
神官は震える手で記録板を確認していた。
何度見ても結果は変わらない。
汗を流しながら、神官は乾いた声を出す。
「……刻印反応、確認不能」
広場が静まり返る。
神官はさらに言った。
「判定……《測定不能》」
数秒。
沈黙。
そして。
「ぶっ……!」
誰かが吹き出した。
「測定不能って何だよ!」
「職業なし以下じゃねーか!」
「欠陥品か?」
笑い声が一気に広がる。
哀れみ。
嘲笑。
軽蔑。
視線がカインへ突き刺さる。
カイン自身も状況を理解できていなかった。
測定不能?
そんな話、聞いたことがない。
ミリアが青ざめた顔で前へ出ようとする。
「ち、違うよ! きっと何かの――」
「ミリア」
低い声が遮った。
ガルドだった。
彼は苦しげに拳を握っている。
そしてカインを見た。
長い沈黙。
周囲の笑い声だけが響く。
やがてガルドは、絞り出すように言った。
「……悪い」
カインは黙って聞いていた。
「お前を、この先には連れていけない」
ミリアが息を呑む。
「ガルド!?」
「冒険者は命懸けだ。弱いやつを抱えれば、全員死ぬ」
「でも……!」
「現実を見ろ」
その言葉は、ミリア自身にも向けられていた。
彼女は唇を噛む。
何も言えない。
周囲の冒険者たちも当然のように頷いていた。
測定不能。
つまり価値なし。
この世界では、それが全てだった。
カインはしばらく黙っていたが、やがて小さく頷いた。
「……そっか」
怒りも。
悲しみも。
ほとんど表に出さないまま。
肩に荷物を背負い直す。
ミリアが震える声を出した。
「カイン、私は――」
「いいよ」
カインは少しだけ笑った。
その笑顔が逆に痛かった。
「今まで、ありがと」
そう言って、彼は背を向ける。
夕陽が長い影を石畳へ落としていた。
誰も引き止めない。
広場の喧騒だけが遠く響く。
カイン・ヴェルクロフトは、一人で神殿を後にした。




