第16話 《ルナ》
王城地下《第零魔導観測区画》。
神代装置暴走事件から一夜。
地下空間は未だ混乱状態だった。
破損した観測炉。
焼き切れた魔導線。
崩れた術式壁。
宮廷魔術師たちが青ざめながら復旧作業をしている。
「第三区画まだ通電しません!」
「演算核が意味不明な数値吐いてるぞ!」
「誰だこの配線爆発させたの!」
「カイン様です!!」
「やっぱりかぁ!!」
半分災害扱いだった。
その中心で。
カインは小さくなって座っていた。
「……帰りたい」
心からの本音。
アイリスが壁際で腕を組む。
「諦めろ」
「諦めたくないです」
セリスは疲れたようにこめかみを押さえていた。
「王城全域停電は前代未聞です……」
「すみません……」
もはや謝罪が口癖になっている。
その時だった。
地下通路の奥から、バタバタと足音が響く。
誰かが全力疾走してきていた。
「どこ!? どこどこどこ!?」
高い少女の声。
次の瞬間。
バァン!!
扉が勢いよく開いた。
飛び込んできたのは、小柄な少女だった。
銀色の長髪。
寝癖だらけ。
巨大な魔導書を抱えている。
服は王立学術院の研究衣。
だがボタンが半分外れていた。
完全に変人である。
少女は部屋へ入った瞬間、カインを見つけた。
そして。
目が輝いた。
「いたぁぁぁぁぁ!!」
全員が引くレベルのテンションだった。
少女は一直線にカインへ突撃した。
「本物!? 本当に!?」
「え、はい?」
「山斬ったの!? 神代炉壊したの!? 空間断裂止めたの!?」
「なんか全部勝手に……」
「最高!!」
食い気味だった。
少女はゼロ距離まで顔を近づける。
瞳が完全に研究者のそれ。
危ない。
「ねぇねぇ解剖していい!?」
「嫌です」
即答。
「脳見たい!」
「嫌です」
「存在式どうなってるの!?」
「分かんないです!!」
会話が成立していない。
アイリスが呆れた顔をする。
「おいルナ、落ち着け」
少女――ルナ・フィールディア。
王立学術院首席。
16歳。
宮廷最年少特級魔導学者。
そして超問題児だった。
ルナは興奮したままカインの周囲をぐるぐる回る。
「あり得ないんだよ!? 神代装置壊すとか!」
「普通は存在強度が先に耐えられなくなるの!」
「でも君だけ観測側が死んでる!」
「意味分かる!?」
「分かんないです!!」
カインが半泣きになる。
だがルナは止まらない。
「しかも《∞》《NULL》《空白》同時表示とか論文百冊書ける!!」
「書かなくていいです」
「書く!!」
断言された。
セリスが深いため息を吐く。
「……ルナ。最低限、怖がらせないでください」
「え?」
ルナがきょとんとした。
本気で分かっていない。
「なんで?」
空気が止まる。
ルナは首を傾げながらカインを見る。
「こんなの面白いじゃん」
その言葉に、カインが少し目を瞬かせた。
面白い。
今まで言われたことがない言葉だった。
恐ろしい。
危険。
化け物。
異常。
ずっとそればかり。
でもこの少女だけは違う。
恐怖ではなく。
純粋な知的好奇心で、自分を見ている。
ルナは机に散乱した観測資料を拾い上げる。
「んー……でも変だなぁ」
紙束を眺めながらぶつぶつ呟く。
突然、彼女の目が鋭くなった。
「……あれ?」
空気が変わる。
研究者の顔だった。
ルナはカインへ近づく。
今度はさっきまでのテンションじゃない。
真剣。
彼女は懐から小型魔法端末を取り出した。
掌サイズの演算機。
術式投影型。
「ちょっと手出して」
「え?」
「いいから」
カインが恐る恐る手を出す。
ルナは端末を起動。
淡い魔法陣が展開された。
そして。
カインの指先へ、軽く触れた瞬間。
――バチィッ!!
魔法陣が崩壊した。
術式が霧散する。
端末が沈黙。
ルナの瞳が見開かれる。
周囲もざわついた。
「また壊れた!?」
「違う」
ルナは即座に否定した。
彼女は壊れた端末を凝視している。
「……壊れてない」
「え?」
「“成立できなくなった”」
空気が静まる。
ルナはゆっくり顔を上げた。
興奮。
戦慄。
理解。
全部混ざった顔。
「カインに接触した瞬間、魔法式そのものが崩壊してる」
セリスの顔色が変わる。
アイリスも目を細めた。
ルナは震える声で続ける。
「この人……周囲の“世界法則”を壊してる」




