第109話 《救いたい》
静寂だった。
世界の運命が。
たった一人へ委ねられた後。
誰も言葉を発せなかった。
カイン
カインはただ、空を見ていた。
崩壊した空。
ノイズ化した世界。
遠くでは今も大地が割れている。
世界は終わろうとしていた。
だが。
カインの頭の中は、別のことで埋まっていた。
――俺は何なんだ。
ずっと。
その問いが消えない。
観測外存在。
境界存在。
PROJECT:KAIN。
世界修復用存在。
救世主。
兵器。
外世界因子。
色んな名前を付けられた。
だが。
どれも自分じゃない気がした。
カインは苦笑する。
「……意味わかんねぇ人生」
本音だった。
普通に生きてたはずなのに。
気づけば神と戦って。
世界の命運背負わされて。
今度は世界そのものを選べと言われている。
重すぎる。
すると。
隣へ誰かが座った。
セリスだった。
セリス
彼女は静かにカインを見る。
「まだ悩んでるんですね」
カインは肩を竦めた。
「そりゃな」
「俺、人間かどうかも怪しいらしいし」
冗談っぽく笑う。
だが。
セリスは真顔だった。
「あなたが何でもいい」
カインが少し目を見開く。
セリスは続けた。
「人間でも」
「救世主でも」
「世界の境界でも」
「全部どうでもいいんです」
「私は」
「今ここにいるあなたを信じます」
まっすぐだった。
打算も恐怖もない。
ただ。
一人の人間として見ていた。
カインは少し視線を逸らす。
「……重いな」
「王女がそれ言う?」
セリスは小さく笑った。
「今さらです」
その時。
後ろから声が飛ぶ。
「いやほんと今さらだよね」
ルナだった。
ルナ
彼女は大量の資料を抱えたまま近づいてくる。
「神代文明」
「外界」
「観測者」
「全部解析した結果さ」
「君もう完全に人類カテゴリ外だから」
「そこは諦めよう?」
カインが顔をしかめる。
「フォローになってねぇ」
ルナは笑う。
だが。
すぐ真顔になった。
「でも」
「私は今の君が好き」
空気が止まる。
ルナはさらっと続けた。
「どんな正体でも関係ない」
「私を助けたのも」
「世界を守ってるのも」
「君だから」
「それで十分」
カインが完全に困る。
「……お前ら急に真面目になるのやめろ」
「反応困る」
さらに。
重い足音。
アイリスが近づいてくる。
アイリス
彼女は腕を組み、カインを見下ろした。
「何を悩む必要がある」
「お前が守った世界だ」
短い。
だが。
一番強かった。
カインは息を止める。
守った世界。
確かに。
最初は巻き込まれただけだった。
だが。
気づけば。
助けたいと思った。
失いたくないと思った。
その時。
最後にレオンが歩いてくる。
レオン
勇者は静かに笑った。
「答えなんて後で決めろ」
カインが顔を上げる。
レオンは空を見る。
崩壊する世界。
それでも。
前を向いていた。
「お前が人間か」
「救世主か」
「兵器か」
「そんなの最後でいい」
そして。
レオンはカインを見る。
「今は前を見ろ」
沈黙。
風が吹く。
世界が軋む。
空が崩れる。
遠くで誰かが戦っている。
守ろうとしている。
生きようとしている。
全部。
この世界だった。
カインは静かに目を閉じる。
長い沈黙。
そして。
ゆっくり目を開いた。
迷いが消えていた。
誰かに決められた使命じゃない。
観測者の命令でもない。
神々の都合でもない。
初めて。
自分の意思で。
カインは言った。
「……俺は」
世界が静まる。
全員が彼を見る。
そして。
境界存在は。
初めて明確に願う。
「この世界を救いたい」
その瞬間。
世界が震えた。
白と黒。
二つの世界がカインを中心に回転する。
空間反転。
外界静止。
世界停止。
境界覚醒第二段階。
カインの瞳が。
白銀と漆黒、両方の光を宿した。




