第101話 《帰還》
世界は崩壊寸前だった。
赤い空。
砕けた月。
黒い海。
ノイズ化した大地。
外界侵食は止まらない。
神々ですら沈黙し。
観測者も封印維持へ全演算を投入している。
それでも。
世界は壊れ続けていた。
王都上空。
巨大な裂け目が脈動する。
そこから黒いノイズが溢れ出すたび、現実が軋む。
誰もが空を見上げていた。
待っている。
ただ一人を。
セリス
セリスは唇を噛み締める。
拳が震えていた。
帰ってくる保証なんてない。
外界は人類未踏。
神々すら触れられない領域。
そこへ。
カインは一人で行った。
静寂。
その時だった。
裂け目の中心。
黒いノイズが、突然停止する。
ザザザザ……
今まで暴走していた侵食が、一瞬だけ静まり返った。
異変。
神々が顔を上げる。
アストラ
「……え?」
次の瞬間。
裂け目の奥から、一人の影が現れる。
カイン。
カイン
静かに。
まるで散歩帰りみたいに。
普通に歩いてくる。
だが。
以前とは違った。
空気が変わる。
存在感。
圧力。
いや。
もっと根本的な何か。
カインが“そこにいる”だけで。
世界が安定していく。
彼の周囲。
黒いノイズが後退する。
侵食空間が消える。
歪んでいた空間が正常化。
崩壊していた法則が修復される。
まるで。
世界そのものが、カインへ同期している。
ルナが震える声を漏らした。
ルナ
「……あり得ない」
「世界法則が……」
「君を中心に安定してる……」
事実だった。
カインの周囲だけ。
世界崩壊現象が停止している。
外界侵食すら近づけない。
神々が沈黙する。
クロノスも。
ミラも。
誰も言葉を発せない。
理解したから。
今のカインは。
もう単なる“観測外存在”じゃない。
世界と外界。
その境界そのもの。
存在階層が変質している。
ゼノが苦笑する。
ゼノ
「本当に帰ってきやがったか」
レグルスは息を吐いた。
レグルス
「……化け物」
だが。
その声には安堵が混じっていた。
カインは軽く手を上げる。
「なんか大変そうだな」
いつも通り。
だから余計に現実感が壊れる。
その瞬間。
セリスが走り出した。
止まれなかった。
王女とか。
責任とか。
全部忘れて。
ただ。
彼が帰ってきたことが嬉しくて。
そして。
カインへ抱きつく。
「……っ」
声にならない。
泣きそうなのを必死に堪えている。
カインが少し困った顔をした。
「いや、そんな大袈裟な」
セリスは顔を埋めたまま呟く。
「……遅い」
「心配したんだから」
カインは苦笑する。
そして。
ゆっくり彼女の頭を撫でた。
その瞬間。
王都全域のノイズがさらに後退する。
周囲が静まり返る。
感情にまで世界が同期していた。
ルナが完全に引いていた。
「もう人類辞めてる……」
AL-0が静かに演算を続ける。
AL-0
『境界存在KAIN』
『世界同期率上昇』
『外界侵食抑制を確認』
『最終工程移行条件達成』
その時。
空。
巨大な“眼”。
観測者が静かに開く。
観測者
世界全体へ声が響いた。
『最終修復工程を開始可能』
沈黙が落ちた。




