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腹黒勇者は「理想の救世主」を演じきる  作者: tky@3作品同時連載中


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第8話:堕ちた王子の輪舞曲

王城の奥深く、豪奢な調度品で飾られた第一王子の私室では、勝利を確信したような下卑た笑い声が響いていた。


「はっはっは!見ろ、この王都の愚民どもの右往左往ぶりを!」


第一王子ジャックは、最高級のワインが注がれたグラスを揺らしながら、傲慢に胸を反らせた。


「あの前教皇の豚が消えたのは、まさに天の采配だ。教会という巨大な組織が、今や私の掌の中に落ちようとしているのだからな」


ジャックの目の前には、野心に満ちたヴァレンティン司教と、彼を担ぎ上げて甘い汁を吸おうと企む貴族たちが、卑屈な笑みを浮かべて並んでいた。


「まったくもってジャック殿下の仰る通りです。民衆は新たな導き手を求めております。私ヴァレンティンが教皇の座に就いた暁には、教会の権威と財産はすべて、真の賢王たるジャック殿下のために行使されるでしょう」


ヴァレンティンが恭しく頭を下げると、取り巻きの貴族たちも口々にジャックを称賛し始めた。


「殿下こそが次代の王にふさわしい!」


「あの偽善者の勇者め、民衆に媚を売るのに必死で、自分の足元が崩れていることにも気づいていないのでしょうな!」


その言葉に、ジャックは満足げに口角を吊り上げた。


「フン、天道輝など、ただの魔物を狩るための薄汚い道具に過ぎん。姉上も父上もあの男を神の使いか何かのように持ち上げているが、所詮は異世界人だ」


ジャックはワインを飲み干し、空のグラスを乱暴にテーブルに置いた。


「いずれ教会を完全に掌握した私が、あの男の化けの皮を剥いでやる。そうすれば、勇者様とやらも私の靴を舐めることになるだろうよ」


ジャックは自分が輝やリチャード王すらも出し抜いていると、微塵の疑いもなく信じ込んでいた。


彼を取り巻く大人たちが紡ぐ甘言に酔いしれ、己のカリスマ性がすべてを動かしていると錯覚する滑稽な全能感。


だが彼は気づいていなかった。


彼に熱烈な同調を示している側近の何人かが、すでに輝の分身体とすり替わっていて、リアルタイムで筒抜けになっていることなど。


同時刻、王城の別室。


天道輝は、豪華なソファに深く腰掛けながら、脳内に直接流れ込んでくるジャックの愚かな宣言を聞き、冷ややかに鼻で笑った。


(本当に、予想通りの底の浅さだ。自分が駒を動かしているつもりで、盤面そのものが俺の作り物だということにすら気づいていない)


輝の視界の端には、ジャックの陣営に潜り込ませた分身体からの報告が次々と表示されている。


輝はすでに、ジャックが自ら墓穴を深く掘り進めるよう、いくつかの致命的な「餌」を蒔いていた。


(ジャックの側近に化けた分身体には、『王妃エレオノーラ様が、教会を牛耳ろうとする殿下を危険視し、勇者を利用して殿下の動きを阻止しようとし0ている』という偽情報を吹き込ませてある)


その焦りが、ジャックの行動を不自然なまでに急がせていた。


さらに輝は、ホフマン大司教の元に届けたヴァレンティン司教の決定的な不正証拠に、一つの巧妙な「改ざん」を施していた。


(ヴァレンティンの汚職や隠蔽工作……そのすべての黒幕が、『ジャック王子の命令で実行されたもの』という完璧な偽造文書をね)


偽造とはいえ、筆跡から王家の印璽に至るまで、輝の創造魔法と鑑定スキルを駆使して作られたその証拠は、神の目すら欺くほどの真実味を帯びていた。


事態が急転したのは、それからわずか二日後のことだった。


ヴァレンティン司教が、自らの教皇就任を強引に宣言するための特別ミサを開こうとしていた、大聖堂の控え室。


「さあ、いよいよ私の時代が幕を開ける……」


真新しい法衣に袖を通し、恍惚とした表情を浮かべるヴァレンティンの前に、突如として控え室の重厚な扉が蹴破られた。


「な、何事だ!」


踏み込んできたのは、抜刀した近衛騎士団のレオンたちと、その背後に立つ沈痛な面持ちのホフマン大司教だった。


「ヴァレンティン司教。前教皇の悪逆非道な行為への加担、および教会の資産の横領、そして……王家への反逆罪の容疑で、貴方の身柄を拘束する」


レオンの容赦のない宣告に、ヴァレンティンの顔から血の気が引いた。


「ば、馬鹿な!陰謀だ!私はジャック殿下の……第一王子殿下の後ろ盾を得ているのだぞ!貴様ら、ただで済むと……!」


「そのジャック殿下からの『命令書』が、すべて明るみに出たのだよ、ヴァレンティン」


ホフマンが差し出した完璧な偽造証拠の束を見て、ヴァレンティンは絶望に膝から崩れ落ちた。


さらに彼を追い詰めたのは、拘束された瞬間に彼の脳内に直接響いた、何者か(輝の分身体)の冷酷な囁きだった。


『王子はお前を切り捨てる気だ。すべての罪を王子に被せろ。そうすれば、命だけは助けてやる』


死の恐怖に支配されたヴァレンティンは、広場に集まっていた民衆と騎士たちの前で、見苦しく泣き叫びながら偽りの自白を始めた。


「わ、私は無実だ!すべてはジャック殿下の強要だったのだ!逆らえば命はないと脅されて、教皇の隠蔽にも協力させられたのだ!」


その悲痛な叫びは王都中に響き渡り、第一王子ジャックの運命を決定的なものにした。


数時間後、王城の謁見の間。


ジャックは両腕を騎士に固められ、冷たい大理石の床に力ずくで跪かされていた。


「ち、違う!父上、私は何も知らない!これは罠です!誰かが私を陥れようと……!」


ジャックの悲痛な叫び声が広間に虚しく響く。


玉座に座る国王リチャードの瞳には、かつてないほどの深い「失望」と「怒り」が燃えたぎっていた。


「見苦しいぞ、ジャック。お前がヴァレンティンと結託し、教会の権力を私物化しようとしていたことは、多数の証言と物的証拠によって完全に裏付けられている」


「そ、そんな馬鹿な!母上!母上からも父上を説得してください!私は……!」


ジャックが縋るように視線を向けた先には、王妃エレオノーラが冷たく無表情な顔で立っていた。


彼女は権謀術数に長けたリアリストだ。


息子が何者かに嵌められた可能性に、彼女の鋭い勘は気づいていた。


だが、提示された証拠はあまりにも完璧であり、事ここに至っては庇い立てすること自体が「王家の存続」を危うくする。


(誰がここまでの絵を描いたのかしら……勇者?だとしたら、あの男は底知れない怪物ですわね......)


エレオノーラは内心で輝への警戒を「恐怖」へと昇華させながら、冷徹に実の息子を切り捨てた。


「……王家の名に泥を塗った愚か者。私に話しかけることすら不愉快です。貴方はもう、私の息子ではありません」


「は、ははうえ……?」


ジャックは目を見開き、信じられないものを見るように母を見つめた。


昨日まで自分を「賢王」と称賛し、すり寄ってきていた貴族たちは、今は誰一人としてジャックと目を合わせようとせず、蜘蛛の子を散らすように距離を置いている。


「第一王子ジャック。王家の権威を失墜させた罪は重い。本来ならば死罪も免れないところだが……勇者殿からの『彼にも情状の余地があるのではないか』という慈悲深い進言により、極刑は免除する」


リチャード王の重々しい声が、ジャックへの最終宣告として下された。


「そなたの王位継承権を無期限で凍結し、離宮への幽閉を命ずる。二度と私の前に姿を見せるな」


「あ、ああ……ああっ……!」


ジャックは崩れ落ち、頭を抱えて泣き喚きながら、騎士たちによって乱暴に引き摺られていった。


夜の離宮。


一切の灯りが落とされた冷たく暗い部屋の隅で、ジャックは膝を抱えて震えていた。


「嘘だ……何かの間違いだ。私は……私は次の王なのだぞ……!」


虚勢を張るように呟くが、その声はひどく掠れ、誰の耳にも届かない。


絶対的な権力者としての未来、群がる貴族たち、すべてが泡のように消え去った。


圧倒的な孤独と絶望が、冷たい泥のように彼の精神を侵食していく。


ふと、ジャックが涙で霞む目を窓の外に向けた時だった。


月明かりに照らされた中庭を、一人の青年が悠々と歩いているのが見えた。


天道輝だ。


輝は足を止め、ゆっくりと振り返って、ジャックの幽閉されている窓を見上げた。


その瞬間、月光に照らされた輝と目が合ったジャックは、全身が凍るような恐怖に襲われた。


「あいつだ……あいつがやったんだ……!あいつがすべてを仕組んだんだ!!」


ジャックは鉄格子の嵌まった窓にすがりつき、狂ったように叫び声を上げた。


だが、もはやその声を聞く者は誰もいない。


狂人の戯言として処理されるだけで、彼の尊厳も言葉も、すでに輝の手によって完全に社会から抹殺されていたのだ。


数日後。


王城の美しく手入れされた庭園で、アリシアは一人、薔薇のアーチの下で立ち尽くしていた。


彼女のプラチナブロンドの髪が風に揺れ、透き通るような碧眼からは、大粒の涙がとめどなく零れ落ちていた。


「ジャック……どうして、あんな恐ろしいことを……」


アリシアの心は、深く引き裂かれていた。


愚かとはいえ、たった一人の血を分けた弟。


その弟が、幼児虐待の隠蔽というおぞましい罪に加担し、王家を危機に陥れたという事実は、真面目で正義感の強い彼女にとって耐え難い苦痛だった。


同時に、次期王位を担うべき姉としての重圧と、家族を救えなかった自分への不甲斐なさが、彼女の小さな肩に重くのしかかっていた。


「アリシア様」


不意に、優しく、包み込むような温かい声が背後から聞こえた。


振り返ると、そこには憂いを帯びた瞳で彼女を見つめる、天道輝が立っていた。


「勇者、様……」


「無理に笑わないでください。貴女が一人で泣いている気がして、探しに来ました」


輝はゆっくりと歩み寄り、純白のハンカチを取り出して、アリシアの頬を濡らす涙をそっと拭った。


その指先は驚くほど優しく、アリシアの心を溶かすような熱を持っていた。


「弟君のことは、僕も本当に心が痛みます。もっと早く僕が彼と向き合っていれば、こんな結末にはならなかったかもしれない。僕の力不足です」


「違います!勇者様は悪くありません!……すべては、ジャック自身の弱さと、王家である私たちの責任なのです……!」


アリシアは耐えきれず、輝の胸に顔を埋めて声を上げて泣き崩れた。


輝は彼女の華奢な背中に腕を回し、幼子をあやすように優しく抱きしめた。


「自分を責めないでください、アリシア様。貴女は誰よりも国を愛し、民を想っている。僕が知っています。……貴女が背負う悲しみは、僕がすべて半分引き受けますから」


「勇者様……ああ、輝様……!」


アリシアは輝の温もりにすがりつき、彼への盲目的な信頼と恋心を、もはや後戻りできないほどに深めていった。


(チョロいものだ。心が弱りきったタイミングで与えられる優しさは、最高の劇毒になる。これで次期女王の心も、完全に俺の所有物だ)


輝はアリシアの頭を優しく撫でながら、彼女には絶対に見えない角度で、どこまでも暗く、邪悪な支配者の笑みを浮かべていた。

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