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腹黒勇者は「理想の救世主」を演じきる  作者: tky@3作品同時連載中


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第7話:影の包囲網と偽りの遠征

王都は、未だ熱に浮かされたような騒乱の中にあった。


聖教会の頂点に君臨していた教皇と枢機卿が、その白亜の聖堂の裏で幼児を虐待し、殺害していたという衝撃的なニュースは、民衆の信仰心を激しく揺さぶり、怒りの炎を焚きつけていた。


王城のテラスから、その喧騒を遠くに眺める青年が一人。


(……愚かだな。正義という名の怒りは、これほどまでに扱いやすい)


天道輝は、ティーカップから立ち上る蒸気の向こうで、冷徹な笑みを浮かべていた。


現在の輝の分身体は、ついに84体に達していた。


そのうちの一部は王都の各所に根を張り、静かに、しかし確実にこの国の血管を支配しつつある。


(さて、ジャック王子の「浅はかな野心」を摘み取るところから始めようか)


第一王子ジャックは、この混乱を「好機」と見ていた。


失墜した教皇の跡釜に、自分の息がかかったヴァレンティン司教を据え、教会を自分の政治的基盤にしようと画策していたのだ。


だが、その動きは輝の『広域鑑定アーカイブ』と分身体たちの監視網にかかれば、透明な水槽の中を泳ぐ金魚の動きも同然だった。


数日後。


教会の暫定トップとなった実直な老人、ホフマン大司教の元に、一組の奇妙な来客があった。


「大司教様、お忙しいところ失礼いたします。私たちは新興の商会『エリス・ビューティー』の者です」


現れたのは、精悍な顔立ちの青年カイル、交渉術に長けたエリック、そして知的な美貌を持つ秘書リア。


――すべて、輝が生み出した分身体である。


「商会の方が、私に何の用かな? 今、教会はそれどころではないのだが……」


疲れ果てたホフマンに、副代表のエリックが穏やかな、しかし重みのある声で告げた。


「私たちは、ホフマン大司教の清廉な志を支持しております。だからこそ、警告に参りました。……第一王子ジャック殿下が、ヴァレンティン司教を傀儡にするべく動いています。大司教、あなたの身が危ない」


ホフマンの顔が青ざめる。


政治に疎い彼でも、現在の王家内部の権力争いには気づいていた。


カイルは追い打ちをかけるように、一束の書類をテーブルに置いた。


「これは、ヴァレンティン司教が過去に行ってきた不正融資、そして……前教皇の不祥事を知りながら隠蔽していた決定的な証拠です」


ホフマンはその書類を震える手で取った。


そこには、目を背けたくなるような癒着の記録が並んでいた。


「な……なぜ、これを私に?」


「私たちが望むのは、健全な市場と、正しい信仰です。汚濁にまみれた者がトップに立てば、私たちの商売も立ち行かなくなりますから」


リアが微笑みながら、さらに二人の屈強な男を呼び入れた。


冒険者ギルドに潜伏させていた分身体たちだ。


「彼らは私たちが雇った最高級の護衛です。ホフマン様の指示された距離から、身辺をお守りさせましょう。もちろん、費用はすべて我が商会が負担いたします」


救いの手を差し伸べられたホフマンは、警戒しながらも彼らの手を取った。


彼は知らない。


その手が、自分を操るための「見えない糸」であることを。


同時期、王都の貴族社会には一つの「革命」が起きていた。


分身体たちが運営する『エリス・ビューティー』が発売した美容品が、女性たちの心を完全に虜にしていたのだ。


現代日本の皮膚科学の知識を魔法で再現した化粧水や乳液は、魔法でも治せなかった肌のくすみを取り除き、髪に天使の輪を出現させた。


「奥様、こちらの限定クリームは、エリス・ビューティーの上客である貴女様にしかお出ししておりませんわ……」


リアが社交界で耳打ちするたびに、貴族の妻や娘たちは競って情報を差し出した。


「教会のヴァレンティン司教様、実はあの子どもたちの件に関わっていたって噂よ……」


「ジャック王子が、無理やり彼を推しているんですって。恐ろしいわね……」


輝が流した「真実を織り交ぜた最悪の噂」は、香水の香りとともに枕元で語られ、瞬く間にジャック王子の政治的生命を削り取っていった。


さらに輝は、隣国に対しても『毒』を送った。


「イザベラ聖女がアーデルハイドの勇者に一目惚れし、国政を放り出して求愛に狂っている」


この醜聞は隣国の面子に泥を塗り、数日後には彼女への強制帰国命令が下されることになるだろう。


盤面を整理した輝は、いよいよ自身の「自由」を確保するための総仕上げに入った。


王城の謁見の間。


輝は国王リチャードの前で、悲痛な、しかし決意に満ちた表情を浮かべていた。


「陛下……僕の耳には、魔物の被害に苦しむ民の泣き声が届くのです。彼らの笑顔を守るために、遠征を許してください。僕は、このまま安全な城にいることはできません」


「勇者殿……その志は尊いが、貴殿に万が一のことがあっては……」


「ご心配なく、陛下」


輝はそばに控えていたレオンやバルバロス団長を振り返り、爽やかに笑った。


「バルバロス団長との稽古のおかげで、自分の身を守る術は身につけました。それに……僕は、信頼できる友を見つけたのです」


輝は、あらかじめ「実績」を積ませておいた分身体の冒険者たちを広間に呼び入れた。


「彼らは、僕が王都で出会った素晴らしい実力者たちです。護衛は不要です。僕は彼らと共に、民を救いに行きたいのです」


バルバロスが唸るように言った。


「……確かに、この者たちの佇まい、只者ではないな。王よ、勇者殿の意を汲んで差し上げてはいかがか。若き獅子には、狩り場が必要です」


国王の承認が下りた。


それは、輝が分身体たちを「公式な戦力」として堂々と使いこなす権利を得た瞬間だった。


「遠征」は、輝にとって最高のバカンスであり、最高に神経を使う「演劇」でもあった。


王都から離れた街道。


馬を走らせる輝の背後で、専属メイドのセリアが密かに監視していた。


(さて、セリア。お前をどう撒こうか)


輝は森の奥で足を止めて、魔物を警戒する仕草をしつつ森の暗がりに飛び込んだ。その瞬間に【位相透過】と【隠蔽】を同時発動して、セリアの視界から完全に消失した。


「……! 勇者様!?」


セリアが慌てて追うが、そこには輝の姿も、気配すらもない。


彼女が当惑している間に、輝は分身体が事前に確保していたラグジュアリーな隠れ家(魔法で構築した空間)で、優雅に高級ワインの栓を抜いていた。


(ふぅ。演技の後のワインは格別だ)


輝は手元のステータス画面を呼び出した。


そこには、分身体たちの絶え間ない狩りによって、異次元の領域へと到達した数値が並んでいた。


【天道輝:ステータス】



レベル:103



HP:982



MP:1026



ATK:993



DEF:854



AGI:1102



INT:1240



スキル


・創造魔法


・隠蔽(極)


・位相透過


・多重並列思考


・影分身(84体)


・全属性無効


(ちなみに、この国の『最強』ことバルバロス団長は……)


脳内に保存された団長のデータ。


【バルバロス:ステータス】



レベル:65



HP:510



MP:120



ATK:480



DEF:450



AGI:320



INT:180



スキル


・豪腕


・歴戦の勘


・剛力の一撃


・騎士の鼓舞


(……話にならない、もはや戦闘にならないだろうな)


数時間後、適当に返り血を浴びた魔物の死体を積み上げ、輝は「疲れた顔」でセリアの近くに姿を現す。


「みなさん、お疲れ様でした。そろそろ野営しましょうか」


「輝さんこそお疲れ様です。あちらに水場があったので、そちらへ移動しましょう」


セリアは狩の成果を目撃した事で、見失っている間は魔物と戦闘していたのだろうと結論付けた。


しかし見失った瞬間の違和感は消えず、何とも言えない警戒心だけが残った。


5日間の遠征を終え、王都に戻った輝を待っていたのは、国民からの割れんばかりの歓声だった。


数千の魔物を討伐し、多くの村を救った「奇跡の勇者」の帰還。


国王リチャードは、満足げに頷いた。


「見事だ、勇者輝。そなたの連れてきた冒険者たちの働きも聞き及んでいる。正式に認めよう。彼らを『勇者パーティ』とし、そなたの采配に任せる」


「ありがとうございます、陛下。すべては、この国の人々のために」


輝は跪き、聖者のような微笑みを浮かべた。


王城の回廊を歩きながら、輝は背後のセリアに気づかれないよう、口角をわずかに吊り上げた。


教会の権力はホフマンを通じて掌握できる予定だ。


資金と情報は『エリス・ビューティー』が運んでくる。


武力は『直属ユニット(自分自身)』が公式に担保した。


(蜘蛛の巣の糸は、すべて張り終えた。さて……)


輝は視線を、王都の隅にひっそりと佇む旧礼拝堂へと向けた。


あそこに、最後にして最高の「駒」が眠っている。


(待っていろ、クラリス。お前という聖女を、俺が『救い出して』やる)


偽りの勇者の瞳に、昏く、甘美な略奪の光が灯った。

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