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腹黒勇者は「理想の救世主」を演じきる  作者: tky@3作品同時連載中


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第3話:叡智の略奪と初陣

本日3話目

翌朝、輝の客室をノックする控えめな音が響いた。


「勇者様、おはようございます。アリシアです」


「おはようございます、アリシア様。どうぞ、入ってください」


輝が爽やかな声で応じると、重厚な扉が静かに開き、アリシア王女が姿を現した。


彼女の後ろには、見慣れない一人の少女が控えている。


「朝早くから申し訳ありません。本日は、勇者様の身の回りのお世話をする専属メイドをご紹介したく参りました。セリア、前へ」


「はい、アリシア様」


アリシアに促され、少女が一歩前に出た。


青みがかった銀髪をボブに切り揃えた、まるで精巧なビスクドールのように整った顔立ちの少女だった。


「セリアと申します。勇者様、未熟者ではございますが、粉骨砕身お仕えいたします」


抑揚のない、事務的な声。


感情の起伏がすっぽりと抜け落ちたような、深く暗い瞳が輝を真っ直ぐに見つめている。


(なるほど、ただのメイドじゃないな。足運びの滑らかさや、部屋に入った瞬間に見せた視線の動かし方……明らかに戦闘や諜報の訓練を受けた密偵のそれだ。おそらくあの腹黒い王妃が、俺の行動を24時間監視するために送り込んできた手駒だろう)


輝は一瞬でセリアの正体と役割を看破したが、顔には一切出さず、花が綻ぶような極上の笑みを浮かべた。


「よろしくお願いします、セリアさん。不慣れなことばかりなので、助かります」


「もったいないお言葉です」


セリアは深く一礼したが、その表情には微かな戸惑いすら浮かばなかった。


「それと、勇者様。昨晩の晩餐会以降、高位貴族の方々から勇者様への面会希望や招待状が山のように届いておりまして……いかがいたしましょうか?」


アリシアが困惑したように書類の束を示す。


(今はまだどこの派閥にも与しない。ここで焦らして飢餓感を煽り、俺の価値をさらに釣り上げるためのターンだ)


輝は少し申し訳なさそうな、憂いを帯びた表情を作った。


「大変ありがたいお話ですが……僕はまだこの世界のことを何も分かっていない未熟な身です。ここで特定の貴族の方とお会いすれば、不公平が生じて無用な争いの種になりかねません。今はまず、この世界を知り、己を鍛えることを優先したいのです。面会はすべてお断りしていただけますか?」


「素晴らしいお心掛けですわ!勇者様のその誠実さ、皆様にも必ず伝わるはずです」


アリシアはすっかり感銘を受けた様子で頷き、セリアに処理を命じた。


「朝食までの間、少し時間がありませんか?もしよければ、この世界の歴史や魔法について学びたいので、図書室へ案内していただけませんか?」


「もちろんですわ!セリア、勇者様をご案内して差し上げて」


***


王城の大図書館は、天井まで届く巨大な本棚が果てしなく続く、まさに知の宝庫だった。


「わあ、すごい数ですね。どれから読めばいいか迷ってしまいます」


輝は純朴な青年を演じながら、本棚の間をゆっくりと歩き回る。


少し後ろには、足音一つ立てずにセリアが追随し、鋭い視線で輝の挙動を監視している。


(監視の目はあるが、魔法の行使を感知されることはないだろう。さて、始めるとするか)


輝は本棚に並ぶ魔導書や歴史書に指先を這わせながら、脳内でシステムに干渉した。


『創造魔法承認――オリジナル魔法【記憶の書庫メモリー・アーカイブ】の構築を完了しました』


それは、指先で触れた書物の内容を一瞬にしてスキャンし、自身の脳内へデータとして保存するチート魔法である。


「この本も面白そうだな。こっちは戦術書か……」


輝は悩む素振りをしながら、次々と本棚を巡り、指先で無数の背表紙を撫でていく。


そのたびに、数万ページにも及ぶ莫大な知識が、瞬時に輝の脳内(システム内)へとインポートされていった。


セリアからは、ただ本を物色している青年にしか見えていない。


数分で数百冊に及ぶ魔導書や歴史書の知識を完全にコピーし終えた輝は、わざとらしく息を吐いた。


「やっぱり、いきなり難しい本を読んでもダメですね。まずは基礎からだ」


輝は本棚の隅にあった『初級魔法入門』という薄っぺらい本を一冊だけ手に取り、セリアに向かって無邪気に笑いかけた。


「朝食まで、これを読んで待っていますね」


「……承知いたしました」


***


朝食の席には、リチャード王、エレオノーラ王妃、アリシア、そして不機嫌そうにナイフを動かす第一王子ジャックが顔を揃えていた。


「勇者殿、この国の食事はお口に合うかな?」


「はい、とても美味しいです。素晴らしいおもてなしに感謝します」


輝はリチャード王の問いに完璧な笑顔で応え、王妃からの探りを入れるような質問にも、一切のボロを出さずに流麗に回答していく。


「フン、飯を食うだけで大袈裟な奴だ。どうせ元の世界では貧相な物しか食ってなかったんだろ」


ジャックの嫌味な小言にも、「殿下の言う通りです、こんなご馳走は初めてで」と爽やかに躱す。


表向きは和やかな朝食会を演じながら、輝の脳内は常人を遥かに凌駕する速度でフル回転していた。


(先ほど図書室でインポートした数百冊の魔導書のデータ……なるほど、この世界の魔法は、複雑な呪文の詠唱と魔方陣の構築によって魔力を制御し、現象を引き起こしているのか。かなり非効率なシステムだ)


輝は脳内で並列処理を行いながら、魔法の真理へと到達していく。


(俺には『魔法創造』のスキルがある。あんな面倒な詠唱や手順は一切不要だ。魔法が引き起こす『現象の概要』と『原理』さえ理解していれば、あとはイメージとMPを消費するだけで、どんな魔法でも一瞬で最適化して無詠唱で発動できる)


実質的に、この世界の魔法体系を完全にハッキングし、我が物にした瞬間だった。


輝は食後の紅茶を優雅に一口飲み、王へ向かって真剣な眼差しを向けた。


「リチャード王。お願いがあります。今日、近隣の森で魔物討伐を経験させていただきたいのです」


「なっ……魔物討伐だと!?しかし勇者殿、いくらステータスが高いとはいえ、まだ実戦経験が……」


「ええ、だからこそです。このまま安全な城に引きこもっていては、いざという時に皆様を守れません。僕は早く、魔王と戦えるだけの強さを身につけたいのです」


その自己犠牲に満ちた熱意に、王族たちは深く心を打たれた。


「……分かった。ただし、近衛騎士団の精鋭を護衛につけることが条件だ。絶対に無理をしてはならぬぞ」


「ありがとうございます、王様。必ず、皆さんのご期待に応えてみせます」


***


王都の城壁を抜け、馬車で一時間ほど進んだ場所にある『迷いの森』。


鬱蒼と生い茂る木々の隙間から、赤い目をした醜悪なゴブリンや、巨大な牙を持つウルフの群れが、獲物を見つけて涎を垂らしていた。


「勇者様、下がってください!ここは我々が!」


レオンが剣を抜き、近衛騎士たちと共に輝を庇うように陣形を組む。


「いえ、レオンさん。僕にやらせてください」


輝は一歩前に出ると、昨日手に入れたばかりのミスリル製の剣を構えた。


(さて、この世界の一般的な魔物のレベルと、俺の魔法の威力を試させてもらおうか。ただし、不自然に思われないよう『初心者らしく』振る舞う必要があるな)


輝は大きく息を吸い込み、図書室で覚えた初級魔法の呪文をわざとらしく、長々と詠唱し始めた。


「大気を揺るがす炎の精霊よ、我が呼び声に応え、敵を打ち払う灼熱の礫となれ……ファイヤーボール!」


輝の掌から、直径十センチほどの火球が飛び出し、ゴブリンの一匹に着弾した。


ドォォォンッ!!


凄まじい爆発音が森に響き渡り、ゴブリン数匹が纏めて消し炭になった。


(しまった、威力を抑えすぎたか?……いや、初級魔法でこの威力なら、周りを誤魔化すには十分か)


「す、すげえ……!あんな巨大なファイヤーボール、宮廷魔術師でもなかなか撃てねえぞ!」


レオンたちが驚愕に目を見開く中、生き残ったウルフの群れが輝に向かって飛びかかってきた。


「勇者様、危ない!」


輝は剣を正眼に構える。


(動きが遅すぎる。止まって見えるな)


飛びかかってくるウルフの牙を、剣道仕込みの最小限の動きで躱し、すれ違いざまに首筋を正確に切り裂く。


一撃、また一撃。


血飛沫が舞う中、輝の剣は無駄な動きが一切なく、まるで芸術的な舞のようだった。


「すばらしい……なんという剣の冴えだ……!」


護衛の騎士たちが完全に心酔した目で見つめる中、輝は涼しい顔で魔物を狩り続けていく。


だが、輝の内心は全く別のことで疲労していた。


(弱すぎてあくびが出る。これでは討伐なんてただの作業だ。それよりも、この熱視線を送ってくるレオンたち騎士団の目を掻い潜りながら、森の死角に【影渡り】用のマーカーをこっそり設置する方が、よっぽど神経を使うな……)


魔物を斬り捨てるフリをして木の幹に触れ、魔法を放つフリをして地面に魔力を流し込む。


輝にとってこの初陣における一番のミッションは、魔物討伐ではなく「今後の分身体用の拠点作り」であった。


数時間の討伐を終え、護衛の騎士たちに一切怪しまれることなく、森の目立たない場所にマーカーを設置し終えた。


「勇者様、お見事でした!初陣でこれほどの戦果を上げられるとは……我々も鼻が高いです!」


興奮冷めやらぬレオンに、輝は汗を拭うフリをして微笑んだ。


「皆さんのサポートのおかげです。少しは、レベルも上がったみたいですね」


***


夕刻。


王城への帰還と王への報告を終え、輝は自室のベッドに倒れ込んだ。


専属メイドのセリアは部屋の外で待機させているため、今は完全に一人だ。


(疲れた……肉体的にじゃなく、精神的にだ。善人を演じながらの隠密行動は骨が折れる)


輝は虚空に手をかざし、ステータス画面を呼び出した。


(ゴブリンとウルフを数十匹狩っただけで一気にレベル12か。さすがは勇者の成長補正だな。基礎ステータスも大幅に底上げされているのが分かる)


輝は画面をスクロールさせ、最も重要な項目を確認した。


(よし、最大MPが跳ね上がっている。これなら……)


輝はベッドから起き上がり、部屋の中央に立つと、『魔法創造』で構築した魔法【影分身シャドウ・ダブル】を起動した。


輝の足元の影が大きく広がり、ぐにゃりと波打った。


そこから、輝と全く同じ姿をした分身体が次々と這い出してくる。


一体、二体、三体……最終的に、合計十体の分身体が部屋の中に整列した。


(現在のMPで維持できるのは十体が限界か。まあ、初期段階としては十分すぎる数だ)


輝は自分と同じ顔が十個並ぶ異様な光景を見渡し、冷酷な命令を下す。


「お前たちはこれから、今日俺が森に設置したマーカーへ【影渡り】で飛べ。そして、騎士団の目につかない森の深層部で、ひたすら魔物を狩り続けろ。絶対に死ぬなよ、俺に疲労がフィードバックされるからな」


十体の分身体は無言で頷くと、次々と足元の影に沈み込み、マーカーを設置した森へと転移していった。


(これで俺は、この快適なベッドで寝ている間も、優雅に食事をしている間も、常に十人分の経験値を稼ぎ続けることができる」)


分身体たちが森の深奥で魔物を屠り、その経験値がリアルタイムで自身に流れ込んでくる心地よい感覚に、輝は陶酔の溜息を漏らした。


(よし、これで時間が経過すれば予定通りになるだろう)


夕闇が迫る部屋の中で、偽りの勇者は誰にも見せることのない、底知れぬ邪悪な笑みを浮かべた。

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