第2話:偽りの英雄と影の支配計画
本日2話目
謁見の間での熱狂的な歓迎から数時間後。
輝はアリシア王女の案内で、広大なアーデルハイド王城の中を見学していた。
「こちらが王族の居住区と、大図書館を繋ぐ渡り廊下です。窓からは王都の街並みが一望できるんですよ」
「すごいですね!こんなに美しくて立派なお城、見たことがありません。まるで映画のセットみたいだ」
アリシアの弾むような声に、輝は目を輝かせながら無邪気な少年のような感嘆の声を上げた。
だが、そのあどけない表情の裏側で、彼の脳内は全く別の思考をフル回転させていた。
(王族の居住区は警備が手薄になりがちな盲点があるな。城門からここまでの距離、衛兵の配置間隔、シフトの交代時間……それに、いざという時の逃走経路や隠し通路の有無も早めにマッピングしておく必要がある)
表向きは「異世界に目を白黒させる純朴な少年」を完璧に演じ切りながら、内心ではこの城の軍事的弱点と構造を冷徹に分析し、すべてを自身の記憶に刻み込んでいる。
「勇者様にそう言っていただけて、私も鼻が高いです。次は、我が国の誇る近衛騎士団の訓練場へご案内しますね」
「はい!楽しみにしています」
アリシアの先導で城の中庭へ抜けると、そこには土煙を上げながら激しい訓練に励む屈強な男たちの姿があった。
金属と金属がぶつかり合う甲高い音と、野太い怒号が飛び交う熱気に満ちた空間。
輝たちが姿を見せると、訓練場の空気が一瞬でピリッと引き締まり、騎士たちが一斉に敬礼の姿勢をとった。
「姫様!それに、そちらにおわすは噂の勇者様ですな!」
ひときわ大きな声と共に歩み寄ってきたのは、燃えるような赤髪と、熊のように筋骨隆々とした体躯を持つ大柄な青年騎士だった。
「ごきげんよう、レオン。訓練ご苦労様です。勇者様、彼はレオン・ヴァンディック。近衛騎士団の中で最も期待されている若手のホープです」
「初めまして、天道輝です。よろしくお願いします」
輝は丁寧にお辞儀をして爽快な笑みを向けた。
だが、レオンと呼ばれた若手騎士は、輝の細身(現代の一般的な高校生体型)を頭からつま先までジロジロと無遠慮に眺め回し、あからさまに落胆の溜息を吐いた。
「姫様、本当にこいつが伝説の勇者なんですか?謁見の間でとんでもないステータスを見せたと噂には聞いてますが……このもやしみたいな細腕で、まともに剣が振れるとでも?実戦は数字のお遊びじゃありませんぜ」
その不遜な言葉に、訓練場は凍りついたように静まり返った。
「レオン!勇者様に向かってなんという無礼な口を!すぐに謝罪しなさい!」
アリシアが顔を真っ赤にして怒るが、レオンは不満げに鼻を鳴らすだけで謝ろうとしない。
「馬鹿者が!貴様、己の立場をわきまえんか!」
そこへ雷鳴のような怒声が響き渡った。
現れたのは、白髪交じりの顎髭を蓄え、歴戦の猛者特有の威圧感を纏った壮年の男だった。
「バルバロス団長……!」
「レオン、貴様は少し腕が立つからといって調子に乗りすぎだ。相手はこの世界を救うために召喚された勇者様だぞ。その無礼、近衛の顔に泥を塗る行為と知れ!」
騎士団長バルバロスの烈火のごとき叱責に、さすがのレオンも顔を引きつらせて一歩後ずさった。
(ほう。この渋いおっさんが騎士団長か。血の気の多い若手をきちんと統制できている。組織としてはそれなりに機能しているようだが……良いタイミングだ。この世界の平均的な強さと、俺の今の実力を測る『モルモット』が欲しかったところだ)
周囲がレオンを非難する空気に染まる中、輝は心の中で邪悪に歓喜した。
彼は慌てた様子でバルバロスとアリシアの前に進み出ると、二人を優しく制止した。
「バルバロス団長、アリシア様、どうか彼を怒らないでください。レオンさんの言う通りなんです」
輝は自嘲気味に微笑み、謙虚に頭を下げた。
「僕は様々なスキルを与えられたみたいですが、今はまだ『レベル1』です。実戦経験も、魔物と戦った経験もありません。皆さんが不安に思うのも当然です」
「勇者様……そんなことは……」
「だからこそ、自分の今の力がこの世界でどれくらい通用するのか、身をもって知っておきたいんです。レオンさん、どうか僕に胸を貸していただけませんか?」
その「健気で高潔な申し出」に、訓練場にいたすべての騎士たちが胸を打たれた。
己の弱さを認め、レオンの暴言すらも受け入れて教えを乞う。
なんという器の大きさか、とバルバロスでさえも感嘆の息を漏らす。
「……勇者様がそこまで仰るのなら。レオン、お前に勇者様の実戦稽古の相手を命じる。決して怪我をさせるなよ!」
「……っ!は、はい!手加減はさせていただきますよ、勇者様」
引くに引けなくなったレオンは、複雑な表情で木剣を手に取った。
***
訓練場の中央で、輝とレオンは木剣を構えて対峙した。
(さて、今後の為に検証しておこう。俺のステータスは全属性適性や剣術スキルこそ異常だが、レベル1である以上、筋力や敏捷といった『基礎ステータス』は目の前の筋肉ダルマに遠く及ばない。まともに打ち合えば、力負けするだろう)
輝は木剣を中段に構えながら、冷静に力関係を計算する。
「行きますぜ!」
レオンが地を蹴り、猛然と間合いを詰めてくる。
その踏み込みの速さと、振り下ろされる木剣の風切り音は、まさに一撃必殺の重さを持っていた。
だが。
(大振りで直線的。殺気が丸見えだ。力任せの素人剣術だな)
輝の瞳には、レオンの動きがスローモーションのように見えていた。
輝が剣道全国制覇で培った「間合いの完全な把握」「後の先のカウンター理論」「すり足による滑らかなで予備動作のない移動」。
それらの現実世界での極まった技術に、異世界のシステムである『聖剣術S』の超常的な補正が上乗せされる。
レオンの渾身の唐竹割りが輝の脳天を砕くかと思われた瞬間。
輝は紙一重の最小動作で首を傾けてそれを躱し、流れるようにレオンの死角である懐へと潜り込んだ。
「なっ……!?」
驚愕に見開かれたレオンの目。
輝はそのまま、持っていた木剣の柄の底でレオンの鳩尾を軽く、しかし正確に突いた。
「グハッ……!?」
急所への一撃にレオンの体勢が大きく崩れる。
その隙を見逃さず、輝は手首の返しだけで木剣を反転させ、流麗な太刀筋でレオンの喉元にピタリと切先を寸止めした。
勝負は一瞬。
訓練場は水を打ったように静まり返った。
輝はスッと木剣を引き、額に汗ひとつかいていない爽やかな笑顔をレオンに向けた。
「素晴らしい剣圧でした。掠っただけでも致命傷になるところでしたよ。さすがは近衛騎士団のホープですね。ご指導、ありがとうございます」
相手の未熟さを一切指摘せず、むしろその力を称えて顔を立てる完璧な対応。
レオンは喉元に突きつけられた冷たい死の感覚に震えながら、顔を真っ赤にしてその場にがくりと膝をついた。
「……完敗だ。俺の目が、いや、俺のすべてが節穴でした……!勇者様、先ほどの無礼、どうかお許しください......」
「素晴らしい!なんという鮮やかな太刀筋か!」
バルバロスが惜しみない称賛の声を上げると、周囲の騎士たちからも地鳴りのような拍手と歓声が巻き起こった。
アリシアは、うっとりと両手を胸の前で組み、英雄の誕生を祝福している。
(チョロい。単純な体育会系は、一度圧倒してプライドをへし折り、その後に顔を立てて恩を売れば最高の忠犬になる)
輝は照れたように頭を掻きながら、内心では冷笑していた。
(だが……やはりレベル1の基礎ステータスの低さは致命的だな。技術でカバーできるのにも限界がある。複数の魔物相手や、魔法が飛び交う実戦では今のままでは死ぬ。早急に、そして安全にレベルを上げる手段が必要だ)
***
その夜、王城の大広間では輝を歓迎する大々的な晩餐会が開かれた。
シャンデリアが眩く輝く中、きらびやかな衣装を纏った高位貴族たちが、こぞって輝の周りに群がっていた。
彼らの目的は一つ。
伝説の勇者という絶大な権力の象徴を己の派閥に取り込み、甘い汁を吸うことだ。
「勇者様!我が領地で採れた最高級のワインです。ぜひお召し上がりを!」
「勇者様、こちらは私の娘のクロエです。ぜひ親睦を深めていただきたく……」
「お初にお目にかかります、勇者様。ウフフ、素敵な殿方……」
テンプレ通りの権力闘争と色仕掛けの嵐。
だが、輝は完璧な笑顔と、生徒会長時代に培った洗練された対人スキルで、そのすべてを華麗に捌いていく。
「素晴らしいワインですね。貴方のような優れた領主がいるこの国は安泰だ」
「君の瞳は宝石のようだね。でも、今の僕には少し眩しすぎるかな」
令嬢たちに甘い言葉を囁いて頬を染めさせ、期待を持たせつつも、輝は決して決定的な言葉は与えない。
「皆様の温かいお心遣い、本当に感謝いたします。ですが、僕は世界を救う勇者としての重い使命があります。今はまだ、特定の誰かのものになるわけにはいかないのです。どうか、ご理解ください」
憂いを帯びた表情でそう告げると、貴族たちはそれ以上踏み込むことができず、令嬢たちは悲劇の英雄を支えたいという熱をさらに高めるのだった。
(どいつもこいつも、欲の皮が突っ張った豚どもめ。だが、財布や情報源としての利用価値は大いにある)
輝はグラスのワインを傾けながら、微笑の裏で冷酷な計算を続ける。
(今はどこかの派閥に属して無用な敵を作るより、全方位にいい顔をして『絶対的な中立』を保ちつつ、全員から平等に搾取するのが正解だ。俺は誰のものでもない。すべてが俺のものになるんだからな)
***
翌朝。
与えられた最高級の客室のふかふかなベッドの上で、輝は一人きりで目覚めた。
部屋の鍵が掛かっていることを確認すると、彼は虚空に向かって手をかざし、自身のステータス画面を呼び出した。
(さて、誰にも邪魔されないこの時間で、今後の『真の計画』の要となる検証を始めよう)
謁見の間でステータスを公開した際、輝は意図的に『一部のスキルを伏せて』投影していた。
「全属性魔法適性S」や「聖剣術S」といった力は、王族を安心させ、自身の価値を証明するための分かりやすい看板に過ぎない。
彼が隠し持っているスキルは、この世界でどう評価されているのかは分からないが、輝にとっては最強スキルである『隠蔽』と『魔法創造』であった。
輝は『魔法創造』のスキルを起動し、自身のMPを消費して望むオリジナル魔法をシステムに定義し、構築する実験を開始した。
「まずは、レベル1の脆弱性を安全に補うためのシステムだ」
輝は脳内で複雑な術式を組み上げ、システムに干渉する。
『創造魔法承認――オリジナル魔法【影分身】の構築を完了しました』
輝の影がぐにゃりと歪み、そこから彼と全く同じ姿をしたもう一人の輝が音もなく立ち上がった。
(よし、成功だ。俺のステータスやスキルをある程度引き継いだ分身体。この分身体が得た「経験値」や「記憶」は、解除時に本体である俺にすべて還元されるように設定した)
分身体に命令を下し、簡単な動作を行わせる。
(ただし、万能すぎる力にはシステム上の制限がかかるらしいな。現在のMP最大値では、同時に作り出せる分身体は3体が限界。さらに、分身体がダメージを受けて消滅した場合、本体に強い疲労感や痛みがフィードバックされるリスクがある。まあ、許容範囲だ)
輝は分身体を消し、記憶と経験値が還元される感覚を確認して満足げに頷いた。
「次だ。この分身体を最大限に活かすための機動力」
『創造魔法承認――オリジナル魔法【影渡り(シャドウ・ゲート)】の構築を完了しました』
(分身体が存在する場所、あるいは分身体が設置した不可視のマーカーの場所へ、距離や障害物を完全に無視して一瞬で転移できる魔法。これがあれば……)
輝はベッドに深く腰掛け、両手で顔を覆うようにして、邪悪で歓喜に満ちた笑みを深めた。
(完璧だ。この分身体たちを、安全なスライム狩りから始めて徐々に各地の森やダンジョンに放ち、24時間体制でオートレベリングさせる。寝ている間も自動で経験値が稼げる最強のシステムだ)
さらに、輝の思考は単なるレベル上げに留らず、より深く、より広大な「支配」の形へと至る。
(分身を世界中に散らばせ、商人や傭兵に変装させれば、あらゆる機密情報を収集できる。さらに『影渡り』を使えば、俺はこの安全な王城のベッドにいながらにして、世界のどこにでも一瞬で介入できる)
輝は天井の豪華な装飾を見上げた。
(表向きは王城で『心優しい勇者』を演じながら、裏では分身体を使って暗躍する。富も、力も、情報も、世界のすべてを網羅する巨大な秘密組織を、俺一人で作り上げてやる)
そして、輝の思考は、勇者としての最終目的である「魔王討伐」へと至る。
彼は冷静に、極めて論理的に利害を計算した。
(仮に、俺が順調にレベルを上げ、魔王を倒して世界が平和になったとしよう。そうすればどうなる?)
答えは明白だった。
(圧倒的な武力を持った俺は、平和になった世界において、王族や貴族にとって『邪魔で危険な次の脅威』になる。英雄は戦乱の世でしか輝けない。用済みになれば、いずれ必ず暗殺されるか、政治的に失脚させられて抹殺されるだろう)
輝の瞳に、極寒の氷のような冷徹な光が宿った。
(俺という『勇者』の価値が最大化され、誰からも崇拝され続けるのは、『魔王』という共通の脅威が存在している間だけだ)
すなわち。
(魔王は、決して倒してはいけない)
輝の唇の端が、三日月のようにつり上がる。
(適度に生かさず殺さず、世界の脅威として存続させ続ける。そして、人類と魔族のパワーバランスを俺が裏からコントロールする。魔王すらも、俺の絶対的な地位を盤石にするための、ただの便利な舞台装置として利用してやる)
己の果てしない野望と、完璧なシナリオを再確認した天道輝。
彼は朝の爽やかな光の中、パンッと軽く両手で自分の頬を叩き、いつもの「完璧な好青年」の仮面を隙なく被り直した。
「さて、今日も愛と希望に溢れる勇者を演じるとしますか」
彼は軽快な足取りで、アリシアが迎えに来るであろう重厚な扉へと向かうのだった。




