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腹黒勇者は「理想の救世主」を演じきる  作者: tky@3作品同時連載中


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第1話:偽りの勇者と絶望の王都

天道輝てんどうひかるという男を一言で表すなら、それは『完璧』という二文字に尽きるだろう。


春の陽光が差し込む教室で、彼が窓際でふと微笑むだけで、クラスの女子はため息をつき、男子は羨望と僅かな嫉妬、そして圧倒的な敗北感を抱く。


誰もが思わず見惚れるような、彫刻のごとく端正な顔立ち。


全国模試で常に一桁台をキープする明晰な頭脳と、剣道で全国制覇を成し遂げた圧倒的な身体能力。


おまけに生徒会長まで務めている。


だが、彼が真に『完璧』なのは、それら外面のスペックではない。


自分の価値を最大化し、他者の心理を完全に掌握して「理想の自分」を演じ続ける、その徹底した利己的な計算高さこそが彼の本質であった。


「天道くん、おはよう!今日も早いね!」


「おはよう、佐々木さん。今日は日直だからね。佐々木さんも、いつも朝練お疲れ様。その努力、きっと報われるよ」


「えっ……あ、ありがとう……!」


朝の教室。


女子生徒の一人に爽やかな笑顔で言葉を返しながら、輝の脳内では冷徹な計算式が弾き出されていた。


(彼女は陸上部の補欠。自己承認欲求が満たされていないタイプだ。少しの労いと名前を呼ぶことで、俺への好感度と忠誠心は跳ね上がる。チョロいものだ)


昼休み。


輝はいつも通り、意図的に賑やかなグループから少し離れた席に座った。


視線の先には、先週転校してきたばかりでクラスに馴染めていない気弱そうな男子生徒がいる。


輝は手作りの弁当箱(あえて少し不格好な卵焼きを入れることで、完璧すぎない親しみやすさを演出している)を持って、彼の前の席に座った。


「やあ、山田くん。隣、いいかな?ここの席、風通しが良くて好きなんだ」


「あ、て、天道くん……ど、どうぞ」


「まだこの学校には慣れないかい?何か困ったことがあったら、いつでも僕か生徒会に言ってよ。君はもう、僕たちの大切な仲間なんだから」


「……っ!は、はい!ありがとうございます!」


涙ぐむ山田の背後で、クラスの女子たちが「天道くんって本当に優しい……」「転校生にも気配りできるなんて……」と囁き合っているのを、輝の鋭い聴覚は逃さなかった。


(よし。これで『弱者にも分け隔てなく接する慈悲深い生徒会長』という実績がまた一つ追加された。周囲へのアピールとしては満点だな)


午後の剣道部。


気迫のこもった稽古の中、輝はわざと後輩の打ち込みを数発受けた後、面を外して優しく諭した。


「惜しい!踏み込みはすごく良くなってるよ。ただ、竹刀の振りが少し大振りになっている。もっとコンパクトに、相手の懐に飛び込むイメージで……そう、それだ!いいセンスしてるじゃないか」


「あ、ありがとうございます、主将!」


(才能の欠片もない素振りだが、褒めて伸ばす『熱血で面倒見の良い先輩』を演じるための舞台装置としては悪くない)


そして、放課後の静まり返った生徒会室。


輝は窓の外、グラウンドで部活動に励む生徒たちを眺めながら、今日一日こなした『善良な自分』を脳内で総括していた。


(朝の挨拶運動で好感度のベースを上げ、昼休みの転校生救済で慈悲深さを演出、午後の剣道部では後輩指導で熱血漢の側面を見せた。……ふむ、今日も完璧だな。これで俺の学園での地位はさらに盤石になる)


彼にとって、人生はただの攻略ゲームであり、周囲の人間はすべて「自分を輝かせるためのNPCモブキャラ」に過ぎない。


そんな日常の仕上げとして、彼は机の上に置かれた一通のパステルカラーの封筒を手に取った。


「あ、あの、輝先輩!こ、これ、よかったら……!」


数分前、顔を真っ赤にして部屋に駆け込んできた一つ下の後輩女子の顔を思い出す。


図書委員で、大人しいが顔立ちは悪くない少女だった。


手紙を突き出された瞬間、輝は、まるで聖母のような、それでいて初恋の少年のような、絶妙なバランスの微笑みを浮かべた。


「ありがとう。君の気持ち、すごく嬉しいよ。一生懸命書いてくれたんだね。大切に読ませてもらうよ」


その一言で、彼女は人生最大の幸福を得たかのような、今にも天に昇りそうな顔をして去っていった。


だが、生徒会室の重厚な扉が完全に閉まり、パタパタという上履きの足音が廊下の奥へ遠ざかったのを確認した瞬間――輝の顔から、一切の温度が消え失せた。


先程までの柔和な好青年の面影は微塵もなく、そこにあるのは冷たく値踏みするような絶対者の眼差しだった。


「……またか。今月で五人目。全く、発情期の猿じゃあるまいし」


彼は忌々しげに呟くと、その手紙の封を綺麗に開け、中身を数秒で流し読みした。


ありきたりな恋心とポエムが綴られた便箋。


(『ずっと見ていました』ね。気持ち悪いな。さて、どう処理すべきか)


シュレッダーにかけるのが一番手っ取り早いが、万が一彼女に気付かれて変な噂を流されたりすると『完璧な天道輝』の経歴に傷がつく。


(とりあえず、保留だな。一ヶ月後に『君の気持ちは嬉しいけど、今は生徒会の仕事と剣道で手一杯で、誰かと付き合う資格がないんだ。ごめんね。でも、君のことは妹みたいに思ってるよ』とでも言って振っておくか。そうすれば、彼女は悲劇のヒロインを気取りつつ、俺の良き理解者として裏で動いてくれる手駒になる)


他人を傷つけず、それでいて期待を繋ぎ止めて利用し尽くす。


それが彼の生存戦略であり、処世術だった。


手紙を机の一番下の「保留ファイル」にそっとしまい込み、輝は帰り支度を始めようと立ち上がった。


だが、次の瞬間だった。


「……ん?」

彼の足元の床が、不気味な青白い光を放ち始めた。


フローリングの床板の上に、見たこともない複雑な幾何学模様――まるで魔法陣のようなものが、光の軌跡を伴って浮かび上がっていく。


(……なんだ?床が光って……プロジェクションマッピング?新手のドッキリか?いや、機材なんてどこにもない)


冷静な思考で状況を分析しようとしたが、光は急激に増し、視界を白一色に染め上げた。


足元から重力が消失したような浮遊感。


驚愕を顔に張り付かせる暇もなく、天道輝の意識は強烈な光の渦へと飲み込まれていった。


***


「……成功、したのですね。ああ、神様……!」


次に輝が目を開けた時、聴覚を打ったのは、鈴を転がすような、しかしひどく震える少女の声だった。


視界が晴れる。


そこは見慣れた生徒会室ではなく、石造りの冷たい、しかし荘厳な装飾が施されたドーム状の広間だった。


周囲の空気が重い。


むせ返るような香の匂いと、何かが焼け焦げたようなオゾン臭が漂っている。


目の前には、仰々しいローブと杖を持った数人の老魔術師たちが、極度の疲労に息を切らし、床に倒れ込んでいた。


そして、その中心。


倒れ伏す老人たちに守られるように、一人の少女が立っていた。


白銀の長い髪に、透き通るような白い肌。


瞳は深いサファイアのようで、豪奢なドレスを身に纏っている。


誰もが息を呑むほどの美少女だったが、その瞳には大粒の涙が溜まり、震える手で輝を見上げていた。


「勇者様……」


少女は輝の前に進み出ると、そのまま床に膝をつき、祈るように両手を組んだ。


「突然の不躾な召喚、心よりお詫び申し上げます。私はこのアーデルハイド王国の第一王女、アリシア・フォン・アーデルハイドと申します」


床に額を擦りつけるほどの勢いで、アリシアは言葉を絞り出した。


彼女は、自分たちが犯した『異世界からの誘拐』という大罪を痛いほど自覚しているようだった。


「あなたの世界での、あなたの尊い人生を、私たちの勝手な願いで奪ってしまいました。どんなにお詫びしても、決して許されることではないと承知しております。ですが……どうか、私たちを、魔王軍の脅威に滅びゆく民をお救いいただけないでしょうか……!」


ポロポロと、大粒の涙が石畳を濡らす。


輝は、混乱した素振りを装い、数歩後ずさった。


呼吸を荒げ、目を見開いて周囲を見渡す。


だが、その内心は驚くほど冷え切っており、超高速で現状を分析していた。


(なるほど。状況からして、ここは異世界。そして俺は『勇者』として召喚されたらしい。目の前の女は王女で、周りの老人は魔術師。魔法という非科学的な力も存在する世界)


輝は心の中で舌を巻いた。


(誘拐されて見知らぬ土地へ……普通ならパニックになる状況だが、これは好都合だ。『悲劇の被害者』でありながら『唯一の希望(勇者)』。これほど相手に罪悪感を抱かせ、かつ圧倒的優位に立てるポジションはない)


どう振る舞うのが、この状況で最も自分の価値を高めるのか、答えは一瞬で出た。


輝はふらりと身体を揺らし、膝をついているアリシアの前にしゃがみ込んだ。


そして、困惑と、恐怖と、それでも目の前の少女を気遣うような――アカデミー賞モノの『善良な青年』の表情を作り上げた。


「アリシア様……と言うのですか?正直、何が起きたのか全く状況は飲み込めていません。ここは僕の知る世界じゃないんですよね?」


「は、はい……申し訳ありません……」


「頭を上げてください。僕みたいな平凡な学生に、何ができるかは分かりませんが……君が、君たちがそれほどまでに困っているのなら、話を聞かせてくれませんか?」


輝は、アリシアの震える両手をそっと包み込むように握った。


その手は温かく、力強かった。


「勇者様……!ああ、なんという……なんと慈悲深いお方……!」


アリシアは感動に全身を震わせ、輝の手を握り返した。


彼女の瞳には、輝が文字通り『神の使い』か何かのように映っているに違いない。


「まずは父上がお待ちです。王宮の謁見の間へ……。そこで、すべての事情をご説明いたします」


***


案内された謁見の間は、輝のいた世界のどんな高級ホテルも霞むほど、目が眩むほど豪華で広大な大広間だった。


赤絨毯の先、一段高くなった玉座には、この国の頂点に立つ王族たちが並んでいる。


周囲には重武装の騎士や、煌びやかな衣装を纏った貴族たちが、期待と不安の入り混じった表情で輝を見つめていた。


アリシアが輝の斜め前に立ち、家族を紹介し始める。


「勇者様。こちらが私の父であり、このアーデルハイド王国の王であるリチャードです」


「勇者殿、よくぞ参られた。身勝手な召喚、断じて許されるものではない。だが、もはや貴殿の力なくしてはこの国は、いや、この世界は保たんのだ」


金髪碧眼の精悍な顔立ちだが、深い自責の念と過労からか、酷く憔悴した様子のリチャード王が、王冠を戴いた頭をゆっくりと下げた。


一国の王が、見ず知らずの若者に頭を下げるという異常事態。


(チョロい。この王も完全に罪悪感で雁字搦めだ。俺が少しでも被害者ぶれば、どんな要求でも通りそうだな)


「そしてこちらが、母である王妃エレオノーラ。そして弟の第一王子、ジャックです」


気品あふれるが瞳に悲しみを湛えた美しい王妃エレオノーラと、自分より少し年下の、金髪を少し跳ねさせた少年王子ジャック。


「初めまして、勇者様。母として、一人の人間として、前途あるあなたにこのような重荷を背負わせることを、心苦しく思いますわ。どうか、我々の無力をお許しください」


王妃の言葉は淑やかで心からの謝罪に聞こえたが、輝の目は騙されない。


(この王妃、悲しんでいるふりをしているが、目は笑っていないな。したたかな女だ。自分の国を守るためなら、異世界の人間など使い捨ての道具としか思っていないタイプの目だ。……嫌いじゃない)


「……フン、こいつが伝説の勇者かよ」


その時、沈黙を破って不遜な声が響いた。


第一王子ジャックだった。


彼は輝の制服姿を頭からつま先まで値踏みするように睨みつけた。


「見た目はただのひ弱な男にしか見えないがな。こんな奴が魔王を倒せるなんて、到底信じられないね。姉上も父上も、期待しすぎじゃないのか?」


「ジャック!なんという無礼だ!控えおろう!」


リチャード王が顔を真っ赤にして怒鳴りつける。


周囲の貴族たちも一斉に青ざめた。


(ほう)


輝は心の中でほくそ笑んだ。


(王、王女は罪悪感で操りやすい『善人』。王妃は計算高いが、利害が一致すれば使える。だがこの王子だけは、俺の地位を脅かす『不確定要素』か。……面白い。ここでこの『嫉妬心丸出しのガキ』を叩き潰しつつ、俺の株をさらに上げてやる)


輝は、ジャックの露骨な挑発と敵意を全く気にしていないかのように、むしろ彼を気遣うような、柔らかく爽やかな微笑みを浮かべた。


「ジャック殿下、怒らないでください。殿下がそう思われるのも当然です」


輝の落ち着いた、そして謙虚な声が謁見の間に響き渡る。


「僕は自分の世界では、ただの学生に過ぎませんでした。剣を振るったことはあっても、人を傷つけたことなんてありません。皆さんが期待するような英雄の器かどうかは分かりません。ですが……」


輝は心の中で『ステータスオープン』と唱え、謁見の間に移動するまでの間に確認した自身のステータスボードを、一部を除いて空中に投影するように念じてみた。


すると、思い通りに投影されたステータスには『全属性魔法適性S』『聖剣術S』『限界突破』といった、常軌を逸したスキルの数々が並んでいた。


「この力が、少しでも皆さんのお役に立てるのであれば。僕にできる限り、微力を尽くさせていただきます」


静寂。


そして。


「……な、なんと……!全属性Sだと!?建国伝説の勇者様すら上回る数値ではないか……!」


その常識外れのステータスと、それをひけらかすことのない極めて謙虚な態度に、謁見の間は驚愕と感嘆の渦に包まれた。


王妃エレオノーラすら「なんという……」と感嘆の息を漏らし、リチャード王は涙ぐんで我が意を得たりと深く頷いた。


「……ば、化け物かよ……!」


ジャックは、完全に毒気を抜かれ、圧倒的な才能の差を突きつけられて、顔を真っ赤にして顔を背けるしかなかった。


(勝負あり、だな。ジャック王子、君の当て馬としての役割は完璧だったよ。ありがとう)


リチャード王は玉座から立ち上がり、階段を降りて輝の前に歩み寄ると、その両手を力強く、縋るように握りしめた。


「おお、勇者殿……!その高潔な志、痛み入る。貴殿こそが我がアーデルハイド王国、いや、この世界の希望の光だ!今日より、この王宮のすべては貴殿のためにある。金でも、武具でも、地位でも、何なりと望むがよい!」


王の言葉を合図に、周囲を囲む家臣たちや騎士たちから、割れんばかりの歓声と拍手が巻き起こった。


「勇者様万歳!」


「アーデルハイドに光を!」


「我らが救世主!」


輝は、その熱狂と称賛の中心で、アリシアの涙ぐむ、恋するような瞳を優しく見つめ返し、王には頼もしげに力強く頷いて見せた。


完璧な英雄。


完璧な救世主。


誰もが彼を疑わず、彼にすべてを委ねようとしている。


だが、その脳内では、冷酷で邪悪な計算が歓喜の火花を散らしていた。


(まずは王族全員の好感度を限界まで上げ、実質的な権力を掌握する。邪魔な王子は適当な理由をつけて辺境にでも左遷させよう。そして、この世界の無知な連中を操り、魔王という脅威をダシにして、俺の……俺だけの新しい絶対的な帝国を築き上げてやる)


異世界。


それは、倫理も法律もしがらみもない、彼にとって無限の可能性を秘めた盤面だった。


(ああ、最高だ。この異世界は、俺にとって最高の『遊び場』になりそうだ)


偽りの勇者は、熱狂的な喝采に包まれながら、誰にも悟られぬよう心の中で深く、静かに嗤った。

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