第27話:神の退屈と完全なる全自動化
アーデルハイド王国の別荘にて天道輝は静かに目を閉じていた。
彼がこの世界に降り立ってから展開し続けていた自身の分身体たち。
それらは世界のインフラを支え裏社会を牛耳り勇者としての表向きの顔すらも演じ切るための極めて有用な手駒であった。
だが一億体という異常な数を同時に操った経験から輝は自身の脳にかかる負荷を完全にゼロにする究極の解決策へと至っていた。
「……今日で俺自身の分身体による直轄管理はすべて終了とする」
輝が低く呟くと同時に彼の目の前に展開された数百のシステムウィンドウが次々と緑色の完了サインを点灯させていく。
それは輝自身の魔力と意識で動いていた分身体たちを完全に独立した自我を持つ一人の『人間』として再構築する儀式であった。
王都の高級街にそびえ立つ巨大な商会本部。
そこで貴族の裏資金と欲望を完璧にコントロールしていた絶世の美女『エリス・ビューティー』は主からの膨大な魔力と生命の息吹を受け取り静かに目を開いた。
「……ああ、なんと素晴らしい。主様より私という個に真の命を賜るとは」
彼女はかつて輝の単なる端末であったが今や彼が設定した通りの狡猾さと美貌を併せ持つ独立した一人の女性として生まれ変わったのである。
同じ頃、魔王討伐の旅を続ける公式の勇者パーティが野営をしているテントの中。
寝息を立てる聖女クラリスのすぐそばで焚き火の番をしていた『理想の勇者』とその仲間たちもまた密かに光に包まれていた。
輝はクラリスに微塵も悟られないようこれまでの経験や記憶はもちろんのこと少し抜けた演技の癖に至るまでを完璧に引き継がせた独立個体を生成し瞬時にすり替えたのである。
「……よし、これで入れ替え完了だ。クラリスの横にいるのはもう俺の分身じゃない。俺が創った完璧な『勇者役の役者』だ」
そして帝国において冒険者クランを束ねる男の運命もまた大きく変わっていた。
ヴォルガンド帝国の煌びやかな大夜会。
帝国最強の騎士として君臨するジークは無数の貴族令嬢たちに取り囲まれていた。
「ジーク殿!貴方ほどの武の才を持つ者がいつまでも一介のクランマスターなどと……どうか私の伴侶となりこの国を支えてくださいませ!」
第三皇女であるカタリナが熱を帯びた瞳で彼に詰め寄る。
彼女だけではない。
周囲に群がる名だたる大貴族の令嬢たちも一斉に彼へと熱烈な視線を送り続けている。
だがジークの内心は極めて冷静かつ冷徹であった。
(主より真の命と肉体を与えられ、今の私には生物としての本能がある。だが、私の心身は主のためにある。その事実に揺らぎはない)
以前の彼は物理的に男性としての機能を持たない人形に過ぎなかった。
しかし今は違う。
完全な人間の男としての機能を手に入れたにもかかわらず彼は自らの強靭な意志と主への絶対的な忠誠心によってその本能を完全にねじ伏せていたのである。
ジークは群がる令嬢たちを冷たい目で見回し誰一人として特別扱いすることなく言い放った。
「お断りいたします、カタリナ皇女殿下、そして令嬢の方々。私の剣も、この心身も、すべては我が主のためにあります。特定の誰かを愛し、色恋にうつつを抜かすつもりは生涯ありません」
その徹底的に冷酷な拒絶の言葉は令嬢たちのプライドを粉々に打ち砕くかと思われた。
だが結果は真逆であった。
「くぅぅっ……!私たち全員を一顧だにしないその徹底した忠誠心!いかなる誘惑にも揺らがぬ鋼の騎士……!ますます惚れ直したわ!!」
カタリナ皇女が身をよじって歓喜の声を上げる。
周囲の令嬢たちもまた誰も彼を独占できないという事実と特定の誰にもなびかないその硬派な態度にさらに熱狂し始めていた。
(なぜこうなる……主よ、私はただ事実を述べただけだというのに)
内心で嘆きながらもジークは決して表情を崩すことなくその場に立ち尽くしていた。
一方その頃。
すべての権限移譲を終え六千七百万もの配下に一切の業務を丸投げすることに成功した天道輝は王城の別荘でふかふかのソファに深く沈み込んでいた。
「終わった。俺の理想としていた完全な全自動化が完成した」
世界のインフラ管理から日常の勇者業に至るまで自分はもう指一本動かす必要がない。
完全なるニート生活の始まりである。
輝は達成感に包まれながらそのまま目を閉じ優雅な昼寝を満喫した。
そして数日が経過した。
「……あれ?これ、今日一日マジでやることがないぞ」
輝は虚無の表情で天井を見つめていた。
食事は最高の料理人が運び部屋は配下が常に清潔に保ち世界のいかなる問題も彼が耳にする前にシステムが自動で解決してしまう。
圧倒的な退屈。
それは彼がこれまでの人生で味わったことのない恐るべき虚無感であった。
「……なるほど。前任者の邪神が、わざわざ面倒な自爆トラップを仕掛けたり、勇者を召喚して遊んでいた理由がよくわかった。神という座は、恐ろしいほどに『退屈』なんだ」
このままでは自分も退屈で狂ってしまう。
そう直感した輝は自らの現代の知識と感性を活かしこの完璧な箱庭を使った『究極の趣味』を考案した。
「おい、絵里奈の視覚情報をメインスクリーンに投影しろ。ポップコーンの準備も頼む」
輝が命じると虚空に巨大な魔法のウィンドウが展開された。
そこには暗くジメジメとしたダンジョンの奥深くで泥にまみれながら魔物と戦う高梨絵里奈の姿が映し出されていた。
輝にとって彼女の泥臭いダンジョン攻略は最高の『リアリティショー』であった。
「おっ、今日の絵里奈は毒沼エリアか。少し刺激が足りないな。……よし、『ミッション:泥沼の中で華麗なステップを三回踏め。失敗すれば報酬カット』と。さあ、どうする先輩?」
輝は楽しげに笑いながらシステムを通じて直接彼女の脳内に『神託』という名の無茶振りを送信した。
ダンジョンの最下層。
毒の瘴気が立ち込める沼地のど真ん中で絵里奈は突然鳴り響いた脳内のアナウンスに絶叫した。
「はぁ!?なによこのふざけた神託ウィンドウは!華麗なステップゥ!?絶対あいつだ、絶対あのチート坊やが暇つぶしで私を見てるんだわ!」
彼女は怒りで顔を真っ赤にしながら周囲の毒トカゲを蹴り飛ばした。
だが逆らえば寿命が縮むかさらに酷い目に遭う恐怖が彼女のプライドをあっさりと凌駕する。
「……くそっ、いち、にっ、さん!これでいいんでしょこの野郎!!」
絵里奈は涙目になりながら膝まで浸かった泥沼の中でやけくそのステップを踏んだ。
ドグチャッという間抜けな音がダンジョンに響き渡る。
「ぷっ……あははははっ!なんだその間抜けな踊りは!最高だぞ先輩!」
別荘のソファでポップコーンを頬張りながら輝は腹を抱えて大爆笑していた。
神々の退屈な時間を紛らわすための新たな娯楽がここに誕生した瞬間であった。




