第28話:完全なる箱庭と偽りの神
アーデルハイド王国の経済の中心である王都の巨大商会『エリス・ビューティー』の最上階では三人の支配者が優雅にグラスを傾けていた。
彼らはかつて天道輝の分身体として生み出されこの商会を立ち上げた創設者たちである。
精悍な顔立ちで武力と裏社会の護衛部門を束ねる青年カイル。
完璧な交渉術と緻密な計算で各国の貴族を取り込み政治的な暗躍を担う男エリック。
そして知的な美貌を武器に社交界の情報を吸い上げる秘書リア。
女一人と男二人という完璧な役割分担で構成された三人の幹部は今や大陸中の経済と裏情報を完全に掌握していた。
「主様から真の命と自我を賜ってからというもの、毎日の知略戦が楽しくて仕方ありませんわ」
「全くだ。分身体だった頃とは違い、自分の意思で他国を経済的に侵略し、合法的に搾取するこの快感は筆舌に尽くしがたい」
「だが忘れるなよ。我々の利益も命もすべては偉大なる主様のためにある。一ミリの誤差もなく上納金を納め、反逆者の芽を摘むのだ」
彼らはそれぞれが独立した自我と強烈な欲望を持ちながらもその魂の根底には輝への絶対的な忠誠心が狂気のように刻み込まれていた。
一方で王城の広場では今日も民衆の割れんばかりの歓声が響き渡っている。
その中心に立つのは輝が創り出した『理想の勇者』という名の独立生命体であり彼の隣には聖女クラリスが陶酔したような甘い笑顔で寄り添っていた。
「皆様の笑顔を守るため、僕は何度でも剣を振るいます。この命が尽きるまで」
偽りの勇者が爽やかにそう宣言すると民衆は感動のあまり涙を流してその名を叫び続ける。
次期女王であるアリシアもまた城のバルコニーからその光景を見下ろし熱に浮かされたような瞳で勇者を見つめていた。
「ああ……私の勇者様。貴方さえいてくれればこの王国は永遠に安泰ですわ。誰にも渡しません……貴方は私だけの救世主なのですから」
彼女の精神はすでに勇者という存在に完全に依存しきっており王国の中枢は輝の描いたシナリオ通りに盤石の体制を築き上げている。
ヴォルガンド帝国では生殖機能を己の意思で封印していると勘違いされたジークが鋼の騎士として絶対的な権力を確立していた。
彼が指揮する『総合ギルド』は今や国家の正規軍すら凌駕する実質的な世界最強の武力機構となっている。
さらに輝が生命創造で生み出した六千七百万人の管理官たちは世界の隅々にまで行き渡りアリ一匹の挙動すら見逃さない完璧な監視網を形成していた。
世界中のあらゆる不満や反乱の種は発芽する前に事務的に摘み取られ誰もが輝の用意した檻の中で平和という名の麻薬に溺れているのだ。
「ああ、なんて素晴らしい世界なんだろうな」
王城の最も安全な別荘の最上階で天道輝は最高級のワインが入ったグラスを揺らしていた。
彼は虚空に展開された巨大なメインスクリーンを眺めながら至福の笑みを浮かべる。
そこには輝から下される理不尽なデイリーミッションに涙目で抗う高梨絵里奈の姿が鮮明に映し出されていた。
「ちょっと待ちなさいよ!なんでこのボス部屋だけ巨大スライムが三百匹も落ちてくるのよ!聞いてないわよ!」
泥まみれになりながら絶叫する先輩勇者の姿は永遠の命と全能の力を得た輝にとって退屈を紛らわす最高のエンターテインメントであった。
彼女の背後から迫る毒々しいスライムの群れに向かって絵里奈は自暴自棄のように炎の魔法を連発している。
輝は楽しげに指先を動かしシステムを通じて直接彼女の脳内に新たな神託という名の無茶振りを送信した。
『ミッション追加だ。魔法は禁止。物理攻撃だけでそのスライムの群れを全滅させろ。失敗したら明日の晩御飯は抜きだ』
画面の向こうで絵里奈が発狂したように地団駄を踏んだ。
「ふざけるなチート坊やぁぁッ!こっちは魔法職メインなのよ!ああもうヤケクソよ!物理で殴ればいいんでしょ物理で!」
半泣きになりながら持っていた杖でスライムをタコ殴りにする姿を見て輝は腹を抱えて笑い転げた。
ひとしきり笑った後で輝はゆっくりと立ち上がり窓辺へと歩み寄った。
最初はただの理不尽な異世界召喚だった。
誰もが彼を同情すべき被害者であり世界を救う希望の星だと信じて疑わなかった。
だが彼は持ち前の現代の論理的思考と底知れぬ支配欲そして魔法という名のチートを駆使して邪神を倒し、亜神という名の管理者となった。
前任の邪神は時空の果てへ消え去り魔王は自作自演の舞台装置にすり替わり人類もエルフも全てが彼の掌の上で踊る精巧な人形となった。
彼を少しでも疑う者はすでに六千七百万の監視網によって社会的に抹殺されるか記憶を改ざんされるかあるいは彼に永遠の忠誠を誓う狂信者へと成り果てている。
「俺はもう戦わないし働くこともない。ただこの最高の特等席で永遠に続く最高の喜劇を見下ろすだけだ」
眼下に広がるのは美しく整備された王都の街並みであり紛れもなく彼自身が完璧に創り上げた完全なる箱庭である。
誰一人としてこの世界の真の支配者が誰であるかを知らない。
平和という名の強固な檻の中で人々は今日も偽りの幸せを謳歌し続ける。
誰にも気づかれることなく世界の理を書き換えた偽りの勇者は全知全能の亜神として今日も静かにそして冷酷に微笑み続けている。
これで完結とさせて頂きます。
気が向いたら続きを書きます。
最後まで読んで頂いて、ありがとうございました。




