第24話:偽名と真実、綻びの追跡
王城の深奥に位置する輝の専用別荘は異様なまでの静寂と圧倒的な情報密度に支配されていた。
広大な執務室の壁という壁を覆い尽くすように展開された無数の半透明なウィンドウが淡い光を放っている。
その中心に鎮座する豪奢な執務机で天道輝は静かに目を閉じ自らの脳内に流れてくる整理されたデータを味わうように解析していた。
彼の周囲には生命創造魔法によって生み出された漆黒のドレスを纏う64人の文官たちが一糸乱れぬ動きでウィンドウを操作し続けている。
彼女たちは輝の分身体ではなく独自の自我と高度な演算能力を与えられた完全なる別個体であった。
「……素晴らしい。脳のロードアベレージが劇的に下がっている。やはりこの自律型階層ネットワークは完璧だな」
輝はゆっくりと目を開き自身の構築した組織のツリー構造を思い描いた。
彼が最初に行ったのはたった16人の直属の部下を創造することだった。
そしてその16人にそれぞれ4人の部下を生命創造魔法で生み出させさらにその4人がまた4人を創るという『再帰的拡張』のプロセスを10回繰り返させたのである。
魔法というファンタジーの力とプログラミングのループ処理という現代の概念が悪魔的な融合を果たした結果だった。
4,194,304人を一個師団としそれが16個師団。
総勢67,108,864人という常軌を逸した数の自律型管理官がたった数日のうちにこの世界へ産み落とされたのだ。
「11階層、6,700万人超えのネットワークか。これだけの目があれば、森の草木1本に至るまで完璧な監視の目が届く」
輝は満足げに唇を歪め手元のコンソールに表示された1つの名前に視線を落とした。
『高梨』
昨日王都の冒険者ギルドで異常なクエスト達成効率を叩き出し輝の目に留まった新米冒険者の登録名である。
「(画面を指先で弾きながら)……やはり、この『高梨』のデータはおかしい。日本人名を名乗るブラフだとしても、この経歴データの連続性の無さはどうだ。プロットの穴が多すぎて、B級映画の脚本でも読んでる気分だよ」
輝は画面上の文字列を冷酷なプロファイラーの目で見つめた。
「もし俺を確実に殺しに来る刺客なら、名前で自己主張をしたとしても、裏付けとなるログはもっと巧妙に偽装するはずだ。それにしても、ログの作り込みが甘すぎるぞ。これは現場のシステムを知らない奴が机上の空論で作った偽造データだ」
輝が画面をスワイプすると高梨という人物の過去の経歴データが滝のように流れ出てくる。
「幼少期の納税記録に明らかな不整合がある。それに近隣住民の記憶も不自然に書き換えられた痕跡が残っているな。いくら精神干渉で個人の記憶を弄っても、ビッグデータによるクロスチェックの前では世界のシステムとの間に生じた綻びは隠しきれない」
輝は玉座のような椅子から立ち上がり周囲を囲む64人の文官たちに冷徹な声で命じた。
「上位64名はこのまま別荘でデータ解析に専念しろ。残りの16個師団は世界全土のダンジョンと街道に分散配置だ。アリ1匹の挙動までログに残せ。俺の庭で勝手をするバグを、1匹残らずあぶり出すぞ」
「御意のままに、主様」
64人の文官が一斉に深く頭を下げる。
その瞬間67,108,864人という途方もない数の不可視の軍隊が世界中に張り巡らされた鉄壁の監視網として本格的な稼働を開始した。
一方その頃。
王都の冒険者ギルドに併設された酒場はいつものように冒険者たちの喧騒と熱気に包まれていた。
「いやー、今日のクエストも楽勝だったな!高梨ちゃんの索敵能力、マジで神がかってるぜ!」
「ほんとほんと!おばあちゃん仕込みの知恵、最高!」
仲間たちがジョッキを掲げて陽気に笑う中高梨絵里奈は愛想笑いを浮かべながらもグラスを持つ手を微かに震わせていた。
「えへへ……みんなが強いおかげだよ」
口ではそう答えながらも彼女の背筋には氷のような悪寒が絶え間なく走り続けている。
(何なのよ、この息苦しさは……。昨日ギルドで見たあの不気味な女の気配が、今は1人や2人じゃない。街の通行人、建物の影、風の中にまであの『監査』の波動が満ちている……!)
彼女は100年以上を生き抜いてきた亜神としての非論理的な直感で周囲の空間の異常を察知していた。
かつて自分がこの世界の頂点に君臨していた頃には考えられないほど世界の密度が重く息苦しく変化しているのだ。
絵里奈は会話の輪から少しだけ視線を外しテーブルの下で密かに自身の魔力を練り上げた。
昨日あっけなく消された分身体『種』の隠蔽率を限界まで引き上げ、塵よりもさらに細かくして空間に放とうとしたのである。
だが。
「……ッ!?」
絵里奈は息を呑み顔面を蒼白にさせた。
彼女の手のひらから放たれた高度に偽装されたはずの種すらも、展開された端から空中でシュンッという微かな魔力の摩擦音とともに消滅していくのだ。
それは魔法による迎撃などという生易しいものではない。
街の至る所に配置された不可視の管理官たちがシステムの不純物として事務的にデバッグ処理を行っている結果であった。
「(震える手でグラスを握り)……バカな。ギルドだけじゃなく、街全体がデバッグの対象になってる。あいつ、たった数日でどれだけの手駒を量産したのよ……。これじゃ、一歩も動けないじゃない……!」
絵里奈の心にこれまでにないほどの絶望的な恐怖が這い上がってくる。
強大な魔法による攻撃であれば防ぐ手段もある。
しかし世界そのもののルールとして彼女の存在を隅々まで監査し自動的に排除しようとするこの軍隊規模の監視網の前ではこれまでのどんな戦術も意味を成さない。
「どうしたの高梨ちゃん?顔色が悪いみたいだけど」
「え……ううん、なんでもないの。ちょっと酔っ払っちゃったみたい」
絵里奈は必死に声を振り絞り可憐な少女の演技を維持した。
しかしその心臓は早鐘のように打ち鳴らされ額には冷たい汗が滲んでいる。
絶対的な支配者となった後輩勇者の構築した冷徹なシステムが100年の経験を持つ先輩勇者の逃げ道を確実にそして無慈悲に塞いでいく。
張り巡らされた67,108,864の蜘蛛の糸の中心で絵里奈は自分が逃れられない罠に捕らえられたちっぽけな獲物であることを悟り始めていた。




