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腹黒勇者は「理想の救世主」を演じきる  作者: tky
第2章:魔王を創造する神

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第23話:交錯する網と静かなる接触

王都の冒険者ギルドはいつものように荒くれ者たちの熱気と酒の匂いに包まれていた。


「……ふぅ、やっと終わったわ」


高梨絵里奈は新米冒険者としての偽りの姿のまま依頼された薬草採取のクエスト報告を終え小さく息を吐いた。


彼女の周囲には精神干渉魔法によって『少し優秀なだけのおばあちゃん子』という認識を植え付けられたパーティメンバーたちが談笑している。


「お疲れ様!今日も大活躍だったな!」


「ほんと、田舎のばあちゃん仕込みの薬草の知識、マジで助かるぜ!」


彼らの脳内では絵里奈の不自然なほどの動きの良さや危機回避能力は全て『田舎の知恵』という都合の良い解釈に変換されていた。


だが絵里奈の内心は彼らの呑気な賞賛とは裏腹に極限の緊張状態にあった。


(あいつの監視は絶対に厳しくなってる。一歩でも踏み外せば……見つかって消される)


彼女は自身の衣服や他者の影に潜ませた微細分身体『種』を通じてギルド内の会話や魔力の流れを慎重に拾い上げていた。


しかしその時である。


ギルドの重厚な木の扉が音もなく開き一人の女性が足を踏み入れた。


漆黒のドレスを纏ったその姿は場違いなほどに洗練されており周囲の喧騒が一瞬にして静まり返る。


「……なにあれ」


絵里奈は息を呑んだ。


その女性からは一切の魔力が感じられない。


いや魔力がないのではなく彼女の存在そのものがこの世界に完璧に溶け込んでおり違和感を抱くことすら難しいのだ。


まるで世界のシステムの一部が人の形をとって歩いているかのような錯覚。


(魔力がない?いや違う……システムと同化してる……?)


その瞬間絵里奈の脳内に鋭い痛みが走った。


「っ……!」


彼女がギルド内に潜ませていた微細分身体『種』が次々と消滅していくのを感じ取ったのだ。


漆黒の女性が歩みを進めるたびに彼女の周囲に展開されている不可視の『監査の波動』が絵里奈の種を不純物として自動的にデバッグしていく。


(冗談でしょ……あの女、歩くだけで私の分身体を消去してる……!)


圧倒的な力の差を見せつけられ絵里奈は奥歯を噛み締めた。


「どうしたの?顔色が悪いみたいだけど」


パーティのリーダーが心配そうに声をかけてくる。


「え、ええ……ちょっと疲れちゃったみたいで。おばあちゃん、いつも無理しちゃダメって言ってたのに……えへへ」


絵里奈は必死に精神干渉を自身にもかけ『ただの怯える少女』を完璧に演じきった。


漆黒の女性は絵里奈の背後を通り過ぎる際ほんの一瞬だけ立ち止まり感情のない瞳で彼女の背中を見つめた。


その視線は絵里奈の魂の奥底までをも見透かしているかのように冷たかった。


だが女性は何も言わず再び歩き出しギルドの奥へと消えていった。


(……危なかった。今の女、あいつが作り出した『人形』なの?あんな精巧なシステム端末を量産してるっていうの……!)


絵里奈は冷や汗を拭いながら自分がどれほど恐ろしい領域に足を踏み入れているのかを痛感していた。


一方その頃。


王城の奥深くに設えられた別荘の自室で天道輝は複数展開されたウィンドウを前に唸り声を上げていた。


「……よし、管理官たちの同期は取れてるな。自律型にしたおかげで俺の脳のロード平均は劇的に下がったぞ」


一億の並列処理によるオーバーフローを経験した輝は中央集権的な管理の限界を悟り自律思考を持つ『管理官』たちを創造した。


彼女たちは輝の脳に直接負荷をかけることなく独自の判断で世界中の異常を監査し必要なデータだけを彼に送信してくる。


「まるで会社のDXだな。これでようやく俺も少しは楽ができる……」


輝は元日本の高校生らしい感想を漏らしながら送られてくるギルドの統計データを流し見していた。


花粉テロによるノイズは完全に消滅しログは正常値を示している。


だが一人の管理官……アルファから送られてきた一つのレポートが彼の目を釘付けにした。


『王都ギルドにて新人冒険者のクエスト達成効率に統計学的な異常を検知。対象の動きに一切の無駄がなく数十年の熟練者に匹敵する軌跡を描いています』


「……なんだこれ」


輝はマウスを操作するように指先を動かしその『新人冒険者』のデータを引き出した。


名前は高梨。


一見すればただの運が良い要領が良い新人だが、名前が日本人でああり、そのクエスト達成時間は平均的な新人の四百パーセントも速い。


「いくらなんでもショートカットしすぎだろ。これ裏技チートを使ってるか仕様を熟知してる奴の動きだな」


輝は少しゲーム感覚で面白がりながらもその裏に潜む可能性に目を光らせた。


あの花粉テロを仕掛けた『同郷のハッカー』がまだこの世界のどこかに潜伏している。


「……バグか、それとも意図的なハッキングか。あからさまに日本人の名前を名乗ってるあたり、こちらの出方を伺っていると思うが、どっちにしろ関係者で間違いないだろう。一度『スキャン』してみる必要があるな」


輝は高梨の偽造された経歴の『綻び』を検索し始めた。


そして同時にアルファに対して命令を下した。


『対象を捕縛する必要はない。泳がせて通信元、つまり本体を特定しろ』


「さあ隠れん坊の続きと行こうぜ。お前がどんなチートを使おうが俺の構築した監査網からは逃げられない」


輝は冷徹な管理者の顔で虚空のログを見据えた。


王都のギルドで息を潜める絵里奈と、別荘から彼女を数値として追い詰める輝。


直接的な刃を交える前の極限の情報戦が今静かに加速していく。

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