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腹黒勇者は「理想の救世主」を演じきる  作者: tky
第2章:魔王を創造する神

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第22話:不可視の手と神の模倣

高梨絵里奈は王都の喧騒に紛れ冒険者ギルドの薄暗い片隅で震える手で安酒を煽っていた。


「……どういうことよ。あり得ない。絶対にあり得ないわ」


彼女がヤケクソで仕掛けたスギ花粉による原因不明の疫病と猛毒を持つ動植物の異常増殖。


最初から効果が薄かったなら分かるが、深刻な事態からV字回復したという。


つまり、それらはこの世界の既存の魔法体系では治療も防御もできないシステムの隙間を突いた完璧な概念攻撃だったはずである。


しかし今彼女の目の前に広がるギルドの光景は活気に満ち溢れていた。


くしゃみと涙で顔を腫らしていた冒険者たちはすっかり健康を取り戻し未知の毒虫の被害報告もピタリと止んでいるらしい。


「あいつ……あのチーター野郎、一体何をしたのよ!?神の奇跡でも起こしたっていうの!?」


管理者権限を持たない絵里奈には輝が裏で一億もの分身体を並列稼働させ限界ギリギリの人海戦術でデバッグを行ったことなど知る由もない。


彼女の目に映るのは自分がばら撒いた広範囲の致死性ウィルスがたった数日で世界から完全に無かったことにされたという異常な現実だけだった。


どれほど高度な魔法を重ねても世界全域に広まった花粉や暴走する獣を数日で完全に鎮圧するなど絵里奈の知る亜神の領域ですら不可能に近い。


まるで目に見えない巨大な手が世界そのものをまるごと書き換えたような圧倒的な違和感。


「ただの運が良いだけの後輩だと思ってたのに……あれはダメよ。完全にバケモノじゃない」


自分が挑んでいる相手が底の知れない化け物であることを本能で理解し絵里奈の背筋に氷を押し当てられたような強烈な寒気が走る。


だが彼女に退路はない。


寿命という名の死神が背後に迫る中彼女は震える指先を自身の胸元に当て残された魔力を極限まで細かく練り上げ始めた。


「……いいわ。正面からの物量作戦がダメならもっと深く細胞レベルで潜り込んでやる」


絵里奈は自身の魂の欠片を切り離し隠蔽魔法を極限まで重ねた特殊な分身体を量産し始めた。


それはこれまでの人型ではなく風に舞う塵や道端の小石にすら擬態できるほど微細な種のような分身体であった。


「これならあの忌々しい勇者の監視網にも引っかからないはずよ」


彼女は生み出した無数の種をギルド内を行き交う冒険者たちの影や衣服に密かに付着させていった。


他者に寄生し微弱な魔力を吸い上げながら情報収集のネットワークを再構築する究極の潜伏工作である。


「必ず見つけてやるわ。あんたのその余裕のツラが絶望で歪む瞬間をね……!」


可憐な少女の姿のまま絵里奈は老婆のようなおどろおどろしい笑みを浮かべ自身のパーティメンバーの輪へと戻っていった。


一方その頃。


王城の奥深くに設えられた別荘で天道輝は深いソファに沈み込みながら熱い紅茶を啜っていた。


「……ふぅ。マジで脳みそがショートするかと思ったぞ」


動植物の個体識別と上限数値のマクロ設定を完了させた代償は大きく今もまだ頭の奥がズキズキと痛んでいる。


「一億の並列処理は流石に二度とやりたくないな。俺の脳というたった一つのサーバーに負荷を集中させる中央集権型は限界がある」


一応の平穏を取り戻した虚空のシステムログを眺めながら輝は自身の戦略の甘さを反省していた。


世界中の知識を保有するチートスキルのおかげでシステムエンジニアのような思考で世界を管理しているが結局のところシステムを動かしているのは彼自身の脳なのだ。


「俺の命令を咀嚼して自律的に動き俺の脳に負荷をかけない真の部下が必要だ」


輝は紅茶のカップを置き魔法創造のさらに奥底にある禁忌の術式を展開した。


それは自分のコピーである分身体ではなく魂の核から新たに造り上げる生命創造の奥義である。


「出でよ。俺の目となり耳となりこの箱庭を管理する守護者たち」


輝の影が揺らめきそこから漆黒のドレスを纏った数人の女性たちが音もなく姿を現した。


以前生み出した身の回りの世話をするメイドと同じく彼女たちの瞳には高度な知性が宿り分身体にはない独自の生命力が溢れている。


「主様。私共に御命じを」


彼女たちは輝の脳に直接負荷をかけることなく自らの意志で状況を判断し監査を行う機能を持った生きたデバイスである。


輝は膝をつく彼女たちを見下ろし冷徹な管理者の顔で告げた。


「お前たちは世界中の冒険者ギルドへ潜入し不自然に優秀な冒険者のリストを洗い出せ。特に俺の動植物パッチの網の目から漏れた例外個体がいないか徹底的に調査するんだ」


あの原因不明の動植物の異常増殖と花粉テロ。


バグの増殖はマクロで食い止めたがそのバグをばら撒いたハッカーはまだこのネットワークのどこかに潜伏しているはずだ。


「隠れん坊は終わりだ。俺の庭で勝手をするウイルスは根こそぎデバッグしてやる」


輝は新たに生み出した管理官たちを世界という名の広大な戦場へと解き放った。


見えない壁に恐怖しながらも寄生を試みる先輩勇者と世界の綻びを完璧に修復しようとする後輩勇者。


神の力を持つ二人の地球人による見えない情報戦はさらに深く静かに加速していく。

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