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腹黒勇者は「理想の救世主」を演じきる  作者: tky
第2章:魔王を創造する神

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第18話:異星の勇者と花粉の脅威

輝が警戒しているエレオノーラとセリアは、高梨絵里奈という人物の分身体であった。


その高梨絵里奈は薄暗い神殿の玉座でギリッと奥歯を強く噛み締めた。


「ふざけないでよッ!」


誰もいない冷たい石造りの広間に彼女のヒステリックな叫び声が虚しく響き渡る。


彼女はこの過酷な星に『勇者』として召喚されてからすでに百年以上の歳月を生き抜いてきた。


地球の日本という平和な国でごく普通の女子高生だった彼女が、高度な精神干渉というスキルを駆使して、血反吐を吐くような努力と無数の死線を越えてようやく辿り着いたのがこの『亜神』という領域である。


そして、彼女が真の亜神となる為には管理者になる必要があり、管理者になる為には現在の管理者を排除する必要があるが、この星の現管理者である創造神は、あまりにも強大で絶望的な壁として立ちはだかっていた。


亜神クラスの力を持ったとはいえ神の器を持たない人間の肉体はすでに寿命という限界を迎えつつあり、彼女に残された時間は決して長くはなかった。


焦りに苛まれる絵里奈が見つけた一筋の希望が別の星域に存在する『管理者のいない星』だった。


そこは邪神が封印され世界のシステムが脆弱なまま放置されたいわばセキュリティの甘い空き家である。


彼女は自分の分身体である『王妃エレオノーラ』と『メイドのセリア』を送り込み、邪神を倒してその星のシステムを内部から乗っ取るという完璧な計画を立てていた。


それなのに。


「あいつ何なの!?召喚されて数ヶ月で邪神討伐して亜神って絶対にバグ利用のチーターじゃない!」


絵里奈は苛立ちのあまり玉座の肘掛けをバンバンと叩いた。


邪神の気まぐれが影響したせいで召喚された見ず知らずの日本人とおぼしき後輩勇者は、彼女が百年かけて到達した境地へあっという間に辿り着いてしまい、あろうことか邪神をまるで不要なデータを削除するかのように消し去りあっさりと星の管理者権限を奪い取ってしまったのだ。


「こっちは百年以上かけてギリギリ亜神クラスなのに……!このままじゃ私本当に寿命で死んじゃう!」


正体がバレることを恐れた絵里奈はエレオノーラとセリアの分身体を急いでログアウトさせた。


だが彼女の星取りゲームはここで終わりではない。


あの忌々しい後輩勇者からなんとしても管理者権限を奪い取らなければ彼女に明日は無いのだ。


しかし再び人型の分身体を送り込もうとした絵里奈は信じられないシステムエラーに直面した。


「人間の魂の転生が全て自動却下されてる……?」


それはあの後輩勇者が星のインフラ管理業務をサボるために設定した悪魔のようなマクロだった。


人間やそれに類する知的生命体の魂の精査を放棄し出生率の数字だけを弄って個別案件を全て弾くという横暴極まりないシステムパッチである。


これにより絵里奈は手駒となる人間をあの星に介入させることが完全にできなくなってしまった。


「ふふっ……ふふふふっ……甘いわよチート坊や」


絶望の淵で絵里奈の瞳に暗い光が宿る。


彼女はシステムのログを執念深く解析し一つの致命的な『仕様の穴』を見つけ出していた。


人間の転生には強力なフィルターがかかっているが動植物の転生や自然発生に関するシステムは全くの野放しだったのである。


「人間がダメなら動物よ」


絵里奈はすぐさま既存の動物たちの魂を上書きし群れを操る高度な精神干渉魔法を展開した。


これによりあの星の各地で一斉にスタンピードを引き起こし人間の数を減らして管理リソースに過大な負荷をかける作戦を開始した。


「……待ってよ?植物も無制限にいけるってことはアレが使えるわね」


絵里奈の脳裏に地球にいた頃の忌まわしい記憶が蘇る。


春先になると国民の多くを絶望のどん底に叩き落としていたあの悪魔の粉。


中世ファンタジーの世界の住人たちにアレルギーという概念は存在しない。


もしあのような未知の微粒子が世界中に蔓延すれば人類は原因不明の疫病として大混乱に陥るはずだ。


「よし杉だ!スギ花粉をあの星にばら撒いてあのチート後輩の信者どもをアレルギー地獄に叩き落としてやるわ……!」


寿命の焦りから若干ヤケクソ気味ではあったが絵里奈は本気でスギの大量植林計画という狂気のコマンドを入力し始めた。


一方その頃。


絶海の秘境に設えられた豪奢な別荘で天道輝は優雅なティータイムを楽しんでいた。


『本体……いえ主よ。命令通りギルドの喉元は押さえました。次なる指針を』


脳内に直接響く分身体ジークからの念話報告を聞きながら輝はふぅと呆れたようなため息を吐いた。


「ご苦労。相変わらずお前は真面目すぎるな」


輝の冷徹な経営判断によって設立された『総合ギルド』の要としてジークはヴォルガンド帝国で見事な立ち回りを見せていた。


だが輝を呆れさせているのは組織の拡大報告の後に続くあまりにも無駄な情報の羅列である。


『帝国皇帝の第三皇女殿下をはじめ多数の有力貴族の令嬢たちから婚姻の申し入れが殺到しております。ですが私は剣に生きる身。全て丁重にお断りし主のための任務に専念しております』


「……お前なぁ」


輝は手にしたティーカップをカチャリとソーサーに置いた。


ジークからの報告によれば彼が女性からの誘いを一切受け入れずストイックに任務をこなす姿勢が逆に帝国の女性たちの心を激しく燃え上がらせているらしい。


『抱かれない男』としての硬派なブランドが確立され余計にモテてしまうという完全に予測外のハーレム状態が構築されていた。


「まあお前には『下の機能』を実装してないからな。抱きたくても抱けないんだが……悪いことをしたな」


分身体はあくまで輝が『魔法創造』で生み出した高度な人形に過ぎない。


情報収集や戦闘という目的に不要な生殖機能などという無駄なリソースは最初から割いていなかったのだ。


結果としてそれがジークを異常なまでの禁欲主義者に仕立て上げ予期せぬ社会的評価を生んでいるのは皮肉としか言いようがなかった。


「だが……問題はそこじゃない」


輝の瞳から余裕の色が消え鋭い光が宿る。


彼の意識はジークの無駄なハーレム報告から世界各地で頻発し始めている異常事態へと向けられていた。


「帝国だけでなく世界中で発生しているスタンピード……明らかに異常だ」


輝は虚空に展開したシステムログのウィンドウを高速でスクロールさせた。


自身が世界を終わらない攻略ゲームにするために出現させた『絶望の島アビス』をはじめとする無数のダンジョン。


当初はダンジョンを生成しすぎたことによる世界のメモリ不足や処理落ちによるバグかと考えた。


だが動物たちの動きを解析すればするほどそれらが何らかの意思を持って組織的に動いているとしか思えなかった。


「俺はこのスタンピードを『承認』していない。……誰だ?俺の箱庭で勝手にマクロを回している奴は」


ログには何のエラーも残されていない。


人間の魂の精査を自動却下にしたことでインフラ管理は完璧に回っているはずだった。


だが全知全能の管理者となったはずの輝の心に冷たい疑心暗鬼が広がっていく。


「自然発生する動物の群れ……いや生態系そのものに対する監視が甘かったか?」


輝は消えた王妃エレオノーラとメイドのセリアの姿を思い出していた。


自分の完璧な管理から外れたイレギュラーな存在。


もしこの世界に自分と同等あるいはそれ以上の権限に干渉できる『プレイヤー』が潜んでいるとしたら。


「俺は何か致命的な『仕様の穴』を見落としているんじゃないか……?」


絶対的であるはずの亜神の額に一筋の冷たい汗が流れた。


自分が構築した完璧なシステムのどこかに気付かない綻びがあるという恐怖。


輝はすぐさま分身体たちに動物たちの死骸の回収と周辺環境の徹底的な土壌調査を命じた。


まさか別の星の日本人先輩勇者が自分への嫌がらせのためにスギ花粉をばら撒こうとしているなどとは、この時の輝は知る由もなかった。

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