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腹黒勇者は「理想の救世主」を演じきる  作者: tky
第2章:魔王を創造する神

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第17話:忘れられた駒と帝国の残響

世界の理を書き換え、亜神としての権限を手に入れた天道輝は、絶海の孤島に設えられた絶対的な聖域である別荘で、今日も優雅なニート生活を満喫していた。


いや、正確には満喫している「つもり」であった。


彼の視界の片隅には常に無数のウィンドウが展開されており、無数の分身体からの報告や、惑星規模で稼働するシステムのログが滝のように流れている。


輝はそれらを自動化されたマクロで処理しつつ、『理想の勇者』としての完璧な振る舞いを分身体に維持させ続けていた。


そんな平穏な——少なくとも彼にとっては平穏な——午後のティータイムに、一つの報告がポップアップした。


「……本体、いえ主よ。命令通り、ギルドの喉元は押さえました。次なる指針を」


念話を通じて響いてきたのは、低く重厚な声だった。


発信元を確認した輝は、紅茶が入ったティーカップを落としかけ、内心で冷汗を流した。


(……ああ、そんな命令も出していたか)


声の主は、ジーク。


重厚なフルプレートアーマーに身を包み、身の丈ほどもある大剣を振るう、寡黙で実直な冒険者。


彼もまた、輝が生み出した分身体の一人である。


召喚されて間もない頃、輝は情報収集とギルド内での影響力確保を目的に、いくつかの分身体を冒険者として登録させていた。


「ギルド内での影響力を拡大せよ」という初期命令を与えたまま、輝は魔王との交渉、邪神討伐、そして亜神としての業務や出生率操作、果ては島一つを創造しての魔王降臨という特大のマッチポンプに忙殺され、彼らの存在をすっかり忘却していたのである。


(無数の分身体を動かしていると、一人一人の進捗を追うのは限界があるんだ。完全にSEの管理ミスだな)


輝は密かに言い訳をしながら、ジークのステータスと現在の状況をシステムから読み込んだ。


画面に表示された情報を見て、輝は再び息を呑んだ。


ジークはサブマスターであり同じく分身体である軽装の短剣使いカイトと共に、愚直なまでに任務を遂行し続けていた。


彼らが立ち上げた冒険者クラン『鉄血の旅団アイアン・レギオン』は、なんと五十六人もの一般冒険者を束ね、王都の冒険者ギルド内におけるシェアの六割を掌握していたのである。


輝が手入れを忘れていた庭は、いつの間にか巨大な森へと成長していた。


「……よくやった、ジーク。君たちの忠誠と成果は、僕の期待を遥かに超えるものだ」


「もったきお言葉。すべては主の御心のままに」


(不良在庫にするには勿体ない規模だな。ちょうどいい、これを機に世界支配のインフラを次の段階へ進めよう)


輝の脳内で、冷徹な経営判断が瞬時に下される。


彼は、すでに王都の裏経済を牛耳っている分身体たちの商会『エリス・ビューティー』の存在を思い出した。


物資と資金を握るエリス・ビューティー。


そして、武力と人員を握る鉄血の旅団。


この二つを統合すれば、国家という枠組みすら超越した強大な組織が完成する。


「ジーク。カイトと共に、クランの精鋭十名を率いて帝国へ向かってくれ。目的は『総合ギルド』設立に向けた足場固めと、帝国のダンジョンの調査だ」


「アーデルハイドのダンジョンではなく、ヴォルガンド帝国ですか?」


「そうだ。ここのダンジョンは『勇者である僕』が直轄で攻略を進めている。君たちは外の世界で、国境を越えた組織の威信を示してきてほしい」


「御意」


短い返答と共に、ジークとの念話が切れた。


輝は口角を歪め、冷たい笑みを浮かべる。


悲劇を二度と繰り返さないための相互扶助組織——そんな甘い建前で民衆を騙し、世界を裏から完全に支配する。


忘れられていた駒たちは、今や盤上を制するための強力なルークとナイトに昇格したのだ。


***


質実剛健を旨とする軍事国家、ヴォルガンド帝国。


この国は、輝が世界中にばら撒いた『ダンジョン』の出現に対し、最も早く、そして最も強硬な対応をとった国家であった。


圧倒的な軍事力をもってダンジョンの入り口を完全封鎖し、魔物の流出を防ぐと同時に内部の資源を国家で独占しようと試みたのである。


しかし、輝が設定したダンジョンのポップレート(魔物の発生率)は、人間の軍隊が常駐して抑え込めるような生易しいものではなかった。


帝国軍は噴き出す魔物の圧力に日々疲弊し、対応に苦慮しているというのが実情であった。


そんなヴォルガンド帝国の帝都へ続く街道を、一台の大型馬車が進んでいた。


馬車に乗っているのは、ジークとカイトを筆頭とする『鉄血の旅団』の精鋭十名である。


もちろん、ジークとカイト以外の八名は、輝とは無関係の純粋な一般冒険者たちだ。


彼らはアーデルハイド王国から数週間の旅を続け、道中で野営を行い、立ち寄った町で魔物討伐の依頼をこなしては実績を積み上げながら、ようやく帝都の近郊へと辿り着いた。


「団長、見えてきましたぜ。あれがヴォルガンドの帝都だ」


御者台に座っていたカイトが、短剣の柄で前方を示した。


分厚く高い城壁に囲まれた巨大な都市。


しかし、その城門の前には、異様な光景が広がっていた。


「……なんだ、あの人の数は」


フルプレートの兜を脱いだジークが、鋭い目を細める。


城門へと続く街道は、見渡す限りの人で溢れかえっていた。


ボロボロの衣服を着た避難民の群れ。


一攫千金を夢見て集まった武装した攻略者たち。


そして、彼らを厳しく検問する重武装の帝国兵たち。


各地に現れたダンジョンによって生活を追われた者たちが、頑丈な城壁という絶対的な安全を求めて帝都へ殺到していたのだ。


「こりゃあ、中に入るだけでも一苦労ですぜ。当然、宿なんてどこも満員でしょうね」


「構わん。我々はこれまで通り、城壁の外で野営の準備をする」


ジークの冷静な指示に、クランのメンバーたちは不平一つ漏らさず従った。


彼らは帝都の城壁から少し離れた平野部に馬車を止め、手際よくテントを張り、野営の陣地を構築していく。


夜の帳が下り、焚き火の炎が闇を照らす。


城壁の外には、ジークたちと同じように宿にあぶれた難民や冒険者たちのテントが無数に並び、不穏な空気が漂っていた。


事件が起きたのは、深夜のことだった。


ドドドドドッという、大地を揺るがすような重低音が遠くから響いてきた。


「なんだ……地震か?」


見張りに立っていたクランの若手冒険者が、不安げに呟く。


しかし、ジークは即座に大剣を手に取り、テントから飛び出した。


「総員、武装しろ! 来るぞ!」


ジークの咆哮と同時に、暗闇の彼方から無数の赤い眼光が浮かび上がった。


それは、狂乱状態に陥った魔物の大群——スタンピードであった。


ダンジョンの封鎖に失敗したのか、あるいは別の要因か。


数百、数千とも知れない魔物の波が、難民たちの野営地を飲み込みながら、帝都の城壁へと真っ直ぐに迫ってくる。


「ひぃぃぃっ! 助けてくれぇっ!」


「門を開けろ! 中に入れろぉっ!」


難民たちの悲鳴と怒号が交錯する。


城壁の上の帝国兵たちも想定外の事態にパニックに陥り、矢や魔法を放つものの、圧倒的な数を前に焼け石に水であった。


(……これは、俺の仕込みじゃない)


別荘のソファで視覚情報を共有していた輝(本体)は、ワイングラスをテーブルに置き、目を細めた。


輝はダンジョンをばら撒きはしたが、帝都を物理的に崩壊させるような大規模なスタンピードの発生マクロを『承認』した覚えはない。


しかし、周囲には無数の難民と冒険者、そして帝国兵たちの目がある。


ここでジークたちが逃げ出せば、これから立ち上げる『総合ギルド』の威信に関わる。


「カイト! 陣形を組め! 難民を背後に回し、我々が防波堤となる!」


「了解しました、団長! 野郎ども、稼ぎ時だぜ! 俺たち鉄血の旅団の力、帝国に見せつけてやれ!」


ジークの重厚な大剣が、先陣を切って突っ込んできた巨大なオークを両断する。


カイトの短剣が闇を裂き、魔物たちの急所を的確に穿っていく。


彼らの圧倒的な力に鼓舞され、クランの精鋭たちも一歩も退かずに魔物の波に立ち向かった。


分身体であるジークとカイトのステータスは、一般の冒険者とは次元が違う。


彼らは文字通り「一騎当千」の働きを見せ、帝都の城門前で魔物の大群を次々と死の山に変えていった。


夜が明ける頃には、スタンピードは完全に鎮圧されていた。


血に染まった荒野に立つジークたちの姿を、生き残った難民や城壁の上の帝国兵たちは、まるで神が遣わした『英雄』を見るような畏敬の眼差しで見つめていた。


鉄血の旅団の名は、この一夜にして帝国の全土へと轟くことになるだろう。


総合ギルド設立に向けた最高の実績プロモーションとなった。


しかし——。


別荘にいる輝の心は、決して晴れやかではなかった。


(このスタンピード、俺は『承認』していない。……誰だ? 俺の箱庭で、勝手にマクロを回している奴は)


輝の脳裏に、かつて王城で自分を不気味に見つめていた、消えた王妃エレオノーラの顔が浮かんだ。


十五年前に死んでいたという、輝の認識との矛盾を抱えたバグの塊。


そしてもう一人。


(……そういえば、あのメイドのセリアはどうした?)


王妃の密偵として輝を監視していたメイド、セリア。


輝が『亜神』となり、世界を改変してからというもの、彼女の姿を王城で全く見かけていないことに、輝は今更ながら気がついた。


(エレオノーラも、セリアも、俺の感知範囲から完全に消え失せている。……これは単なる偶然か? それとも)


圧倒的な力と情報を持ち、世界を完全に支配した気でいた輝。


しかし、その完璧な箱庭の裏側で、彼には見えない『別のプレイヤー』が静かにゲームボードを操作している可能性。


輝は初めて、自分の足元が崩れ去るような不気味な悪寒を感じ、見えない敵への警戒を極限まで強めるのだった。

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