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腹黒勇者は「理想の救世主」を演じきる  作者: tky
第1章:見えざる神の手

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第13話神の座と書き換えられた世界

王都から遠く離れた、空すらも常に淀んだ暗雲に覆われている魔族領の最深部。


黒曜石のごとき威容を誇る魔王城の正門前には、ヒリつくような殺気が満ちていた。


「そこを動くな、人族の勇者よ。一歩でも進めば、その首を刎ねる」


四本の腕を持つ巨漢の魔将が、身の丈ほどもある大剣を構えて唸り声を上げた。


彼の背後には、異形の姿をした高位魔族たちがずらりと並び、一様に敵意と警戒心を剥き出しにしている。


無理もない。


人族が不自然なまでの軍拡を続け、連日「魔族殲滅」を声高に叫んでいる中、その人族の頂点たる『勇者』が、単身で(正確には分身体だが)魔王城に乗り込んできたのだ。


罠だ、暗殺だ、と疑うのが彼らにとっての正常な反応だった。


「物騒ですね。僕はただ、ご主人様にご挨拶に伺っただけですよ」


天道輝の分身体は、彼らの殺気を春風のように躱し、城門から少し離れた位置で優雅に立ち止まった。


無用な衝突を避けるための、計算され尽くした距離感。


その完璧な立ち振る舞いに、魔将たちがわずかに怯んだその時。


「剣を収めよ。その者は私の客人だ」


重厚な城門が内側から開き、深い威厳を纏った声が響いた。


現れたのは、漆黒の角と夜空のような黒髪を持つ美少女——魔王ルシフェリアだった。


「魔王様!しかし、こ奴は人族の……!」


「よいと言っている。……よく来たな、勇者殿」


ルシフェリアは側近たちを制し、真紅の瞳で輝を真っ直ぐに射抜いた。


輝は胸に手を当てて恭しく一礼しながら、彼女の姿を視界に収め、即座に不可視の魔法を起動した。


(さて、まずは魔族のトップの『真実』を見せてもらおうか。【真理の眼(鑑定)】)


視界に半透明のステータスウィンドウが展開される。


だが、そこに表示された情報は、輝の計算を大きく狂わせる異常なものだった。


【名前】

ルシフェリア


【種族】

魔族(偽装)/???


【称号】

魔王、邪神の苗床、改竄された王


【レベル】

180


【状態】

精神支配(極)、因果改竄(強)、生命維持制限


【スキル】

暗黒魔法Lv10、剣技Lv9、カリスマLv8、自己再生(封印中)


(……『魔族(偽装)』だと?それに『邪神の苗床』?)


輝の冷徹な思考が、高速で情報を噛み砕いていく。


ルシフェリア自身が偽装しているわけではない。


彼女の種族のあり方そのものが、何者かによって『偽装させられている』のだ。


しかも『苗床』。


最悪の単語だ。


(なるほど。邪神は単に封印されているだけじゃない。魔王城という土地、あるいは魔王の血脈そのものを養分として、自身の命を繋いでいるというわけか)


その推論を裏付けるように、輝が魔王城の周辺に密かに潜伏させていた408体もの分身体が、一斉に『広域鑑定アーカイブ』を起動した。


莫大な情報が輝の脳内に流れ込む。


魔王城の構造、魔力溜まり、地下深くへと伸びるおぞましい呪いの脈絡。


すべてが一点、魔王城の地下最深部を指し示していた。


「魔王ルシフェリア」


輝は顔を上げ、普段の柔和な笑みを完全に消し去った、絶対零度の声で告げた。


「貴女の足元……魔王城の地下最深部に、世界を狂わせた元凶がいます。今から僕が、それを『処理』します」


「……何だと?貴殿が直接、邪神を討つというのか?」


「ええ。ですが、相手は腐っても神。何が起きるか分かりません。側近たちを含め、城内の全人員に即時避難を命じてください」


輝の言葉に、側近の魔族たちが激昂した。


「ふざけるな!我らが城を明け渡せというのか!」


「これは我々魔族の問題だ!人族の出る幕ではない!」


「黙れと言っている!」


ルシフェリアの一喝が、城門前に響き渡った。


彼女はすでに自身の記憶が改竄されていた事実を重く受け止めている。


自国の地下で得体の知れない存在が蠢いているという屈辱を、誰よりも感じていたのは彼女だった。


「……勇者殿。恩に着る。総員、直ちに城から退避せよ!!」


魔王の絶対的な命令により、魔王城はかつてない混乱に包まれ、魔族たちが慌ただしく城外へと避難を始めた。


だが、その混乱こそが輝の狙いの一つでもあった。


(よし。城の警備が手薄になったな。情報班、一斉に動け)


輝の命令により、城内の影に潜んでいた数十体の分身体が行動を開始した。


彼らは誰もいなくなった魔王城の大書庫へ侵入し、『メモリー・アーカイブ』を起動。


魔族が持つ独自の歴史、失われた魔術体系、そして禁書の数々を、瞬く間に輝の脳内へとコピー(強奪)していく。


世界の真実を暴くための、鮮やかな情報窃盗だった。


***


避難が完了し、静まり返った魔王城。


輝の分身体たちは、城の地下最深部、巨大な呪いが渦巻く封印の間に集結していた。


空間そのものがどす黒く歪み、粘り気のある悪意が肌を刺す。


中央には、どくどくと脈打つ巨大な肉塊のようなものが、何重もの鎖に縛られて鎮座していた。


『……人間、風情が……我が、眠りを……』


肉塊から、あの荒野で分身体を吹き飛ばしたのとはまた違う、不快な声が脳に直接響く。


「随分と醜い姿だな、邪神」


輝は408体の分身体を統率し、邪神を取り囲むように配置した。


本来ならば、ここで全分身体の魔力を結集し、究極の絶滅魔法を放つべき場面だ。


だが、輝はふと、自身の【虚空の檻(収納魔法)】のシステムを思い出し、ある冷酷なアイデアを閃いた。


(これだけの質量と呪いを孕んだ存在だ。まともに破壊すれば、魔王領どころかこの大陸の半分が吹き飛ぶかもしれない。それは俺の『盤面』にとって不利益だ)


ならば、どうするか。


(……排除するより、概念ごと『消去』した方が早いし安全だな)


輝の唇が、凶悪な三日月の形に吊り上がった。


「全機、魔力リンク。術式構築開始。……オリジナル魔法【虚空の廃棄庫ダストボックス】」


それは、収納魔法の概念を攻撃用に極限まで拡張して、さらに封印を強化・維持する効果も盛り込んだ異次元の檻だった。


輝の周囲に、真っ黒な空間の断層が出現した。


それは光すら逃さない、絶対的な虚無の穴。


『な、なんだ、それは……?貴様、何をする気だ……!』


邪神の声に、初めて『恐怖』の感情が混じった。


「ゴミ箱だよ。神様にはお似合いの場所だ」


408体の分身体が一斉に魔力を解放し、黒い断層が巨大な肉塊に迫る。


ズズズズズッ……!!と、空間が軋む音を立てて、邪神が異次元の闇へと飲み込まれていく。


『貴様ぁぁぁっ!許さん、許さんぞ!我は神だ!必ず這い上がり、貴様を……!』


「這い上がる?無理だな」


輝はダストボックスの口を閉じかけながら、さらに恐るべき魔術を上乗せした。


時間の操作。


彼がこれまでに奪い取ったありとあらゆる魔術体系を統合し、限界まで酷使する。


「ダストボックス内の時間を加速させる。一万年、一億年、一兆年、一京年……。永遠に近い時間を、その真っ暗な孤独の中で味わいな」


パチンッ。


輝が指を鳴らした瞬間、ダストボックスの扉は完全に閉ざされ、邪神との繋がりは完全に断たれた。


一京年という想像を絶する時間の加速。


内部に閉じ込められた邪神は、抵抗する間もなく、時間の果てに概念ごと摩耗し、文字通り『消滅』したのだった。


***


魔王城の地下から、重苦しい空気が嘘のように消え去った。


輝は本体の意識を分身体に完全にリンクさせ、城の外で待機していた魔王ルシフェリアの元へ向かった。


「……終わったようだな」


ルシフェリアは、城から呪いの気配が完全に消えたことを察知し、微かに息を吐いた。


「ええ。これで貴女も、世界も、邪神の呪縛から解放されました」


輝は微笑みながら、ルシフェリアに向かって手をかざした。


「仕上げです。【広域ディスペル】」


浄化の光がルシフェリアを包み込んだ。


その瞬間。


彼女の頭部にあった漆黒の角が、風に溶けるように崩れ去った。


夜空のような黒髪は、眩いばかりの黄金色へと変化し、彼女の耳は鋭く長く伸びていく。


その背中からは、薄っぺらなコウモリの羽ではなく、神聖な光を帯びた魔力の波紋が広がった。


「な……これは……私の、姿が……!?」


ルシフェリアは震える手で自身の金髪に触れ、絶句した。


周囲にいた側近たちも同様だった。


異形の姿は削ぎ落とされ、皆、一様に美しく長命な種族の姿へと変わっていた。


「……エルフ、ですね」


輝は、鑑定ウィンドウの【種族】欄が『エルフ』に書き換わったのを確認し、静かに告げた。


「魔族という種族は、初めから存在していなかった。邪神が人間と争わせるため、かつてこの地に住んでいたエルフたちに『魔族』というおぞましい姿と、血生臭い本能を上書きしていた……それが、この世界の真実です」


「我らが……エルフ……。私たちが、争うために作られた、呪いの人形だったと……!?」


ルシフェリアはその場に崩れ落ち、両手で顔を覆った。


数百年に渡る彼女たちの誇りも、歴史も、すべてが邪神の悪趣味な箱庭の産物だった。


輝はその絶望する彼女の肩に優しく手を置き、慈愛に満ちた(ように見える)瞳で見つめた。


「嘆くことはありません。今日から貴女たちは、真の自由を手に入れたのですから」


(これで、魔王……いや、エルフの長も俺に頭が上がらない。計画通りだ)


だが、輝の完璧な計算は、別の場所で綻びを見せようとしていた。


***


魔王領での仕事を終え、輝の本体は勇者パーティと共に王都へと帰還していた。


沿道では相変わらず民衆の歓声が響き渡っているが、輝の脳内は別の思考で埋め尽くされていた。


(魔族がエルフだったほど、邪神の呪いは強力で世界規模のものだった。……ならば、なぜあの女だけが例外だったんだ?)


王妃エレオノーラ。


王族の中で唯一、邪神の呪いを示す黒いタグが存在していなかった人物。


輝は帰還のパレードの最中、密かに分身体を王妃の私室へと飛ばした。


『報告。王妃の私室、もぬけの殻です。私物や衣服は残されていますが、本人の痕跡だけが完全に消失しています』


(消えた、だと?)


輝は顔色一つ変えずに民衆に手を振りながら、舌打ちをした。


王城へ到着すると、輝はすぐに国王リチャードや重臣たち、そして収監されていたジャック王子を一堂に集めた。


「皆さんに、かけられていた呪いを解きます」


輝が【広域ディスペル】を放つと、広間にまばゆい光が溢れた。


「おお……。何だ、この清々しい感覚は……。私は、何という熱病にうなされていたのだ……!魔族を根絶やしにするなどと、正気の沙汰ではない……!」


国王リチャードは、震える手で自身の顔を覆い、深い悔恨の声を漏らした。


「勇者殿、すまぬ。余は、余は取り返しのつかぬ大罪を犯すところであった……。人々の恐怖を煽り、無用な血を流そうとした余を、どうか許してくれ」


その傍らで、鎖に繋がれたまま光を浴びたジャック王子が、泥を吐き出すように激しく咳き込んだ。


「う、うああああっ!!……あ、父上?アリシア、姉上……?」


ジャックの瞳から濁った光が消え、怯えた子供のような表情が戻った。


輝は静かに歩み寄り、ジャックの魔力回路に深く刻まれていた「好戦性の呪い」を指先一つで霧散させた。


「ジャック王子。貴方もまた、邪神に精神を弄ばれていた犠牲者です。貴方の犯した無礼も暴挙も、すべては呪いのせいだった。……そうですね、陛下?」


「……左様だ。ジャックよ、お前も苦しかったのだな。勇者殿の慈悲により、其方の罪はすべて不問に処す。今日から、また我が息子として研鑽に励むがよい」


「あ……ありがとうございます、勇者様!陛下……っ!」


ジャックは床に伏して涙を流し、その姿を見たアリシアがたまらず駆け寄った。


「ジャック!……よかった、本当によかったわ。勇者様、貴方の奇跡には感謝の言葉も見つかりません……」


アリシアは輝を見上げ、その瞳には純粋な敬愛、そして言葉にできないほどの安堵が浮かんでいた。


「でも、勇者様。……お母様は、エレオノーラ様はどこへ?この喜びを、あの方とも分かち合いたいのに……」


アリシアが周囲を見渡すが、そこに王妃の姿はない。


輝は王妃の私室が空だった事実を伏せ、核心を突く質問をリチャードに投げかけた。


「リチャード王。王妃エレオノーラ様はどこにいらっしゃいますか?彼女に急ぎお伝えしたいことがあるのですが」


その問いを聞いた瞬間、リチャード王は深い困惑と哀しみを湛えた瞳で輝を見つめ返した。


「……勇者殿?一体、何を仰っておるのだ。エレオノーラは……ジャックを出産した直後に、産後の肥立ちが悪く、儚くなっておるではないか」


「…………は?」


輝の顔から、初めて余裕の笑みが消え失せた。


「亡くなっている?いや、先日まで晩餐会にも出席して、僕と牽制し合っていたはずですが……。アリシア、君も見ていただろう?」


輝がアリシアに視線を向けるが、彼女もまた、リチャードと同じ悲痛な表情で首を振った。


「勇者様……何を仰るのですか。お母様は、私が物心つく前に亡くなっておりますわ。十五年も前のことです……」


リチャード王が、自身の指にはめられた古い指輪を愛おしげになぞる。


「余が片時も離さぬこの指輪こそ、エレオノーラの唯一の形見。彼女がこの世を去ってから十五年、余はその面影を追い続けて生きてきた……。勇者殿、お疲れなのであろう。其方が見たのは、あまりの過労による幻か、あるいは……」


輝の背筋に、氷のような悪寒が走った。


(呪いが解けた結果、彼らの記憶が『正常』に戻った。つまり、彼らの今の記憶が正しいのだとすれば……)


俺がこの一ヶ月半、言葉を交わし、完璧な淑女として対峙していた『あの王妃』は一体誰だったのだ?


(邪神の使い魔か?いや、邪神が消滅した今、彼女が消える理由は……。誰だ、あいつは一体何者なんだ……!?)


輝の完璧な盤面に、正体不明のどす黒い穴がポッカリと空いた瞬間だった。


「……そうでしたね。僕も少し、疲れているようです。……あまりに強大な邪神の残滓に、意識を乱されたのかもしれません」


輝は必死に動揺を押し殺し、穏やかな笑みを取り繕った。


ジャックへの恩赦により、王子は輝に一生頭の上がらない操り人形となった。


政治的な立ち回りはこれ以上なく完璧にこなした。


だが、輝の内心はかつてないほどの不気味な焦燥感に覆われていた。


***


その夜。


輝は自室のベッドに深く腰掛け、重いため息をついた。


王妃の謎は残るが、最大の脅威であった邪神は排除した。


これで世界は完全に俺のものになるはずだ。


「さて、レベルも跳ね上がったはずだが……」


輝は虚空に手をかざし、自身のステータスウィンドウを呼び出した。


だが、そこに表示された文字列を見て、輝は持っていたグラスを取り落としそうになった。


【名前】

天道輝テンドウアキラ


【種族】

亜神


【レベル】

350


【MP】

測定不能(世界のリソースと直結)


【権限】

『因果律編集』『輪廻転生管理』『惑星保護領域管理(衛星軌道まで)』


【称号】

邪神を屠りし者、世界の管理者


「……は?」


輝は目をこすり、もう一度ステータスを見た。


見間違いではない。


『亜神』、『世界の管理者』。


(どういうことだ……?邪神を消去したことで、俺がその『システム管理者の権限』を引き継いでしまったとでもいうのか?)


嫌な予感がして、輝は『輪廻転生管理』という権限の詳細を開いた。


『警告:現在の管理者が未承認の魂が多数待機中です。


植物の発芽申請:4億5000万件/秒


動物の受胎申請:120万件/秒


人間の転生申請:450件/秒


※管理者の承認(魔力供給)が行われない場合、この惑星における新たな生命の誕生はすべて停止します』


「………………嘘だろ」


輝は両手で顔を覆い、天を仰いだ。


邪神という旧管理者を『ゴミ箱』に捨ててしまった結果、この世界のシステムそのものが輝の肩にのしかかってきたのだ。


彼が承認ボタンを押し続け(魔力を供給し続け)なければ、草も生えず、動物も生まれず、世界は数十年で滅亡する。


サボることは許されない。


365日、24時間体制の、絶対的なインフラ業務。


「ふざけるな……っ!俺は!権力を持ったまま裏で甘い汁を吸う『支配者』になりたかったんだ!誰がこんな、惑星規模の『システムエンジニア(インフラ担当)』になりたいと言った!!」


誰もいない豪華な客室で、完璧な偽りの勇者の悲鳴が虚しく響き渡る。


彼が作り上げた盤面は、皮肉なことに、彼自身を『永遠の労働』という名の玉座に縛り付ける結果となってしまったのだった。


消えた王妃の謎。


そして、想定外の「神の業務」。


天道輝の異世界支配計画は、ここに来てかつてない大迷走を始めようとしていた。

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