第12話:魔王との邂逅と半年前の真実
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王都を包み込んだ『広域ディスペル』の余波から数日後。
輝は安全な拠点に本体を残し、バレンシアの領主カスティールの元へ再び分身体を向かわせた。
深夜の執務室で、カスティールは輝の分身体を前にして重々しく頷いた。
「魔王様と直接話がしたい、というのだな」
「ええ。貴方たち魔族が水面下で侵略を進めているというのなら、そのトップの意思を確認しておく必要がありますからね」
輝はソファに腰掛けながら、カスティールの姿を冷静に観察していた。
先日の接触で確認していたが、魔族は生来の姿のままで人族の社会に潜入しているわけではない。
彼らは高度な魔法によって肌の色や尖った耳の形を変え、人によっては特徴的な角を隠すことで、人族と全く見分けのつかない姿に擬態しているのだ。
だからこそ、バレンシアの街の二割が魔族であっても、誰一人としてその異常に気付くことはなかった。
「……分かった。魔王様へ遠距離通信魔法を繋ごう。ただし、物理的な面会は許可されなかった。あくまで映像での対談となるが、それで構わないか?」
「十分ですよ」
カスティールが部屋の隅に置かれた巨大な水晶柱に魔力を流し込むと、空間が揺らぎ、淡い光とともに一つの映像が投影された。
そこに映し出されたのは、筋骨隆々の恐ろしい怪物でも、威圧感のある壮年の男でもなかった。
夜空を切り取ったような艶やかな黒髪を長く伸ばし、真紅の瞳を持った、息を呑むような『美少女』だった。
頭部から生える漆黒の角だけが、彼女が人ならざる者であることを静かに主張している。
(映像越しでは『鑑定』が通らないか。本物か、ただの影武者か……まあいい、俺も分身体だ。偽物同士ならお互い様というやつだ)
輝は美少女の姿に驚く素振りすら見せず、冷徹に相手の知性を値踏みした。
「初めまして、勇者殿。私が魔族を統べる者……魔王ルシフェリアだ」
声には、少女の容姿に似合わない、何百年もの時を生きてきたような深い威厳と静けさが宿っていた。
「ご丁寧な挨拶をありがとうございます。天道輝です」
輝は勇者と呼ばれた事にあえて触れず、単刀直入に本題を切り出した。
「単刀直入に聞きます。貴女は今の世界の異常を、どこまで把握しているのですか?」
その問いに、魔王ルシフェリアは僅かに目を細めた。
彼女は、目の前の勇者が『魔族は絶対悪だ』と盲信するような狂信者ではないことを正確に察知した。
「……半年前から、人族の動きが急激に変わった。特にこのアーデルハイド王国が、狂ったように『魔族討伐』を掲げ始めたのだ」
魔王は静かに、しかし確かな戸惑いを交えて語り始めた。
「過去に、我々魔族と人族の間で戦争があったことは事実だ。だがそれは、国境付近の領土や資源を巡る『通常の国家間紛争』に過ぎず、決して一方的な侵略や絶滅戦争などではなかった」
人族の首脳陣も、その歴史的認識を共有し、長らく暗黙の不可侵を保っていたはずだった。
「だが、半年前から突然、人族は『魔族は絶対悪の侵略者である』という極端な認識にすり替わってしまった。私はこれを不審に思い、政治的思惑なのか何かの陰謀なのかを探るため、カスティールらを水面下で潜入させていたのだ」
カスティールが静かに頷く。
(やはりな。半年前……それが、狂気が始まったターニングポイントというわけか)
輝の脳内で、バラバラだった情報のピースが完全に組み合わさった。
「その疑問に対する答えを、僕は持っています」
輝の言葉に、映像の魔王が真紅の瞳をわずかに見開いた。
「それは人族の政治の都合などではありません。『邪神の呪い』による、大規模な記憶改竄です」
「……邪神、だと?」
「ええ。王族や重臣たちは、戦争を望むように記憶を書き換えられています。そして……魔族の一部にも、同じように記憶改竄を受けている者がいるかもしれない」
輝は、バレンシアで討伐した『過激派の魔族』たちを引き合いに出した。
彼らの異常なまでの選民思想と人族への憎悪も、邪神の呪いによって好戦的にさせられていた可能性があると指摘したのだ。
「俺のオリジナル魔法である『広域ディスペル』と『鑑定』を使えば、呪いの有無を判別できます」
輝は静かに微笑み、暗に「自分と手を組めば魔族内部の粛清・調査に協力できる」という取引を持ちかけた。
「……信じ難い話だが、貴殿の言葉には妙な説得力がある。少し時間をくれ。その提案、前向きに検討させてもらう」
魔王ルシフェリアはそう告げると、一方的に通信を途絶えさせた。
通信の光が消えた執務室で、輝の分身体は静かに立ち上がった。
(魔王も馬鹿じゃない。自国の記録や側近の記憶を調べれば、すぐに違和感に気づくはずだ。……さて、俺も自分の仕事をするとしよう)
王都から離れた隠れ家。
安全な拠点に本体の意識を戻した輝は、この世界の膨大な書物を吸収した『メモリー・アーカイブ』のデータに深くアクセスしていた。
(『邪神』……。神と名のつく存在である以上、歴史のどこかに痕跡が残っているはずだ)
数十万冊に及ぶ書物のデータを、並列思考で超高速検索していく。
神話、伝承、禁書、そして教会の聖書。
数分の検索の後、輝の思考がピタリと止まった。
教会の分厚い聖書。
その半分を過ぎた辺りのページに、たった一行だけ、奇妙な記述が存在していた。
『邪神は森羅万象を操る災害である』
(……なんだ、この文章は)
輝はその一行を見つめ、強烈な違和感を覚えた。
自然災害を『神の怒り』と表現することは宗教において一般的だが、この一文は逆だ。
『災害』という現象そのものを、邪神が意思を持って操っているという意味にとれる表現。
おまけに、分厚い聖書の中途半端な位置に、前後の文脈を無視してたった一行だけが唐突に記載されている。
(邪神が自身の痕跡を消し去る際の把握漏れか? あるいは、意図的に残した『罠』か……)
輝はベッドから起き上がると、即座に王都に潜伏している分身体の一体を動かした。
教会の書庫へ忍び込み、該当する聖書の現物を手に取らせる。
そして、被害を出さないために、分身体を王都から遠く離れた、魔物を掃討したばかりの荒野へと【影渡り】で移動させた。
荒野のど真ん中で、分身体は月明かりの下、聖書を開いた。
「【ディスペル】」
分身体が魔力を込め、その不自然な一行にかけられた魔法的隠蔽を解除する呪文を唱えた。
その瞬間。
聖書のページが黒い光を放ち、一行だった文字が、紙面を埋め尽くすほどの膨大な記述へと変化した。
同時に、分身体の周囲の空間が歪み、どこからともなく『中性的な声』が響き渡った。
『僕の存在に気付いたんだね。おめでとう。パチパチパチパチ』
それは、性別も年齢も分からない、しかし底知れぬ悪意と軽薄さに満ちた、極めて不快な声だった。
『でも残念!この文章には自爆の「呪い」が付与されていて、内容を確認する事はできないんだ。ちょっと強めの爆発だから、死なない様に気を付けてね』
言い終わるのと同時だった。
ゴォォォォォォォォォォッッッ!!!!
荒野の夜空を昼間のように照らす、凄まじい大爆発が発生した。
それは通常の魔法などとは次元が違う、純粋な破壊のエネルギー。
分身体は回避する間も、防御魔法を展開する間もなく、一瞬にして光の中に消し飛んだ。
爆風が吹き荒れた後には、直径数十メートルに及ぶ巨大なクレーターだけが残されていた。
「……ッッ!! グッ……あぁぁぁっ……!!」
隠れ家のベッドの上で、輝の本体が胸を掻き毟って悶絶した。
これまで数多の分身体を運用してきたが、完全に『死亡』して消滅したフィードバックを受けるのは初めてだった。
疲労と表現するのは間違っている。
魂そのものを削り取られるような絶対的な倦怠感と、全身の細胞が悲鳴を上げるような激痛。
「はぁっ……はぁっ……クソ、が……!!」
額から脂汗を流し、息を荒げながらも、輝の瞳の光は少しも死んでいなかった。
(なめるな。爆発の直前、ディスペルが発動した瞬間に、俺の『メモリー・アーカイブ』はすでに変化した記述のすべてをスキャンし終えている)
輝は歯を食いしばり、激しい吐き気を耐え込みながら、脳内に保存されたばかりの真実の記述を読み解いた。
『邪神は、世界の管理者を排除した存在である』
『管理者との戦闘で疲弊していた邪神を、当時の聖女が封印した。それが今からおよそ三百年前のことである』
『邪神が封印されている場所は、現在の魔族領。恐らく魔王城の地下深く』
『魔族にも、神託によって選ばれる「聖女」が存在する。邪神は、人族ではなく、魔族の聖女によって封印された』
『しかし、三百年の時を経て、その封印の効力は極めて弱くなっている』
(……なるほどな)
輝は荒い呼吸を整えながら、冷酷な笑みを浮かべた。
(魔王は、自らの城の地下に邪神が封印されている事実を知らない可能性が高い。邪神による記憶の改竄で、魔族の聖女という存在ごと、その歴史が失われたのだろう)
輝はよろめきながら立ち上がると、空間に干渉する【創造魔法】を起動した。
カスティールの仲介など不要。
先程の通信で記録した魔力波長を逆探知し、魔王の通信魔道具へ直接、強制的に映像を繋ぎ止める。
「……なっ!? 貴様、どうやって直通の回線を……!」
突如として虚空に開いた映像に、魔王ルシフェリアが驚愕に目を見開く。
映像越しの輝の顔はひどく青ざめ、脂汗を浮かべていたが、その瞳だけはギラギラと燃え盛るような狂気を孕んでいた。
「魔王ルシフェリア。先程の提案の続きです。……貴女の足元に、最悪の爆弾が埋まっている事実をお伝えしようと思いましてね」
輝は、聖書の隠蔽を解いて得た『新たに発覚した事実』を、すべて魔王に説明した。
三百年前の魔族の聖女の存在。
そして、魔王城の地下深くに、弱り切った邪神が封印されている可能性が高いという事実を。
「……馬鹿な。我が魔王城の地下に、神が封印されているだと……? 魔族の聖女など、私は三百年間一度も聞いたことがないぞ」
「だからこそ、記憶が改竄されていると言っているのです」
輝の強い眼差しに射抜かれ、魔王ルシフェリアは沈黙した。
実は彼女も、先程輝との通信を切った後、彼が提示した『ディスペルと鑑定』の術式を独自に解析・再現し、自身の側近たちを調べていたのだ。
結果は、輝の言う通りだった。
側近たちの記憶には、不自然な欠落と改竄の痕跡がはっきりと残されていた。
自らの足元が、三百年間も見えざる神によって操作されていたという屈辱と戦慄。
「……認めよう、勇者。貴殿の言う通り、我々魔族の記憶もまた、邪神とやらに弄ばれていたようだ」
ルシフェリアの真紅の瞳に、冷たい怒りの炎が灯る。
「私の城の地下に巣食う寄生虫を、これ以上放置するわけにはいかない。勇者殿……いや、天道輝。貴殿の協力を、正式に受け入れよう」
「賢明な判断です、魔王様」
輝は顔の汗を拭い、いつもの完璧な笑みを浮かべた。
(見えざる邪神よ。俺の分身体を吹き飛ばしてくれた借りは、必ず返してやる。……人間と魔族、両方のトップを俺が束ねて、貴様の盤面を完全にひっくり返してやるからな)
偽りの勇者と美しき魔王。
本来ならば相容れないはずの二人が、見えざる神を討ち果たすため、静かに、そして確実に手を結んだ瞬間だった。




