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【連載完結】世界で一番醜い……だから私を見た人はみんな死ぬの。  作者: 逆立ちハムスター


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忘却の淵

世界が、悲鳴を上げていた。

 私が今まで閉じこもっていた、あの薄暗くも静かだった聖域が、凄まじい轟音と共に崩れ落ちていく。天井から降り注ぐ巨大な岩塊は、かつての私を守る壁ではなく、私を圧殺するための瓦礫へと成り果てていた。


けれど、それを避ける力すら私には残っていない。

 身体を焼き尽くす熱は、いつしか痛みを超えて、私の感覚をすべて奪い去っていた。指先がどこにあるのかも分からず、ただ熱い泥の中に沈んでいくような感覚。瞼を持ち上げるのすら、気が遠くなるほどの労力を要した。


(……ああ。消えていく……)


それは肉体だけではなかった。

 脳裏に浮かぶ大切なはずの風景が、端からすすとなって剥がれ落ちていく。

 カイルとの約束、あの日見上げた空の色、母が口ずさんでいた歌の旋律。それらが砂時計のように、さらさらと私の内側から零れ落ちていく。

 自分が誰で、何のためにここにいたのか。その輪郭が消えていく恐怖に、私は声なき叫びを上げた。止めて。思い出を奪わないで。けれど、忘却の波は容赦なく私を飲み込み、視界はすべて灰色の瓦礫に埋め尽くされた。


――暗闇。

 どれほどの時間が経ったのだろう。

 意識はあるのに、そこには何もない。音もなく、光もなく、ただ重い沈黙だけが続く永遠の淵。


その時、一点の火が灯った。

 それは、失われかけていたカイルの言葉だった。

『君がくれた木彫りの人形』『将来は、俺が君を守る』

 彼の声を、温度を、少しずつ手繰り寄せるように思い出していく。一つ、また一つと思い出すたびに、真っ暗な視界に小さな光の点が現れ、それは次第に広がって、私の進むべき道を示し始めた。


私は、夢中でその光に向かって進んだ。足があるのかさえ分からないけれど、その光を掴まなければ、私は二度と私に戻れないと直感していた。


ようやく、光の出口に手が届きかけたその時。

 背後から、不快な乾いた音が響いた。


カチ、カチカチ、カチッ……。


振り返った私は、息を呑んだ。

 暗闇の中から迫りくるのは、異形の壁だった。

 それは数万もの「銀の仮面」が隙間なく寄り集まった、巨大な蠢く群れ。仮面の表面は滑らかではなく、常に新しい仮面が内側から突き上げ、発疹が広がるように、あるいは細胞分裂を繰り返すように、位置を変え続けている。

 無数の無表情な顔が互いに擦れ合い、金属の鳴るような音を立てて私を追い詰める。


(来ないで……!)


その銀色の深淵に飲み込まれたら、今度こそ二度と戻れない。

 私は必死の思いで、目の前の光の中に飛び込んだ。


――突然、世界が反転した。


頬を撫でるのは、燃えるような熱ではなく、涼やかな風。

 重い瞼をこじ開けると、そこには信じられないほど澄み渡る青空が広がっていた。私は仰向けになり、水面に浮かんでいたのだ。


「……リリアナ! リリアナ!!」


顔を覗き込んできたのは、カイルだった。

 彼は膝まで水に浸かりながら、必死な形相で私を抱きかかえている。その瞳からは大粒の涙が零れ落ち、私の頬を濡らしていた。


「良かった……ああ、シャラゼリスよ、ありがとうございます……!」


彼は何度も私の名を呼び、子供のように泣きじゃくりながら喜んでいる。あの時の……あの冷酷な無表情が嘘のような、震える温もり。

 彼は私を抱えたまま、ゆっくりと岸辺へと運んでくれた。


たどり着いた岸辺は、瑞々しい緑が生い茂る、楽園のような場所だった。

 そこには一人の先客がいた。

 透き通るような肌と長い耳を持つ、エルフの賢者? らしき人物だった。古びた、けれど不思議な力を宿した杖を手に、静かにこちらを見守っている。


「……目覚めましたか、呪縛の娘よ」


賢者は穏やかな声で言い、杖を差し出してきた。

 私はカイルに支えられ、水に濡れた重い身体で、ようやく新しい大地へと足を踏み出す。


背後の湖面は、鏡のように穏やかに空を映している。

 あの聖域も、醜い肌も、銀の仮面も、今はもうどこにもなかった。

 けれど、私の心には、あの「熱」がまだ微かに残っている。


カイル。あなたは私を殺そうとしたの? それとも、あの地獄から救い出すために、あえて突き放したの?


問いかけたい言葉は山ほどあったが、私はただ、カイルの服を強く握りしめることしかできなかった。

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