愛という名の浄化
頭の中に響く声が、私を責め立て続けている。
『醜い』『人殺し』『呪われた怪物』――無数の私自身の声が、幾重にも重なり合い、鼓膜を内側から突き破らんばかりに猛り狂っていた。
私は耳を塞ぎ、うずくまる。このまま石になってしまいたかった。何も聞こえない、何も感じない、ただの道端の礫になれたなら、どんなに楽だろうか。
けれど、その嵐を切り裂いて、彼の声が届く。
「……あの時、君がくれた木彫りの人形、今でも持っているんだ」
カイルは、魔力の奔流にさらされ、頬から血を流しながらも語り続けていた。
一歩。また一歩。彼は震える足で、私との距離を詰めてくる。
「雨の日に、二人で雨宿りをした教会の軒下。君の髪についていた滴を拭った時、君は恥ずかしそうに笑った。……覚えているかい、リリアナ」
やめて。思い出させないで。
そう願うのに、彼の声が心に届くたび、頭の中の罵声が一つ、また一つと消えていく。波が引くように、静寂が訪れる。
ふと、私は自分の手を見た。
耳を塞いでいた両手。その指先を覆っていた、岩のように硬く、どす黒い皮膚が……パラパラと、乾いた土のように崩れ落ちていく。
「……ああ……」
剥がれ落ちた皮膚の下から現れたのは、瑞々しく、透き通るような、人間の白い肌だった。醜い怪物の殻が割れ、かつての「リリアナ」が、内側から生まれ落ちようとしている。
気づけば、カイルが目の前にいた。
彼は跪き、私の震える手をそっと両手で包み込む。彼の体温が、指先から伝わってくる。
「昔も今も、愛してるよ。リリアナ」
カイルが囁き、私に微笑みかけた。
その瞬間、私の胸の奥に、かつてないほどの強烈な「熱」が宿った。
それは、石化の呪いの冷たさとは正反対の、命の躍動。あまりに熱く、あまりに激しいその感覚に、私は「これこそが救いなのだ」と確信した。
安堵が全身を包み込む。
私は彼にすべてを委ねようと、力を抜いてその胸に寄りかかろうとした。
――けれど。
不意に、支えが消えた。
カイルが、私の手を離したのだ。
ゴミでも捨てるかのような、無造作な動作。
「……カイル?」
見上げた先にいたのは、さっきまで慈愛に満ちた表情を浮かべていた男ではなかった。
そこには、一筋の感情も、光も宿していない、凍てついた無機質な瞳。
彼は無言のまま立ち上がり、一歩、また一歩と、私から離れるように後ずさっていく。
「カイル、待って……熱いの。体が、すごく……!」
内側から湧き上がる熱は、もはや心地よい温もりではなかった。
それは私の内臓を焦がし、血管を焼き切るような、猛烈な「火」へと変貌していた。
熱い。熱い。身体が燃えている!
私は這いずりながら彼を呼んだ。けれど、カイルは足を止めない。
暗い聖域の出口に向かって、彼はただ無表情に、人形のように淡々と離れていく。彼が通り過ぎるたびに、周囲に転がっていた石像たちが、眩い光を放って砕け散っていった。
「嫌よ……行かないで! 助けて、カイル!!」
ついには地面に倒れ込み、私はのたうち回った。
自分の指先から、青白い炎が立ち上っているのが見える。
石化の呪いが解けたのではない。石化という「保存」が解かれ、溜め込まれた魔力が、私という依代ごと「消滅」させようとしているのだ。
カイルの背中が、どんどん遠くなる。
彼は最初から、私を救いに来たのではない。
私という「呪いの塊」を焼き尽くすために、愛という名の点火剤を注ぎに来たのではないか。
「あああ、あああああああ!!」
何が起きているのか、分からない。
なぜ彼が私を捨てるのか、分からない。
ただ、理解できるのは――。
あんなに愛おしかった彼の温もりが、今では私を殺すための地獄の火にしか思えないという、絶望的な真実だけだった。
私は嘆き、悲しみ、燃え上がる自分の肢体を眺めながら、意識を失っていく。
カイルの足音は、もう二度と、私を振り返ることはなかった。




