時計屋フランビル #6
身を粉にして。
という言葉の語源がどうなのかは知らないが、町中を走り回り、骨が砕けて粉になりそうな程疲弊した私は、丘の崖で見つけたレガリアの靴とドレスの切れ端を持って歩いていた。
身が粉だと云うだけあって、風が吹けば散ってしまいそうな気分だった。
港の商店街に行ったが、パン屋は既に閉店していた。
私は、そのままあてもなく、まっすぐに歩いていた。
昼に遺書を見つけて何時間が経ったのだろう。
初めから分かっていたことだったじゃないか。
レガリアはバカじゃない。遺書まで遺す覚悟がありながら、私に阻止できるような死に方はしない、と。
それでも、町で多くのヒトに会って。可能性を感じて。信じていた。本当なら無視してしまうのが道理の、小さな可能性が、都合良く私の前に起こるのではないかと。信じてしまっていた……いや、それ以前に、私は期待していたのかもしれない。
レガリアが強い人間だと。
どんなに弱っていようと、あの船乗りのこと以外を置いておけるだけの容量が、心の中にあって。ちゃんといろんなことを判断してくれると。
彼が死んでいた、という事実だけじゃなく、自分の人生や、思い出や人間関係や……そして、私のことを想って、死ぬことだけは踏みとどまってくれるのではないかと、期待していたのだ。
だけど、事実はそうじゃなかったと言うことか。レガリアには船乗りが全てで、船乗りとの約束が人生の全てで、それがなくなった世界に価値がないと思ってしまった。
それが結末か。
まっすぐ歩いているはずなのに、絶えず自分のつま先が視界に入る。その足取りも、意気阻喪としていた。そんなになってまで、どうして自分が歩いているのかよく分からない。
「そんなになってまで」
と、なんとは無しに呟いた。
——なんだか、教訓じみた光景だ。
どうしてそんなになってまで——生きている。
ひとり思い、レガリアに共感した気がした。
なんのために歩くのかも、なんのために生きるのかも、そんなこと訊かれても分からないし、意味もないという気がした。強いて言うならば、今の私は居たたまれないから歩いているのだ。それだけだ。
実に人生とは居たたまれない。




