時計屋フランビル #7
そして私は会ってしまった。
目が合ったのだ。
旅人のような風貌だが、少し妙であった。歩き方が変哲で、足音も不均一な男だった。初めはその手の杖の音とかとも思ったが、どうも杖が地に着く拍子とは合っていない。俯きがちに歩いていたこともあり、旅人の足元がよく見えた。
先ず、左足だけ靴を履いていないと思った。しかしそれは、実際ではあっても、表現として的を射ているとは言い難かった。彼の左足は、一本の木材から切り出された円柱状の棒で、先端がメスフラスコのように少しだけ膨らんでいる。義足だ。
一瞬顔を上げると、タイミング良く——いや悪く、義足の彼と目が合ってしまった。すぐに目を逸らすが、彼の義足をまじまじ見つめてしまったこともあり、居たたまれない気持ちになる。
居たたまれない。本当に。
だから少し早足にしようと思いかけた時。
旅人の男の方から声が掛けられた。
そこから。
————。
少しだけ認識が歪んだ。
記憶が飛んで、私の人生は突然、旅人の——船乗りの男を怒鳴りつけて、掴み掛かっているところから始まったという気がした。
彼は戸惑ったように言う。
「なぜここに居る、って。そりゃ俺の帰ってくる場所があるからだ」
「帰ってくる場所」
力なく疑問符を付けて復唱した。
それはこの国のことか。
それはお前の家のことか。
それはお前の家族のことか。
それともそれは、
自然と船乗りが羽織る外套の襟元を掴んだ手がゆるむ。
船乗りは一歩下がって、首元を軽く触りながら咳払いをした。
「なあ、どうしたんだよ。様子がおかしくないかフランビル……というか、君が居るということは、もうここは国内なのか?」
私は、「そうだ」と答えた。
しかし、頭では殆ど彼の言葉を聞いてはいなかった。
私は彼の顔を検視する。生きた人間の顔だ。見覚えのある顔だ。レガリアがフィアンセとした相手の顔だ。よく覚えている。だがそれが目の前にあるのはおかしいのだ。そういうことは起こる筈がない——起こるはずがないから、レガリアは冷たい海の刃をその身に立てたのだから。
なのに——なぜ。
「なぜ、貴様は生きている」
「おいおい、あまり穏やかな言い回しとは言えないな。それはいったいどういう意味の質問なんだ。確かに俺は旅の中で、生死の狭間を彷徨したこともあったが。——それともそれは、船長やほかの仲間は助からなかったのに、どうして俺だけノコノコ帰ってきてるんだっていう皮肉なのか。君の言い方だとまるで」
誰かが死んだみたいだぞ。と船乗りの男は言う。
動悸がした。
レガリアがよく、彼は頭のいい人間だと評していたが——なるほど、確かに明敏らしい。
続けて、眉間に皺を寄せ、
「レガリアはどうしている」
と迫る。
先ほど一歩下がった位置から私に迫り、核心に迫る。
彼はすでに、明確に何かを感じ取っているような雰囲気だ。
恐らく本人の中では「嫌な予感」という、形で。
船乗りの男が、私の持つドレスの切れ端と靴を一瞬見て、しかし何も言わずに私の応えを待った。
ああ、そうか。
私が初めにこのことを伝えるのはこの男なのか。
「レガリアは死んだよ」
私は手に掬った水のように、さらりと言葉をこぼした。
「……」
「……」
気に入らない目だ。船乗りは、見定めるように——私の言葉の真偽を量るように、瞼を石にして瞳を光らせる。
彼の中で私の言葉が嘘か真か、結論が出たのかは分からないが、その目は私を責めるような色に見えた。怒りの赤と、憐憫の藤と、失望の底無し穴の色。
責める。と。
彼が私を責めるというのか。
すべての元凶でありながら、災厄の原始点でありながら。
「貴様さえ……」
怒りの色は私の中にこそある色だ。いったい何度、この男に憎しみの情を抱いたか。
手のひらの汗を絞り出すように、右の手を握り込んだ。
「貴様さえいなければ——レガリアが死ぬことも——レガリアが泣くことも——苦しむことも——貧窮することも——独り身でいることも——貴族でなくなることもなかったのだ」
レガリアを守るためだけに鍛え、レガリアに仕えるためだけに役してきたその手の拳を船乗りの顔面に突き落とした。




