時計屋フランビル #5
諦めることに意味があったかなかったか。
いや。
意味のないことなんて、私に考え得る限りでは、考えつかない。
後付けだろうとこじつけだろうと。
意味はあるのだろう。
だから、私が諦めようと諦めまいと、その行動に、毀誉褒貶はあれどなにかしらの意味は必ずあるはずなのだ。
だけれど、だ。
辞書的な意味。もっとも単純な意味での『意味』なら、何にだってあるのだとしても、有意義という意味での『意味』はらば、価値という意味での『意味』ならば、どうだろう。
それならば、意味がないことはあるのかもしれない。
意義がない。
価値がない。
甲斐がない。
そう言うことなら、あるのかもしれない。
だから諦めることには意味がない。
諦める意味なんかない。
そう思っている。
しかしだからといってそれは、逆接的に「諦めないことに意味がある」という事には、繋がり得ないということも、私は受け止めなければならないのかもしれない。
甲斐がない。
ということがあるのだと。
きれいごとみたいにすべてきれいに収まりはしないのだと。
「――っは――っは――っは」
膝に手を付き、息を整えながら、見つめる。
二足の靴が、丘の草原に乱雑に落ちている。これはそう言う絵画ではないか――そう思うほど、何かを示唆しているような光景だった。
ソレの横に額から汗が落ち、草原の草を揺らした。
どうするべきかはわからなかった。
ただ、反射のように「レガリア」と声を上げていた。
「レガリア!」
近くにいるのか、いないのか。
私は這うように走った。丘の先の海との間の絶壁へ。
「レガリア」
と呼びながら。
前も下も上も後ろも、どっちが何でどこに進みたいのかわからないくらい無茶苦茶に這い進み、今にも飛び立ちそうな、風に揺られる布の切れ端を掴むように草臥れたそれを私は倒れ込みながら掴んだ。
「レガリア」
顔面から草の地面に突っ伏した私の言葉は、大地に吸収されて酷くくぐもった。口の中に草が入り込み苦い味が染み出す。
私は崖の中空に飛び出した手を、グっと握り込んだ。
大事なものを離さない――と言うよりは、悔しさを噛みしめるように。
苦い汁を染み出させながら「レガリア」と私は腕を引き上げた。今日走り回って、既に一歩も上がらない状態の脚よりも重い。
腕が重く――気が重い。
何とか引き上げ、仰向けになってから私は自分の手を開いてそれを見た。
崖の縁の岩に引っかかっていたのは、五十センチ以上はあるドレスのスカートの切れ端だった。
誰かが飛び降りなければ、あんなところに引っかかる筈がない。
そして私には、こんな布の切れ端がちゃんと、ドレスのスカートの切れ端だと、判断することができた。
できてしまうのだ。
それが、レガリアの持ち物だから。
「レガリアは……」
コバルト殿。パン屋のお姉さん。それに港町のヒトたち。
大勢のヒトが彼女を捜している。
「……」
私は、伝えねばならない。
考え得る最悪の事を。
この世で最も無意味な言葉――いや、無を表す言葉。
絶壁に当たって、波が砕ける音。岩肌を海水が湿らせながらつたった。
私は隠れるように、小さく呟いた。
「死にました」




