パン屋のお姉さん #3
一方その頃この私。
パン屋のお姉さんこと……んーやっぱり名前は伏せとこうかしら。
伏線もトリックもないけど、どーせ名乗っても誰にも呼ばれないしね!
私という小市民の名前なんて、圧倒的な『パン』という二文字の前には何の価値も――記憶する価値もないのなんて当然のことよ。
と、自虐をひとつ入れたところで、唐突にパンについての諸説巷説に花を咲かせるのもなかなか楽しいわよね。そう言えば最近、パンという重要文化をパン屋として販売し経済を回し多くの港民のみなさまに指示されちょっとした発言力を持っている私のパン屋は、三大貴族の、文化のロールスイス、経済のシェルラオス、政治のウェハレユニオン、どの領分に位置するのかしら――案外、パン屋のお姉さんのパン屋は既に三大貴族すら凌駕しているんじゃないかしらなんて思うんだけど……。
「どうかしらー?」
「どうかしらー、じゃなくて、『一方その頃』の続きを説明しろよ」
パン屋のお姉さんのパン屋の店主、パン焼き担当、屈強男のパイソンは言った。
そうだ。
説明。
本日の営業は既に終了しているのである。
やったね!
まあ、「一方その頃」なんて、物語のモノローグっぽく言ってみたけど、他の場所でなにが起きてるとか、はたまたなにも起きてないとか、そんなことを私が知っているというわけではない。ただ何となく、「今この町で起こってる事件の主人公は私ではない」と思ったから、サイドの物語っぽく言ってみただけ。
もしかしたらメインもあるかもだけど!
なんてね。
ひとまず、お店を『クローズド』にして、張り紙を残しておいた。
『パンを愛する町のみなさんへ 私ことパン屋のお姉さんはとても困っているので、本日の営業は終了させていただきます。もしご助力いただける方は、レガリアちゃんを捜してください。彼女の特長は……』
直接声掛けして協力のお願いをしているわけではないけれど、かなり協力してくれているヒトがいるみたいだ。この影響力。私政治家向いてるんじゃないかしら。
「おまえに向いているのはパン屋だけだよ」
うっかり漏らした言葉に、パイソンが突っ込みを入れた。
「……それもそうね」
なにか反論しようかと思ったけれど、私の心中は「アイ・アム・パン屋・オブ・パン屋!」って感じだったので素直に同意した。
とは言え。
せっかく私も大好きなパン屋をお休みしたわけだし、それに時計屋とのこともあったし、少し権力を持ったお友達にもレガリア包囲網の手伝いをお願いしたりしている。
流石に、彼女の生家であるロールスイス家に協力を仰ぐのは、難しいかもしれないけれど、港町の商店を取りまとめている経済一家――シェルラオス家のコバルトくんとか、町の衛兵とか警備兵としても働くウェハレユニオン家の私営軍隊『ウェハレユニオン竜葬軍』の部隊長クラスの知り合いは、難しい顔をしつつも、結局は「まあ、パン屋のお姉さんのお願いなら無碍にはできないな」と、言葉とは裏腹に、割とノリノリで協力してくれた。ここまで来ると――言葉ひとつで大貴族の関係者を何人も好き放題動かしていると――自分でも「パン屋のお姉さんっていったい何者だよ!」と超思うけれど……なんと私はただの一般市民でしかないのだ。
一般市民も頑張れば町を取り仕切る商人とか軍隊を動かせるようになるんだなぁ。
「ねえ、パイソン」
「何だ」
「私ってすごいねぇ」
「それは否定しないよ」
「あら、珍しい」
私に対して厳し目のパイソンにしては、素直にほめてくれることはかなり珍しいことのように思う。
「そんなことはないさ、俺は嘘を吐かない」
「私はその言葉を嘘以外で聞いたことがないわ」
「つまらない揚げ足をとるなよ。意味が分からないわけじゃあないだろう。柄にもなく緊張でもしているのか?」
そう言われて一瞬ムキになりそうになったけれど、自分がくだらない事を言ったと気づいた。彼がしているのは事実の話じゃなく、ただの気持ちの話なのだ。
「……そうね、確かにつまらないことを言ったわ。反省ぇ反省ぇ」
思い返してみれば、なるほど、私は緊張しているのかもしれない。
パイソンが言ったことの、意味がわからないわけでもない筈なのに、そんな風に、揚げ足を取ってしまったのは、冗談でも言って気を紛らわせたかっただけなのかもしれない。……なにそれ、ダッセー。
「それこそ、反省している奴は『反省ぇ反省ぇ』なんて言わないけどな」
パイソンは、小さく吐き出すように言う。
私はいつも通り、それを無視して。
いつも通りを思い出して。
「そんじゃ、ま。ここからは大人の戦いと行きましょ」
すごいお姉さんである私は。
快活な一歩で門をくぐる。
そこは『王冠を冠した茨の塔の紋』がある貴族の城。




