第九話 カラオケ ピザ 勝利の美コーラ
「――というわけで!」
劉備部長が、美コーラの瓶を高々と掲げた。
「スポーツ測定会、お疲れ様でしたぁぁぁ!!」
「おおおお!!」
乾杯。
シュワッ、と炭酸が弾ける。
場所は駅前のカラオケ店。
薄暗い照明。
ベタつく机。
若干酸っぱい匂い。
完璧な高校生空間だった。
テーブルの上にはピザ。
ポテト。
唐揚げ。
……。
「あれ?」
僕は首を傾げた。
「ダイエット部ですよね?」
「今日はチートデイだ!」
劉備部長が力強く言った。
「便利な言葉だなチートデイ」
周瑜先輩が呆れる。
でもまあ。
今日は少しくらいいい気がした。
みんな頑張ったし。
実際、結果も悪くなかった。
特に関羽先輩。
シャトルラン校内ベスト更新。
あれはちょっと感動した。
本人はいま、ピザを見つめながら涙ぐんでいる。
「運動後のピザ……身体に染みる……」
「それ多分脂肪にも染みてる」
僕が言うと、関羽先輩は真顔になった。
「孔明」
「はい」
「人は時に、負けるとわかっていても戦わなければならない」
「ただ食欲に負けてるだけです」
石嶺先輩がクスクス笑った。
その時。
イントロが流れる。
♪チャララ〜ン……
「あっ」
劉備部長が立ち上がる。
「来た!」
モニターに表示された曲名。
『真夏の果実』
ざわっ。
空気が変わった。
そして。
静かに立ち上がる男。
曹操会長――桑田慶介。
「……」
無言でマイクを取る。
なんなんだこの威圧感。
周瑜先輩が小声で言った。
「始まるぞ……」
「何がですか」
「会長のサザンはヤバい」
意味がわからない。
だが次の瞬間。
♪涙があふれる〜
「!?!?!?」
部屋が静まった。
上手い。
いや。
異常に上手い。
なんだこれ。
声が渋い。
高校生じゃない。
なんか海辺の夜が見える。
居酒屋で人生失敗した男が夕陽見てる景色が見える。
「えっ、会長歌手なんですか?」
「違う」
周瑜先輩が首を振る。
「ただのサザン特化型人類」
意味不明だった。
しかし本当に上手い。
石嶺先輩まで見入っている。
劉備部長は悔しそうに言った。
「くっ……魏の音楽力……!」
「そこ競うんだ」
サビに入る。
♪四六時中も好きと言って〜
その瞬間。
曹操会長がこちらを見た。
なぜか。
僕へ向かって。
指を差した。
「!?!?」
「軍師指名きたぁぁ!!」
劉備部長が叫ぶ。
「デュエットだ孔明!!」
「なんで!?」
逃げようとした。
だが。
周瑜先輩と関羽先輩に両脇を掴まれる。
「行け」
「天下のために」
「嫌だよ!!」
そのまま前へ押し出された。
地獄だ。
モニターには歌詞。
曹操会長は真顔。
逃げ場なし。
僕は震える声で歌った。
♪砂まじりの茅ヶ崎〜
「下手だな」
「うるさい!!」
部屋が爆笑に包まれる。
石嶺先輩なんて笑いすぎて涙出てる。
でも。
不思議だった。
こういうの、昔の僕なら絶対嫌だった。
人前で歌うとか。
騒ぐとか。
でも今は。
恥ずかしいけど。
ちょっと楽しい。
曲が終わる。
拍手。
「いやぁ〜〜よかった!」
劉備部長が満足げに頷く。
「これぞ桃園の宴!」
「ただのカラオケです」
その時。
石嶺先輩が僕へ美コーラを差し出した。
「お疲れ、軍師くん」
「……ありがとうございます」
瓶を受け取る。
炭酸がシュワシュワ鳴る。
石嶺先輩が笑った。
「なんかさ」
「はい?」
「みんな、ちょっと変わったよね」
僕は周囲を見た。
騒ぐ劉備部長。
ピザ追加注文してる関羽先輩。
サザン縛りに入った曹操会長。
変な踊りしてる周瑜先輩。
……うん。
変な集団だ。
でも。
少し前の僕なら、
こんな場所にはいなかったと思う。
退屈だった世界。
何も始まらないと思ってた毎日。
だけど今は。
騒がしくて。
意味不明で。
純粋に楽しい。
その時。
曹操会長が新しい曲を入れた。
『TSUNAMI』
「またサザン!?」
「会長、レパートリー全部サザンなんですか!?」
曹操会長は静かに言った。
「サザンは人生だ」
深そうで浅い。




