第十話 まずモルックより始めよ
ゴールデンウィーク明け。
人類は二種類に分かれる。
休みボケする者と、
休みボケを装って授業中寝る者だ。
僕は後者だった。
数学教師の声をBGMに、窓の外の青空を眺める。
風。
揺れる木々。
春の終わり。
そして。
「モルック……」
僕は小さく呟いた。
その瞬間。
右斜め前の女子が振り返った。
危ない。
変な奴だと思われるところだった。
いやもう十分変な奴かもしれない。
放課後。
旧校舎第三準備室。
僕はホワイトボードの前に立っていた。
最近完全に定位置である。
『新戦略』
と書く。
部室がざわつく。
劉備部長が目を輝かせる。
「来たか……!」
関羽先輩は低糖質クッキーを食べている。
石嶺先輩作だ。
最近かなり美味い。
周瑜先輩は窓際で腹筋していた。
この人だけ健康意識が高すぎる。
そして。
曹操会長もいた。
なんで毎回いるんだ。
「今回の問題は」
僕は言った。
「運動が続かないことです」
沈黙。
関羽先輩が静かに目を逸らす。
「昨日ウォーキングは?」
「……雨だった」
「晴れてました」
「心が雨だった」
意味不明だった。
僕は続ける。
「ダイエットって、“楽しくない”と続かないんです」
「ふむ」
「だから必要なのは――」
ホワイトボードへ書く。
『競技化』
「おおっ」
劉備部長が立ち上がる。
「つまりスポーツ!」
「はい」
「筋肉!」
「そこまでではないです」
そして。
僕は次の文字を書く。
『モルック』
沈黙。
風が吹く。
カタカタと窓が鳴る。
「……何?」
周瑜先輩が言った。
「モルックです」
「聞いたことねぇ」
「フィンランド発祥のスポーツで――」
僕は説明を始めた。
木の棒を投げる。
数字の書かれたピンを倒す。
50点ぴったりを目指す。
老若男女できる。
運動量も地味にある。
そして。
「地味に頭を使います」
その瞬間。
劉備部長と曹操会長が反応した。
「戦略性……!」
「心理戦か」
この二人ほんと相性いいな。
僕は続けた。
「しかも大会があります」
「大会!?」
「地区大会も」
部室がざわつく。
関羽先輩が聞く。
「全国とかある?」
「あります」
「うおおおお!!」
なんで燃えるんだ。
だが。
予想以上にみんな食いついた。
「つまり!」
劉備部長が叫ぶ。
「我々はモルックを通じて運動習慣を身につけ、さらに天下を狙うのだな!」
「まあそんな感じです」
「面白い」
曹操会長が静かに笑った。
「実に面白いぞ軍師」
その時。
石嶺先輩が首を傾げる。
「でも……」
「?」
「それ、もうダイエット部じゃなくない?」
静寂。
全員が固まる。
……。
……あれ?
周瑜先輩が口を開く。
「確かに」
「モルック部では?」
関羽先輩が震える。
「俺たち……何を目指してるんだ……」
わからなくなってきた。
その時。
劉備部長がホワイトボードへ近づいた。
そして。
力強く書く。
『蜀漢高校ダイエット・モルック戦略研究部』
「長ぇよ!!」
僕は叫んだ。
だが。
なぜか。
みんなちょっと嬉しそうだった。
翌日。
校庭。
僕たちはさっそくモルックを始めていた。
木の棒。
並べられたピン。
夕暮れ。
なんか北欧っぽい。
「えいっ!」
石嶺先輩が投げる。
カコン!
「おおー!」
ピンが倒れる。
普通に盛り上がる。
そして地味に歩く。
拾いに行く。
また投げる。
意外と運動量がある。
「なるほど……」
曹操会長が腕を組む。
「これは良い」
「でしょ?」
「地味だが奥深い」
「なんかモルック評論家みたいになってる」
その時。
周瑜先輩が投げた。
カコーン!!
「うおっ」
全部吹き飛んだ。
「強っ!?」
「元野球部」
「この学校、元○○部多すぎるだろ」
関羽先輩も投げる。
ブォン!!
「危なぁぁぁ!!」
モルック棒が場外ホームランした。
石嶺先輩が爆笑している。
夕陽の中。
笑い声。
木がぶつかる音。
なんだろう。
これ。
めちゃくちゃ青春では?
その時だった。
遠くから女子たちの声が聞こえる。
「ねぇ見て」
「あれ何部?」
「モルック?」
「楽しそう」
劉備部長が固まる。
周瑜先輩も気づく。
そして。
関羽先輩が小さく呟いた。
「……モテ期?」
「来てないです」
だが。
確かに。
少しだけ風向きが変わり始めていた。南風が通り過ぎた。湿り気を帯びた夏の先兵が、僕たちの襟元の汗をぬぐった。




