第十四話 タモリことレオナルド本木
河川敷。
歓声。
モルック。
その喧騒を遠くに聞きながら、
タモリことレオナルド本木は静かに煙草を咥えていた。
火はつけない。
ただ咥えるだけ。
風が吹く。
観客席では、
「劉備かわいいー!」
「関羽様ーー!!」
「孔明ライチゼリー食えーー!!」
地獄だった。
タモリは小さく呟く。
「……くだらねぇ」
だが。
その目だけは、
ずっと試合を追っていた。
呂布の投擲。
孔明の間。
劉備の感情。
全部。
見ていた。
そして。
その目は少し遠くなる。
⸻
レオナルド本木。
本名。
レオナルド・本木・シュナイダー。
ドイツ人の父。
日本人の母。
ハーフだった。
子供の頃。
彼はフィギュアスケートをやっていた。
いや。
“やらされていた”。
朝四時起床。
リンク。
ジャンプ。
転倒。
怒号。
父の怒鳴り声。
「立て!!」
「もう一回!!」
転ぶ。
血。
氷。
寒さ。
それでも滑る。
小学生の頃には、
“立川ナンバー1”
と言われていた。
才能はあった。
本当に。
リンクの上だけは、
世界が静かだった。
回転。
着氷。
歓声。
あの瞬間だけ、
自分が空を飛べる気がした。
中学。
全国。
強化選手。
雑誌。
インタビュー。
周囲は言った。
「オリンピック行けるぞ」
タモリも信じていた。
だが。
いた。
一人。
どうしても勝てない男。
後にオリンピックで金メダルをとる羽村弦生というトップ選手。
同世代。
同じ氷。
なのに。
全部違った。
ジャンプ。
表現。
華。
人気。
才能。
タモリは勝てなかった。
何度やっても。
届かない。
全国大会。
順位表。
いつも上にいる名前。
羽村結弦。
タモリは次第に壊れていった。
高校一年。
ついにリンクへ行かなくなる。
父と喧嘩。
完全にスケートから距離をとる。
夢。
終了。
しかし。
奇妙なことに。
“オリンピックに出たい”
という夢だけは、
消えなかった。
競技は嫌いになった。
努力も嫌いになった。
青春も嫌いになった。
でも。
世界一になりたい。
その執念だけが残った。
大学時代。
タモリは完全に腐っていた。
講義も出ない。
バイトも続かない。
夜だけ街を歩く。
そんなある日。
大学近くの公園。
知らない外国人たちが、
木の棒を投げていた。
カン。
木が倒れる。
笑い声。
酒。
サウナ帰りみたいな空気。
タモリは思った。
「……なんだこれ」
フィンランド人の男が笑った。
「モルック!」
木の棒を渡される。
適当に投げる。
カン。
倒れる。
周囲が盛り上がる。
タモリは少しだけ笑った。
久しぶりだった。
心から笑ったのは。
しかも。
見れば見るほど、
競技人口少なそう。
なんか競争もゆるそう。
努力もそこまでいらなそう。
そして何より。
「……これなら」
「オリンピック出れそうじゃね?」
タモリの目が光る。
さらに。
最大のポイント。
「羽村結弦いないし」
そこだった。
本木は静かに木の棒を握る。
夕暮れ。
公園。
風。
その瞬間。
タモリことレオナルド本木は、
人生二度目の夢を見た。




